86.可愛くない後輩

 「かりすさんは、あの先輩と仲がいいですよね」と後輩に言われた。あの先輩とは、同じチームの一人である。まぁ喧嘩はしないので仲は悪くないと思う。今も「持ち歩くのは面倒くさいけど、出しっぱなしにしてはいけない」ものを、何の断りもなく先輩(出張中)のロッカーに入れたところだ。


「まぁ付き合いは長いからね」

「そんなに長いんですか?」

「社会人歴は違うけど、配属年は一緒だから」


 そう言いながらメッセージ送信用のアプリを起動する。先輩の名前をタップして、短いメッセージを打ち込んだ。「ロッカー借ります」。事後承諾である。入れる前に聞けとか、そういう常識はあまり心に響かない。


「あちらのほうが上なんですね」

「そうだよ。見ればわかるでしょ」

「見てるとわからなくなるんですよ。淡島さん、よくブツクサ言いながら作業手伝ったりしてるし」

「だってあの人、システムエンジニアなのに設定系出来ないんだもん」


 プリンタの設定やスマフォの設定などが苦手なその人は、何かというと私に投げ出してくる。他のことはちゃんと出来るしクオリティも高いから、多分面倒くさがって後輩の私に丸投げしているだけだと思う。

 先輩がプリンタの設定をしたら一時間掛かった話を聞かせていたら、返信があった。「いいよー」と短い返事だった。中身は聞かなくていいのだろうか。聞かれていないので教える気もないが、猫とか食パンとかシュールストレミングだったらどうするのだろう。後輩としては先輩の危機管理能力が心配である。


「会社の先輩後輩、上司部下って、もっとかっちりしたものかと思ってました」

「うちの会社は中途が多かったり、専門卒と大卒が混じってるから、曖昧になっちゃうんだよ。君たちの一個上のA君は、一個下のB君より年下だしね。それに課長が部長より強い」


 恐らく社内でも最強を誇る課長。昨日も部長を叱っていた。まぁ直属の課長と部長という関係ではなくて、そこはややこしいところもあるのだが、若手を困らせるには十分だろう。


「そもそも課長さんも部長さんも、淡島さんには丁寧語ですよね。他の人は呼び捨てなのに、「淡島さん」って呼ぶし」

「私が二人に敬語なのはおかしくないんだけどね。あの二人とは元々別の会社だった時に面識があったから」


 他所の会社の方、として最初接したものだから、いつまで経っても癖が抜けないのである。別に私たちは困らないが、やっぱり若手には不思議らしい。まぁ同世代ならともかく、年が離れた旧人たちなんて、誰が誰より年上かなんてわからないだろう。


「淡島さんたちは年次差はどれぐらいなんですか?」

「八年だけど」


 後輩は顔に豆鉄砲どころか鳩をくらったような顔になった。


「八年上の人に対する態度じゃないですよ!」


 それは先輩にも言われた。お前には先輩を敬う気持ちがないとか、先輩と思っていないとか。失礼な話である。私は一般的な言語能力と認知は持ち合わせているから、先輩を見たら先輩だとちゃんと認識出来る。そこらへんの猫ちゃんとかと間違えたりしない。

 唖然としている後輩に、私はかつて何度か繰り返した、そして毎回ある程度の効力のある言葉を返した。


「私が今更、「可愛い後輩」キャラになったら見てる人が吐いちゃうだろ」

「え、あ、それは確かに」


 納得する後輩。素直でよろしい。

 そんなわけで、皆の公衆衛生のために今日も私は可愛くない後輩キャラを貫いている。

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