31.入院日記4 〜セーブデータ消えればいいのに〜

 親兄弟に手術が終わったことを言うのを忘れていたのに気付いたのは、シャワーの許可が出て、漸くすっきりさっぱりと身を浄めた四日目のことである。とりあえず妹に連絡したら「手術したの?」とまずはそこからだった。そういえばこいつには病気のことすら言っていなかった。

 快気祝いに何が欲しいか聞かれたので、和菓子をねだったら最終的にはシュシュ(髪飾り)を手作りしてくれることになった。どうしてそうなったかはわからないが、まぁくれるものは貰っておこう。


 シャワーも解禁されて点滴も抜かれたので、あとは退院までゴロゴロしていれば良いだけである。まだ傷口は痛いが、痛み止めを飲めば殆ど気にならない。こうなると速攻で病院食にも味気なさを感じてくるが、売店に行くにはちょっと遠い。こんなことなら菓子の一つや二つ持ち込めばよかったと思う。

 唯一許された甘露として、フロアに置かれたカップドリンクの自販機があった。「苺ショコラオレ」を買っては飲み、飲んでは買ってを繰り返した。甘味は痛み止めにもなるとか聞いた気がするし、問題ないだろう。うん。多分入院中に十杯くらいは飲んだと思う。


 手術した部位の問題なのか人間の構造の問題なのかはわからないが、とにかく腰が痛い。痛みを避けようとして、いつもと違う姿勢になるせいかもしれない。

 あと、異様に背中も痛かった。病院のベッドが硬いのだろうか。元から肩甲骨が出ているせいかもしれないが、骨という骨がベッドに食い込むような感覚があって、夜中に何度も起きた。うつ伏せになれないので、バスタオルを背中に敷いたりしてなんとか耐えたが、なるほど、床擦れというのはこうして起こるのかもしれない。何にせよ自宅のベッドが懐かしい。


 退院前日に主治医に呼ばれて診察を行った。「退院後はお酒は控えてくださいね」と言われて少し泣きたくなったが、退院自体は予定通り翌日ということになった。

 欲しい薬があるか聞かれたので、痛み止めと入眠剤を希望した。


「寝れないですか?」

「いえ、住んでいるマンションに夜中になると叫びながらゲームする人がいるんです」


 連日連夜、夜の十二時から二時ぐらいまで、ゲームをしながら「ふざけんなよ」「何なんだよ」とブチギレ絶叫している住民がいるのである。階下に。よりによって階下に。何度か管理会社に連絡しているのだが、なかなか改善しない。ふざけんな、はこっちのセリフだと思っている。

 そんな環境で、しかもまだ痛みが残っている状態で健やかに寝れるとも思えない。


「……引っ越されたほうがいいのでは」

「と思うんですけどねぇ」


 そんな会話を経て、無事に処方はしてもらった。


 そしていよいよ退院日。高い入院費を精算し、荷物をまとめた。一週間近く過ごした場所ともお別れである。ひたすらゴロゴロするだけの生活はそれなりに面白かったが、二度目はないと信じたい。


 看護師さんたちにお礼を言ってから外に出た。一週間ぶりの外の世界である。シャバである。特に代わり映えのない景色だが、それでも嬉しい。何が嬉しいって、酒以外の食事制限はないので、なんでも食べられることだ。


 足取りも軽く駅のほうに向かい、駅前のジャンクフード店に飛び込んだ。ハンバーガーのセットを購入し、入院用のものがパンパンに詰まったバッグを足元に置いて、暖かいハンバーガーにかぶりついた。あぁ、美味い。このジャンキーな味。病院食だって美味しかったが、やっぱりこういうのは健康でないと食べれないのである。噛み締めるほどに出る肉汁を思う存分味わって、幸福な気分に浸る。粥と同じでもう夜あたりにはこの感動も薄れているだろうことは想像に容易いが、それでも目先の欲や感情に身を委ねるのも良いことだと思う。退院だもの。


終わり

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