新たな住人




「えっとですね…色々ありまして、あの子をこの家に少しの間住まわせたいのでそれの相談をさせて下さい…」




皆が集まったリビングで、アスタルテは切り出す。




「まあ、まずはアスタルテ君の話を聞いてからだね。それにしても、本当に君は少し目を離すとすぐ女性を連れてくるね…」

「ちっ、またライバル出現かよ…。ま、ウチはどうでもいいけどな」

「……浮気者…」





「うぐぅ…」

なんとなく予想はしていたが、皆の意見は散々だった。




「ま、こうなるじゃろうな」




ノレスはこの状況で平然と紅茶を飲んでいた。




ちなみにあの子はというと、今お風呂に入っている。

流石に全身汚れている状態で皆に会わせるのは印象が悪いと思ったからだ。





「それで、その子はどういう状況なんだい?」

レーネからの質問に、私はあの子の生い立ちを聞いた限り話した。




ご両親がいない事、下水道に住んでいること、ゴミ漁りをして食いつないでいること…

そして、仕事を見つけて自立できるまで面倒を見てあげたい事。





それを聞いた三人は衝撃を受けた。

それもそうだろう。

なにせ、生まれた時に親がいて、家に住み、ご飯を作ってもらえる。

それが当たり前だったのだから。

“俺”だった頃の私だってそうだ。




それに“私”だって、力があったからこそ今がある。

仮に力が無かったら今頃どうなっていたことか…

同じとは言わないものの、似た境遇だったからこそ私はあの子が気になっているのかもしれない。





「ふむ、確かに私もアスタルテ君の立場だったらそう思うかもしれないね」

レーネが顎に手を当て頷く。




「まあ、そいつが大変な人生を送ってきて、それをアスタルテがなんとかしてやりてえってのは分かった。」

ゼルがうむむと唸りながら呟く。




「……でも…商店街に…そんな子…いない…二人で…下水道行ったの…?」

コトハがこてんっと首を傾ける。




「うむ、私も気になったんだ。2人は商店街へデートに行ったのだろう?どうやって見つけたんだい?」

「うーん…この街は物乞いとかもあまりいねえからな…それこそ街中に出たら衛兵に連れてかれる可能性だってあるぜ」





確かに…どうやって会ったかを言ってなかった…




「えっとそれはですね、誘拐?というか人質に取られた?って感じというか…説明がしにくいんですがえーっと…」

う~ん、なんて言えばいいんだろう。




「要はアスタルテを攫って裏路地に連れて人質に取り、アスタルテを傷つけさせたくなかったら金を寄越せと脅してきたのがそいつじゃ」

ノレスが代わりに説明してくれた。




「まさかそうなると思ってなかったので油断してました…でも怪我も無いですし結果的にあの子に会えたので結果オーライみた……いな……?」




ん?なんだ?なんだか三人の雰囲気がおかしいぞ…?

流石にSランク冒険者なのにあっさり攫われるっていうのがマヌケすぎた…?

もしかしてそれで怒ってる…?





「おい、アスタルテ…」

「は、はい!!」

大剣を手に持ったゼルがこちらを睨む。




待って、怖いんですけど…




「そいつ、今風呂場にいんだよな?」




ん?お風呂?なんであの子の事…?




「え…?あ、はい。そうですけど…?」

「そうか、じゃあ……ぶち殺してくるわ」

「はいぃ!?」




ちょっと待って!?なんでそうなった!?どういう話の流れなの!?




「ちょ、ちょっちょ、ゼルさん!?何言ってるんですか!?」

「そいつ、お前を攫って人質にして金を奪おうとしたんだろ?」

「えっと、まあ…そうですけど…」

「んなもん、ぶっ殺さねえとウチの気がすまねえんだよ!」

「だからなんでそうなるんですかー!!」




どうしよう、ゼルさんがご乱心だ。

(そうだ!こんな時はレーネさん!)




「レーネさん!ゼルさんを止めてくだ…さ…い……?」




振り返ると、レーネさんは目の前にいた。

そして顔は前を向いたまま、目だけがこちらを向く感じで見下ろしていた。




「えっと…?レーネ…さん…?」

待って、超絶怖いんですけど。

なんで目だけでこっち見てるの?




「アスタルテ君」

「は、はい…」

「彼女は君を襲ったんだね?」

「ええと…まあ言い方によってはそうですかね…?」




ねえ待って。ねえ。

こっちに顔向けてくれませんかね…?

まばたきしましょう?ね?

口以外微動だにしないだけで尋常じゃなく怖いんです。

夢に出てくるレベルですよこれ。

トラウマですよ?





「じゃあ、ゼルの行動は間違ってないよね?」

「えっ、いや、あの…?」

「私も少し用事を思い出してね、すぐ戻るよ。そこで待ってて」

「すぐ戻るような用事に剣は必要ないと思うんですが!?」




レーネさんもおかしい…!

(それならコトハさん…!)





「……アスタルテ…襲った…アスタルテ…傷つけた……許さない…許さない…許さない…」




コトハさんはというと、呪詛のようなものをブツブツと唱えながらゆらりゆらりと頭を前後に揺らしていた……





一方、ノレスは平然と紅茶を飲んでいる。




「のののノレス!!!皆が、皆が悪霊に取り憑かれた!!」

「別に取り憑かれてなどおらぬぞ」

「ならなんで!?」

「お主…分からぬのか?」

「だって、急に皆おかしくなって…!」

「お主が人質に取られた時、我がブチギレた理由は?」

「え…?……あっ…」

「そういうことじゃ」






「み…皆さん、すとっぷストップー!!!」










▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲












疲れた…

本当に、疲れた…




正直ほぼ力ずくでゼルさんとレーネさんを止めた…





今はなんとか皆椅子に座っている。

と言ってもゼルさんは不機嫌そうに貧乏ゆすりしてるし、レーネさんは相変わらず凄まじい顔してるしコトハさんは未だにブツブツ言ってるけど…







───────しかし、本当に疲れるのはそこからだった。




自分の不注意だから。

生活に行き詰まってそうするしかなかったから。

怪我一つしてないから。





なんとか説得しようとしたものの、ゼルさんは余計興奮しだすしレーネさんは微動だにしないしコトハさんは聞いてるのかどうか分からないし…




やっと落ち着いて来たと思ったら今度はその子がお風呂から上がって部屋に入ってきた事で皆の怒りが再発するしでもうてんやわんやだった…





した事は確かに悪い事だけど、誰だって過ちは犯す。

重要なのは、その罪を反省し、悔み、そして二度としないと心に刻み、真っ当に行動することだと私は思ってる。

そこで味をしめたり、反省の色が見えない事が一番あってはならないのだ。





ということで、度重なる説明の末なんとか説得することが出来た。

あまり納得はしていないみたいではあるが…





「アスタルテ君、一つ気になったことがあるんだが、いいかい?」

レーネが手を挙げる。

「あ、はいなんでしょう?」

「彼女が自立するまで家に住むことは分かった。でも、これはもしかしたらの話だけど、私達が出かけているうちに金品等を盗んで逃げる可能性もなくはないよね?」




流石レーネさん、あらゆる事態を考えてますね…

アスタルテは改めて感心しつつ、質問に答える。




「そうですね、その可能性も無くは無いと思います。なので、これを用意しました」

そう言ってポケットからある物を取り出す。




「んだぁ?それ。首輪なんて付けても逃げようと思えば逃げれるぜ?」

「……それ…奴隷用のやつ…?」

コトハさんは気付いたみたいだ。




「はい、これは主に奴隷が逃げ出さないようにする首輪です。魔力を使って装着させ、半径200m離れると魔力の使用者に通知が届きます。そして、いつでも専用スキルを使用する事でその者の位置を知ることが出来るのです」




そう、これは奴隷と契約した時に使う首輪だ。

家に帰る前にノレスの提案で奴隷市場に寄って買ったのだ。

奴隷契約無しで単品購入する場合は少し値が張ったが、絶対あったほうがいいだろう。

ちなみに専用スキルは首輪に付いてくる魔道書で覚えた。




「奴隷用のを付ける…というのは少し抵抗がありますが…」




でもいろいろある種類の中で一番可愛いのを選んだし、チョークのようなアクセサリーに見えるからそこは我慢してもらおう…

猫っぽい鈴も付いてるし…




「ふむ、そういう事なら大丈夫だね」




レーネさんも納得してくれたようだ。





「なるほどな、分かった。それで?名前が無いって事だが」

「……無いと…不便…あったほうが…いい…」




「そうなんですよね…」

「ん?お主が名付ければ良いじゃろ」

「えぇ、私!?」

「お主が連れてきたんじゃ。そこはお主の仕事じゃ」





いやいや、だって転生するときですらお任せを選んだんですよ?

自分の事ですら適当なのに他人の名前を決めるだなんて…

でもそんな事言える雰囲気でもないし…





「う~ん…」

タマ…とかは安直すぎるよね…

やっぱりこういうの苦手だなぁ…

アスタルテは頭を抱える。




その時、持っていた首輪の鈴がチリンっと鳴った。




(チリン……チリカ?チリキ?チリク?)




「チリア…とか…?」

ぼそっと呟き、周りをチラリとみる。

周りは静まり返っていた。




(さ、流石に適当すぎた…?)




別のいい感じの名前を…と考えようとした時、ノレスが反応する。




「それでいいんじゃないかの?」




(えっ?本当に?)




すると、ノレスに釣られて皆も口を開ける。

「ふむ、いい名前じゃないか」

「ふん!コソ泥には出来すぎた名前だけどな」

「…チリア…良い…」




あれ、案外反応いい感じ?




そうだ、本人にちゃんと聞かないと。

アスタルテはチリア(仮)の方を向くと、彼女はプルプルと震えていた。





「チリア…素敵にゃ!わち、そんないい名前になっていいのかにゃ!?」

想像以上の反応に、アスタルテはびっくりする。




「えっと…貴方がそれでよければ…」




「チリア…チリア…えへへ、わちの名前…嬉しいにゃ!ありがとうにゃご主人様!」

そう言ってチリアはアスタルテに抱きつく。

まるで本物の猫のように顔をこすりつけ、ごろごろと喉を鳴らしていた。




ガタッ




それを見てゼルさんが勢いよく立ち上がったのだが、ノレスが抑えてくれた。

ありがとうノレス…なんだか手が若干震えている気がするけど、きっと気のせいだろう、うん。





まだわだかまりはあるけど、少しずつ皆とも慣れていってくれるだろう…




「して、アスタルテよ」

「ん…?」




唐突にノレスが振り返る。




「我とのデート、半日で終わったんじゃが…」




あー…そうだった、ノレスとデート中なんだった…




「えっと…今度埋め合わせするね…?」





こうして、アスタルテの家に新たな住民が加わるのであった───────


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