94.サーバ構築デスゲーム

 「推しとは自己の評価に対する肯定であり、その消滅への否定である」から始まる駄文を千文字ぐらい書いたが消した。書いた理由が、当該作品をまだ見ていない方に対してネタバレになるからである。ネタバレはよくない。許容する人もいるが、大抵の場合はよくない。人に優しく健やかに生きていたいタイプである。

 そのうちほとぼりが冷めたら、また書こうかと思うが、多分その頃には忘れている。人間、関わりの薄いものはすぐに忘れてしまうからだ。


 とある病院の稼働は、少々特殊だった。特殊すぎるので詳細は省くが、「色々なしがらみがあっていつものようにサーバのキッティングを専門部署に依頼出来ないから、システム担当者が構築してね」とお達しが来た。冗談じゃない。システムをゼロから構築するなんて、若手以来やっていない。電子化されてなお重いインストール手順書を渡された私たちは溜息をつきながらも、それぞれ作業のためにモニタの前へと座った。


「久しぶりすぎて何からやればいいかわからない」


 横に座った人がそう呟いた。

 全員システム担当者なので、システムが最低限動くための条件や手順は知っている。しかしそれはあくまでも「自己責任の範囲」でやる場合に限っており、サーバのキッティングともなると話は違う。ちゃんと正しい手順で構築しないと、やり直しをくらう羽目になるからだ。


「とりあえず、かりすちゃんが先にやってくれない?」

「あ、先に生贄にするんですね」

「人聞き悪いなぁ」


 そう。こういう場合は誰が先に手を出すかが重要になる。デスゲームだったら最初に死ぬやつである。デスゲーム開始を告げるひよこの人形に掴みかかって爆死したり、閉ざされた扉に不用意に近づいて感電死するあれだ。


「いくら構築系から離れて長いとはいえ、まだ出来るでしょ」

「でもこれ、最初から私たちが知っている手順と違いますよ……」


 デスゲームでは慎重かつ大胆なタイプが生き残るのが定石である。ただのサーバ構築がすっかりデスゲーム扱いになっているが、結構責任重大でミスったらクビが飛びかねないので強ち誇張とも言い切れない。いや、インストール時に失敗するぐらいならまだいい。ちょっとした設定をミスした結果、数か月後ぐらいにサーバがぶっ飛んだりデータが消えたりするのが一番恐ろしい。大げさだと思うかもしれないが、そういうことはよくある。一円を笑う者は一円に泣く。一行を笑う者は一行に泣く。

 しかしデスゲームからは生還しないといけないので、渋々ながらも構築に取り組むことにした。仕事は仕事である。無理です、と投げ出すほど知識がないわけではないし、投げたところで戻ってくるのは目に見えている。だったら早めに諦めた方が、ミスをした時にリカバリしやすい。


「私、こういうの遅いんですよね」

「苦手?」

「いや、自分を疑う性質で」


 だから本当はインストール手順書も紙がいいのだ。世の中、デジタルでペーパーレスを持ち上げすぎだと思う。同じモニタにサーバ構築用のブラウザと電子ファイル用のアプリを起動したら読みづらくてたまらない。手元においてペンでチェック入れていった方が楽だ。しかし贅沢も言えないので、なるべく行を読み違えないように進めていく。


「そっち入れたら、こっちも入れてくれたりしない?」

「えっ」

「今から打ち合わせなんだよね」


 笑顔でとんでもないことを言う相手に戸惑う。デスゲームは協力して乗り越えるものではないんですか。私を置いていくと言うのですか。二人でしか開けられない扉とかがこの先にあったらどうするんですか


「私の作業、かなり遅いですよ」

「んー、でもやってくれると信じてる」


 世界一要らない信頼だ。簡単な作業だったら二つ返事でオッケーするかもしれないが、サーバ構築でそんなことを言われても困る。


「じゃあ、そちらが戻ってくるまでに私の作業が終わったらやっておきますね」

「ありがとー」


 もしかしてこの人がデスゲームの主催者か? そんなことを考えながら一人きりになった部屋で作業を進める。

 陸の孤島の連続殺人と密室型デスゲームは、最初に退場した奴が犯人の可能性が高い。これはわりと本当だ。

 一人には慣れている。悲しいことに。性格上、一人の方が向いているというのもあるが、そもそも若手でもない限り誰かが四六時中面倒を見てくれるなんてことはない。最初に一人で現場に放り出されたのは三年目の頃だっただろうか。確かあの時もサーバを構築する必要があった。まぁ当時に比べればサーバの操作もかなり楽になったと思う。機能は死ぬほど増えたが、その中の殆どは死ぬまで使うことは無いだろう。


 黙々と作業を進めながら、偶に思考を四方に飛ばす。此処が本当にデスゲーム主催の地だったら、何が命取りになるだろうか。やはりSE的な「致命傷」でないとならない。サーバに落雷しました、なんてのは自然の力なので仕方がない。免罪される。しかし、転んだ拍子にサーバのスイッチを押してしまったり、適当な場所に機材を置いたままにしたせいで他の機材の上に落ちて相討ちしたり、テストサーバだと思って全データ消去したら本番サーバだったりした場合はまずい。因みに全部、既に社内の人間によって実行済みである。特に三つ目は数年に一回の頻度で起きている。度々是正措置が行われるのだが、「深夜三時にやっちゃいました」というのが多いので、どうにも改善しない。寝不足は人を狂わせる。


 暫くすると、プロマネが顔を出した。別件で打ち合わせに来ていたらしい。進捗を聞かれたので、ここぞとばかりに不平を述べてみる。


「なんで現場がサーバ構築しないといけないんですか」

「ごめんね。どうしても頼める人がいなくて」

「何年前にやったか覚えてないぐらいですよ」


 勿論笑いながらだが、人の良いプロマネは心底申し訳なさそうな顔をする。


「……珈琲でも買ってきましょうか」

「いや、別にいいですよ」


 断って、また作業に戻る。デスゲームでは時間を無駄に過ごしてはならない。甘言も誘惑も真に受けてはいけないのだと先人たちも言っている。多分これは罠だ。そうに違いない。

 コツコツと作業を進めて、三時間も経った頃に先ほどのデスゲーム主催者疑惑の人が戻ってきた。


「終わった?」

「すみません、そっちまで手が回りませんでした」

「えー、もう仕方ないなぁ」


 私の作業ではないので別に出来なくてもいいのだが、何となく傷つく。仕事遅いなと言われている気分だ。まぁ実際遅いのだが、こっちは一人でデスゲームを耐え抜いているのだから許してほしい。

 隣に座ってインストール手順書を開いたその人は、数行読んでから「うぇ」と口を半開きにして呻いた。


「これは面倒だね」

「でしょう? それで作業詰まっちゃって」

「やだなぁ。一旦コンビニ行ってリフレッシュして来ようかな」


 その人は再び立ち上がって、それから少し考えた後に私に言った。


「かりすちゃん、珈琲買ってきてあげようか?」


 二度目の珈琲攻撃だ。これはどうすべきか。考えている最中に、先ほど入れたモジュールのインストールが開始された。

 終了までの予想時間は十分。長い。


「私も行きますよ」


 そう言って立ち上がる。断じてインストールを待つのが暇だからとか、この人に買ってもらう珈琲はプロマネに買ってもらう珈琲よりちょっと怖いとか、そういう俗物的な理由ではない。あくまで時間を有効活用しているだけなのだ、と自らに言い聞かせる。

 ここはデスゲームの会場。臨機応変に立ち回ることも時に大きな戦略なのである。

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