30.入院日記3 〜かゆ、うま〜

 入院三日目。朝。

 「お食事です」という言葉と共に看護師さんが朝食を運んできてくれた。今日は三食全て粥である。絶食&手術明けなので、胃に負担を掛けないようにということだろう。

 スプーンで掬って口に入れた粥は美味だった。柔らかな食感、口に広がる米の風味。舌を撫でるほのかな甘み。素晴らしい。日本の心と言われるだけある。米最高。米素敵。300グラムぐらいあったが、全部食べてしまった。幸福を噛みしめながら、一緒に置かれていたほうじ茶を飲む。美味しい。なんか今、全ての食材に感謝したい気分に襲われている。何故私はこれまで米を適当に食う生活をしていたのだろうか。コンビニの前、駅のホーム、車の中で詰め込むように食べたオニギリ達の成仏を願って止まない。次からはもっと丁寧に食べるね、と誰かに誓いつつ食事を終えた。


 さて、昨日からずっと手術着のままである。このあたりで少しさっぱりしたい。といってもシャワーは明日まで許可されていないので、今日は蒸しタオルでの清拭である。

 看護師さんに手伝ってもらって手術着を脱いで体を拭き、普通の入院着に袖を通した。まだ汗ばんだ頭あたりが気持ち悪いが、それでもかなり爽快だ。

 すっかり身軽になったので、ベッドに寝転がってiPadを起動する。真っ先に社用メールが百通溜まっているのに気が付いたが、華麗にスルーした。心が図太いので平気である。「XX日までに返信してください」とかあっても気にしない。いちいち気にしていたら、この業界では取って食われて死ぬ。


 手術した場所が地味に痛いのと、まだ体がだるいので、特に何かするでもなくダラダラと動画を楽しむ。いつもなら空き時間があればスマホのゲームをするのだが、今はそんな気にはならない。いつもは色々と仕事に追われる最中だから、息抜きのゲームが捗るのであって、デフォルト休養中だとスマホゲームの魅力も半減するのだろう。

 ゲーム実況動画を見ていたら、あっという間に昼になった。わお、何もしていない。何もしていないが、朝が粥だけだったので、腹はそれなりに減っている。働かずに食う飯は旨い。


 昼食後に、採血をされて血圧を測った。入院してからすでに十回ぐらいは血圧を測っている気がするが、異様に低い。上が90、下が70とかである。おかしい。普段健康診断では高い数値が出るのに。あれか。仕事してないと下がるのか。あるいは酒と煙草のせいか。

 「この階なら軽く散歩などしてもいいですよ」と看護師さんに言われたが、この日は病室を開けて目の前のお手洗いに行くのが精いっぱいだった。痛みにはあまり強くない。世間一般には女性のほうが痛みに強いらしいが、順応能力の問題だと思う。二回目だったら「まぁこんなもんか」で諦めて散歩するかもしれないが、一回目はまだ術後の痛みというものに慣れていない。というか二回目は嫌だ。健康でありたい。

 とりあえず痛み止めを貰って横になる。耳に挿したイヤホンからは、ゲーム実況の音声が流れている。あまり画面に目を向けていないが無人島の開拓は上手く行っているらしい。良いことだ。


 夕食の時間になり、粥と煮豆が運ばれてきた。この辺りになると、朝の感動もどこへやら、「粥飽きた」という気持ちのほうが強くなる。朝に出て来た鮭のふりかけを味変用に残しておけばよかった。人は贅沢な生き物である。

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