氷の四天王 ヒョウ




「レーネ!」




ハーピィの籠から飛び降りたゼルは、レーネの元へ向かう。




「ゼル!どうしてここに?」

「魔人国の方はなんとかなったから援護に来た…んだが…?」




ゼルは話している途中で違和感に気付く。

戦闘の跡はあるものの地面がえぐれる程の大きな変化は無く、空に裂け目も存在しないのだ。





「魔族の奴ら、一人一人がとんでもなく強くなかったか?」

ゼルの言葉に、レーネは首をかしげる。




「魔族?変異種の魔物なら大量に来たけど、それのことかい?」

「えっ…?」




話がかみ合わないと思ったゼルは、魔人国であった戦闘についてレーネに語る。




「うーん…ゼルの言う空の裂け目というやつも、魔族もこっちには来てないね…」

「四天王もか!?」

「話を聞く限りでは来てないね、変異種の親玉みたいなのはいたけど…」




どうなっているんだ…?

四天王が1人魔人国に来たなら、他の三人は人間国、エルフ国、グレイスに1人ずつじゃないのか…?




ゼルが唸っていると、レーネが声をかける。




「ゼルは一度魔人国に戻るのかい?」

「いや、ここに四天王が来てないなら、どこかに2人行ってるはずだ…救援に行かないと…!」




ふむ、とレーネは顎に手を当てる。




「それならば、私も行く。馬車を持ってくるからそれで行こう」

「え、それは心強いが…独断で決めていいのか?」

「大丈夫、ちょっとルインに聞いてくるよ」




そう言ってレーネは駆け足で離れていった。





ルインとは、SSランク冒険者でありレーネの剣の師匠でもある。




(そういえばウチらって皆SSランクの師匠で育ったんだよな…)




ゼルはふと思う。

アスタルテの師匠って一体誰なんだ…?




仮にノレスだとしても、戦闘スタイルがあまりにも違いすぎる。

そもそも、魔法を使う格闘家など聞いたことがない。




魔人は生まれ持った腕力の強さを活かし、己の能力を高めるスキルを使いながら重い武器を使うスタイルが多い。

エルフは魔力を多く持って生まれるため、魔法を極める。

人間は他種族に比べて非力な代わりに器用なため、技術力でそれをカバーしている。




魔族は…どうなんだろう。




ノレスの戦闘をあまり見たことがないが、魔法に特化しているのは間違いない。

カヤやカヨは近接メインで多少遠距離も対応しているものの、人間のスキルに近く魔法ではない。




しかし、アスタルテはウチと同じ魔人でありながらコトハ以上の威力の魔法を無詠唱で放つのに、メインはあのガントレットによる近接だ。





ゼルが考えていると、馬車に乗ったレーネが迎えに来る。




「ゼル、どうしたんだい?そんなに唸って」

「う、ウチ唸ってたのか!?」

「え?無意識だったのかい?すごいウーウー言ってたけど…」




ゼルは恥ずかしさで顔を赤くしながらも、何を考えていたのかレーネに言う。





「うん、確かに彼女はすごいよね、私達と出会った時なんてまだ駆け出しだったのに」

「っ!!そういえばそうだったな…」




あの急成長の秘訣は一体なんなんだ…?




さらに唸るゼルなのであった────


















▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


















「凄いですわね…」




前線で暴れるアスタルテを見てマギルカが呟く。




「まだまだあんなものではないぞ?」

それを聞いたノレスが誇らしげに言う。





(マギルカさんとノレス、なんで見てるだけなの!?)




激戦の中アスタルテはノレスをチラリと見る。

するとノレスは少し笑うと、手を小さく振った。




「いや、なんでやねん!?」

「おぉっとぉ!?」

「あっ、ごめん…」




ツッコミと共に放った拳が地面をえぐり飛ばし、衝撃波が軽くカヤに掠ってしまった。





「中々骨のあるやつのようだな…私が相手をしよう」




その時、声と共に1人の魔族が空の裂け目から出現した。

全身が青く透き通っており、放つオーラもほかの魔族と比べかなり大きい。




「誰だ…!」

「私は魔族四天王の1人、氷のヒョウだ」




四天王…?

なんだそれ、聞いてないんだけど…!?




敵の攻撃が一度止んだので、その隙にアスタルテとカヤは一度ノレスたちのもとへ戻る。





「ノレス、四天王なんて作ってたの!?」

「いや、あんな奴見たことも聞いたこともない」

「え…?」

「そもそも───」




ノレスが一呼吸置き、言葉を続ける。




「ゲームじゃあるまいに、現実で四天王とか小っ恥ずかしいもの我は作らん」

「今色々な人を敵に回す発言したけど!?」

「いや考えてみるのじゃアスタルテ、お主がトップに立ったとして幹部や秘書は必要じゃろう?しかし四天王なんて作ろうと思うか?」

「いやまぁそれは確かにそうだけど…」

「常識ある者なら後から恥ずかしくなる奴じゃぞ?厨ニ病の黒歴史じゃろうて」





怒涛の罵倒にアスタルテは四天王が可哀想に思えてきた。




(それにしても…ゲームに厨二病って、この世界には無かったような…?)





「黙って聞いていれば貴様!私を侮辱したな!!」




アスタルテが疑問に思ったその時、顔を真っ赤にしたヒョウが叫んだ。




「ふっ…見よアスタルテ、全身青い奴が顔だけ赤くなっておるぞ」

「ちょっ、ノレス煽り過ぎだって───」

「貴様アァァァ!!」




怒りの頂点に達したヒョウが、ノレスに向かって突進してきた。





───バゴォ!





しかし、えげつない音と共にヒョウは吹き飛ぶ。

ノレスの回し蹴りがクリーンヒットしたのだ。





「おいおい、我のアスタルテに近づくな黒歴史」




いや、今確実にノレスに向かって行ったと思うんだけど…

というか呼び名黒歴史て…




割と本気で四天王が可哀想に思えてくるアスタルテだった────


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