こちら神祇庁地方振興局
テナガエビ
第1話 お祈り申し上げます
「末筆ではございますが、
もう何枚目だろうか、こんな感じの文章を見るのは。選考結果として返ってくるのは決まって薄い封筒だった。大学院でなんとか修士を取ったものの、自分の才能のなさを思い知らされ、一般企業や公務員、学校の非常勤講師の採用試験も受け続けたが、返ってくるのはいつも
だいたいなんだよ、より一層のご活躍って、活躍してねーよ。お前んとこ、活躍の場、くれなかったじゃん!
心の中で悪態をつき、口ではため息をついた。また不採用。田舎の両親にはなんて報告しよう。
そんなことを考えながら、ぶらりとコンビニに出掛けた。諸事情からうちの光熱費はコンビニ払いなのだ。ここは某県の県庁所在地だが、県庁所在地の領域でもかなり隅っこにあたる。要するに、住所の上では立派だが、現実にはくたびれた商店街と団地の塊だ。幸いなことにコンビニとバス停は至近にある。
ふと、とある神社の前を通りかかる。ここは懐かしい場所だった。小さい頃、このあたりに祖父の家があった。そこに泊まりに来た時はまだこれほど開発は進んでおらず、この神社の周りにはかなり大きな鎮守の森が広がっていた。
俺はここで「神隠し」にあったことがあるのだ。友達と遊んでいたはずだが、いつの間にか森に迷ってしまった。あの時のことは今でも脳裏に鮮やかに浮かぶ。
気が付けば周囲は灰色の空間だった。夏の日のことなので、セミがうるさかったはずだが、いつの間にか何の音も聞こえなくなっていた。この段階で俺はパニックを起こし、泣きながら走り回ったがどこまで行っても同じ森の景色だった。どれくらい走っただろうか、ふと気が付くと目の前に鮮やかな赤い衣を着た人がいて……
ああ、そうだ、顔も姿形もまるで思い出せないのだが、女性だった。その人に抱き留められて……そして、気が付いたら神社に幾つかある末社の一つの裏で寝ていた。その後、親に見つけられ、警察の人も来て……なんでも一日の間まるで見つからなかったらしい。どこにいたのと散々尋ねられ、経験したとおりのことを話したが、誰も信じてくれなかった。幻覚を見た、頭がおかしくなった、誘拐未遂、ストレス、ゲームのしすぎ、いろいろな原因を勝手に推測されたが、俺の言うことは誰も信じてくれなかった。
あの時は両親にわんわん泣かれてびびったなぁ……
小さい頃から小うるさく、厳しい両親だったが、自分がそれだけ愛されているのだなと実感できた瞬間でもあった。落ち着きを取り戻した両親から、その後、勝手に何をしていた!と二時間の説教をくらってしまったのも今となってはよい思い出だ。
早く就職決めて、安心させてやらないと……
そんなことを考えながら、コンビニで目的を済ませ、元来た道を戻る。ふと、アパートまで来て郵便ポストを見るとやけに目立つ朱色の封筒が入っていた。
「あれ? さっき今日の郵便物取ったときにこんなのあったかな……取り忘れ?」
封筒の表を見ると「採用通知書類在中」と書かれていた。採用試験を受けたところで、まだ結果の来ていない会社があっただろうか。すべて返事は来ていたはずだった。そして、全部に「祈られた」はずだったのだから。いぶかしく思いながらも封筒のあて名を見ると、「神祇庁」と書かれていた。
……なんて読むんだこれ……じんぎちょう?
ジンギスカン料理の親戚だろうか。冗談はさておき、庁と着くからには「国家公務員」にあたるところだろうか。俺は地方公務員は受けたが、国家は受けていない。受かる頭はないからだ。とりあえず、部屋に戻り、不審に思いながらも開封する。
『貴殿の採用を決定いたしました』
いろいろ書いてあったが、その一文が目に飛び込んできた。
「はいっ!?」
思わず声が出た。採用決定は嬉しい。それは俺が求め続けてきた文章だからだ。問題は、神祇庁とやらを受験した記憶が一切ないことであった。他の書類にも目を通すと、十日後に神祇庁庁舎に集合するように書かれていた。地図はあったが、怪しすぎることに電話番号もメールアドレスも一切ない。質問は受け付けないと言うのか。
新手の詐欺か何かじゃないか、これ?
そう思った。心からそう思った。
◇
十日後、俺は来てしまった。怪しすぎる組織から指定された場所に。地下鉄を乗り継ぎ、都心のど真ん中に出る。指定された住所に向かうと、そこには近代的なビルが建っていた。入り口に立派な石があり、会社名とかビルの名前が書いてあるのかと思えば何も書かれていない。磨かれたぴかぴかの一面が太陽光を反射しているだけだった。なんだこれと思いつつ通り過ぎる。その時、ふと視界の端で、その石に「神祇庁」と彫られているように見えた。だが、もう一度見てみるとやはり何もなかった。あれ?と思いながら、エントランスへと進む。
ずっと気にはなっているが、神祇庁とは何だろうか。お役所なのだろうか。あの後、インターネットで調べてみたが、そんな庁舎は日本にはない。神社本庁は別組織だ。
もし、他にどこかの会社の採用通知が来ていたら絶対来なかっただろうな
正直、就活にもう疲れていた。何度も来る不採用通知、面接でのドキドキ、そして親からのプレッシャー、友達がどんどん内定を取っていく中で取り残される焦り……。もう解放されたかった。例え、変な組織だって、給料くれて、法律守って、完全黒体みたいにブラックでなければ構わない。だから来てみた。そして、万が一ほんとに怪しかったら、弁護士でもなんでも頼って逃げてやるつもりでいた。
もしもの時は、弁護士の初回相談料無料、これでなんとなかなる!
ビル内に入り、受付らしきところを見ると、俺と同じようなスーツを着込んだ男女の一団が固まっている。すでに打ち解けているのか、元から知り合いなのか、
「絶対怪しいよねー!」
「ほんとにあったんだこんな庁舎」
「俺、神様信じてないんだけど」
などなど、庁舎の中で度胸あふれる会話を繰り広げていた。俺も仲間に加わりたかった。この怪しいところに足を運んだのが自分一人ではないと分かると、それだけで安心できるからだ。だが、コミュニケーションはそれほど得意でない俺は、遠巻きに眺めつつ、奇跡的に声がかかるのを待った。結果的に、声はかからなかった。
「
受付のお姉さんに言われるままに移動し、会議室に並べられた椅子のうち隅っこのものに座る。建物の中は立派だった。高そうな大理石で作られたビルに、床もぴかぴかに磨かれ、全体に空調が効いている。中にはデスクが並び、勤務してるのであろう人たちが働いている。あまり人数は多くない。雰囲気としてはそこそこの地方都市の市役所といった感じだ。
十五分もすると会議室に用意された席が埋まり、司会役らしき男や神祇庁側の人間であろう男女がマイクを用意したり、プロジェクターを確認したりと慌ただしく動きだしていた。この隙にぐるっと部屋の中を確認する。俺のように、スーツを着た男女が二十人ほど座っている。思ったより多くはないが、このメンバーが俺の「同期」になるのだろう。
「こんにちは。えー、担当の加賀です」
いつの間にか、高そうなスーツをぴっちりと着込んだ男がマイクを握っていた。なんかこう、サングラスをかけたら「エージェント」ってなりそうなやや強面の男性だ。
「え~、今日は神祇庁の新人ガイダンスおよび懇親会に足をお運びいただきありがとうございます。早速ですが、入庁おめでとうございます。皆さんもきっと驚かれたと思います。なぜなら、皆さんは採用試験を受けていないからです」
「あ、やっぱり!」
誰かが声を上げる。その男が声を上げていなかったら、きっと俺が上げていた。心の中で叫ぶ。
ですよね!
それでもここに来てしまったということは、俺も含めてみんなこの就職戦線で心がぼろぼろになっていたのだろう。それとも、よっぽどおめでたい人なのか。あるいはあるいはその両方か。
「はい、そうなのです。でも、皆さんきっと、あの朱色の封筒を受け取ってくださった方はきっと来てくださると信じておりました。なぜなら、皆さんは……」
ここで
「神様に選ばれたからです」
ざわつきが漏れる。やっぱりやばい宗教だったのかとささやきが聞こえてくる。俺はその人に言ってやりたかった。大丈夫、俺も今、同じ気持ちだ、と。こっそりと鞄の口を閉じ、財布と携帯を持っていることを確認し、部屋から逃げる準備をする。
「また後程説明がありますが、神祇庁とは非公式ではありますが、政府の依頼を受けて日本の神々の活動をサポートする組織です。サポートする、ここを忘れないで下さい。皆さんを入信させてお金を取る組織でも、布教組織でもありません。そうですね、例えるならば文化財の保護が一番ニュアンスが近いでしょうか」
どよめきや微かな忍び笑いも聞こえる。みんなそれなりに混乱しているのだろう。この素っ頓狂な話をどう受け止めればいいのか。俺自身もやっぱり来て失敗だったかなと思い、今度は携帯を取り出した。こっそり、万が一のための弁護士を検索するためだ。
「ここに集まっている皆さんは、人生で一度は神様の姿を見たことがある方です。覚えはありませんか? いえ、絶対にあるはずです。そんな方を選びました」
これにはドキリとした。神様を見たかどうかは分からない。だが、確かに俺は、あの神隠しの記憶の中で何かに出会っている。同じように会場はシンと静まり返っていた。さっきまで笑っていた俺の前の席に入る女性も、はっとしたように目を
「あの……よろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
一人の眼鏡をかけた女性が手を挙げ、
「選んだとおっしゃいますが、試験など受けていないわけです。誰がどのように私たちを選んだのですか?」
「神様ですよ。貴方方がお会いしたその神様に、ご推薦いただいております」
ここでまたどよめきが始まった。やむを得ないだろう。だって、
「疑念を抱いている方もいるようですが、皆さん、人生の中で不思議な存在に会ったことを覚えているはずです。それが神様なのです。それに、今、ここで私が見えるってことは、やはり神様とコンタクトを取る力がある方々ということですよ。実は私も神の一柱です。もう千年以上前に朝廷で人事関連で祀られていました」
もう一度どよめきが走った。やむを得ないだろう。だって、
神祇庁は大きく五つの局に分けられる。人事課を含み、神祇庁の運営自体を扱う総務局、各地の神様や神社の記録を編纂する史料局、神社の建築技法の保存や再建をサポートする技術局、あまり詳しくは説明してもらえなかったが神主の祭祀をサポートする祭祀局、そして離島や山村といった人口減少が激しい地域の神々をサポートする地方振興局。大きな神社は自分たちだけでやっていけるので、この最後の地方振興局がこの組織の中核らしい。
自分がどこに所属することになるかは、この後発表されると言っていた。その後、神祇庁のお偉いさんだという
「君たちの待遇は国家公務員に準じます。いわば、非公式国家公務員です」
眠い頭の中で俺は笑っていたのだ。
最後に、再び
後悔は後からでもできる!
この後、各自の所属の発表があり、後は一七時から懇親会だと言われた。俺は飲み会は苦手なので、懇親会はさぼるつもりでいたが、所属は気になる。
ふと会議室の出口のあたりに、眼鏡をかけた、やたらと黒いスーツの女性が何やら紙を掲示している。あれが所属の掲示だろうか。その女性の陰気そうな雰囲気とややぼさぼさなポニーテール、自信のなさそうな顔つきには見覚えがあった。
「あ、あれ?
「え……ええええ……!?」
それは
「ねーちゃん、ここに勤めていたの? じゃあ、ねーちゃんは神様見えるの?」
「え、あ、うん、うん。その、見えるよ……」
相変わらず回答がしどろもどろだった。ねーちゃんは優しく、よく一緒に遊んでくれたが、会話が苦手なのだ。
「まさか、その……こっちに就職するなんてね……び、びっくり……あ、これ見たいよね」
ええっと……
俺は地方振興局に配属されていた。
「ああ、地方振興局? じゃあ……い、田舎住まいの準備しないとね……」
神流ねーちゃんはそうつぶやくように言った。
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