21.良い枕は高いもの

 吾輩は寝違えた。首が痛い。何処で捻ったのかとんと見当が付かぬ。何でも薄暗いじめじめしたところで、グースカ寝ていたであろうことは確信している。吾輩はここで始めて枕というものの重要性を噛みしめた。なけなしの金を持ち、ベッドよりヌルヌルと起き出すと、近所の寝具売り場に足を運んだのである。


 というわけで枕を買い換えることにした。今まで使っていたのは竹の素材を使ったもので夏には涼しげな風をお約束してくれるものだったのだが、いかんせん寝相が悪い身には四角四面した枕は凶器でしかない。仰向けに寝る習慣があれば、きっとあれもいいものだろう、とかよくわからない方面にフォローは入れておく。


 枕も突き詰めれば十万円単位のものがゴロゴロしているが、流石にそこまでは思い切れない。そもそも自分の頭に適合する枕に出会うのは靴同様至難の技だ。それにコロナの影響で枕を試すコーナーは数ヶ月ほど閉鎖されている。


 しかし質の良い睡眠には換えられない。今の枕をそのまま使い、熱帯夜を幾度か超えたら、私の首は抽象画みたいになってしまう。偶に整体に行くと「姿勢悪いから曲がってますね」と首のあたりをバリベギボリみたいな音を立てて矯正されるのに、首が曲がり切った状態で行ったらねじ切られてしまうかもしれない。アンパンヒーローなら換えの頭が投擲されるが、一般人の私に換え首は来ない。


 そういえば会社の若手に、非常に姿勢が悪い男がいた。例えるなら、工作に使ったあとのハンガーみたいな姿勢で仕事をしていた。よくまぁあれで集中出来るな、と若くもない私たちは感心していた。

 しばらく経った日の朝、そいつがチームのメーリングリストにメールを流してきた。


「背中が尋常ではなく痛いため、医者に行きます」


 全員「だろうな!」と声を合わせたのは言うまでもない。あんな姿勢でずっと余裕でいられるのは猫ぐらいじゃないだろうか。お前は人間だ。さぁ、こちらに戻っておいで。

 翌日、若手は湿布の匂いを漂わせながら出社してきた。いつになく背筋を伸ばしている姿を面白がりながら、医者がなんと言っていたか聞いてみた。


「横から見ても縦から見ても、背中がSの字になっているそうです」


 それもう、背骨が螺旋になっているのでは? 大丈夫? 一人で二重螺旋の世界に到達してない?


 姿勢は大事だ。椅子も大事だし、枕も大事である。首がねじ切れたり、背中が螺旋構造を描かないように、私にはそれを予防する義務がある。

 と言い聞かせながら少し高くて、頭にフィットしそうなものを購入した。私はまだ人間でいたいのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る