追われる少女


「どうしよう…」

あれから森の出口を探して歩いていたアスタルテだったが、一つ困り事があった。

服に付いたアングリーベアの返り血が洗っても洗っても取れなかったのだ。




(こんな服で町になんか行ったら絶対怪しまれるだろうしな~…)

なにか打開策があればと考えつつ歩いていると、切り立った崖にたどり着いた。




ここからなら町も見つかるかもと、周囲を見渡していると、少し先の方が何やら騒がしかった。

(なにあれ…?狼?)

見ると、狼の群れが何かを追いかけていた。

(あれは…荷馬車か!?ってことは人がいる!!)





早く追いつかないと見失ってしまう、そう考えたアスタルテは崖から飛び降りた!

(慢心しすぎたかな…いやでもきっと大丈夫…!!)




真っ直ぐ足から降下していたアスタルテだったが、風の掴み方が悪かったのかそのまま回転してしまい、スカイダイビングのように胸から落ちてしまう─────



(あれ、これまずいんじゃ…)




ドゴオォォォン!!




凄まじい衝撃とともにアスタルテの身体は地面に叩きつけられた。

「いっつつ…これは100ダメージくらいいってる気がするぞ…」

無論、大抵の生物は生き残れないが、アスタルテの高ステータスがそれを100ダメージまで抑えたのだ。



(っといけない、それよりも荷馬車だ!)

アスタルテは全速で走った。

その速さは風を切り裂きかまいたちを発生させるほどで、木が次々と倒れていった。



あっという間に荷馬車に追いついたアスタルテは、スピードを落とし荷馬車の隣を走る。

そして御者ぎょしゃを見ると年端もいかない少女が顔を引きつらせながら必死に馬を操っていた。



(まだ13歳くらいだろうか…)

と思いつつ、話しかける。



「すみません!後ろの狼達を追い払うので、この辺の地理について教えてくれませんか!?」

突然隣から声が聞こえ、少女がびっくりする。

「えぇぇ!?ぼ、冒険者の方でしょうか!?狼の群れに襲われているんです、助けてください!」



「任せてください!」



アスタルテは走るのをやめ、狼の方へ振り向く。

(よし、試したかったスキルを使おう!まずは“フレイム”だ!)



初めての魔法にドキドキしつつ、体制に入る。




しかし─────




「グルァァ!!」



狼達が一斉に飛びかかってきた!

「おわっ!?」

慌てて後ろへ下がるアスタルテだったが、狼達は連携が取れていて追撃の手を弱めない。

(もう!なんなの鬱陶しいな…!状態確認ステータスチェック!)

攻撃を全部避けつつ状態確認ステータスチェックを発動する。





○●○●○●○●○●○●○●○●



✩名前 - ブルーウルフ -

適正冒険者ランク - D -



✩Lv - 8 -



✩ステータス

HP(体力) - 18/18 -

MP(魔力) - 0/0 -

STR(物理攻撃力) - 11 -

INT(魔法攻撃力) - 0 -

DEF(物理防御力) - 8 -

RES(魔法防御力) - 5 -

AGI(素早さ) - 22 -



✩備考

非常に素早い狼。

一匹一匹の強さはそうでもないが、集団だとなかなか厄介。

青い毛並みからブルーウルフと呼ばれる。



○●○●○●○●○●○●○●○●




(え、弱くない…?)

ステータスはそうでもないし、実際攻撃も見てから余裕で躱せるのだ。

熊の二の舞にならない様、アスタルテは腹に目掛けて足で横払いをした。




─────しかし、ブルーウルフの身体は真っ二つになってしまう。





それならばと今度は頬をビンタする。



─────しかし、ブルーウルフの頭は360°回転を4,5回繰り返しちぎれ落ちてしまった。





これならどうだと人差し指を飛んでくるブルーウルフの鼻に突き出す。



─────すると、突き出した指からかまいたちと化した豪風が発生し、その先にいたブルーウルフを含め後方にいる全てのブルーウルフまでもが木っ端微塵になってしまった。





……包まれる静寂の中、固まっていたアスタルテは結局ブルーウルフの返り血で全身真っ赤だった。




様子を見て引き返してきた荷馬車の少女が駆け寄る。

「だだ、大丈夫ですか!?」




固まっていたアスタルテは口を開く。

「な…」

それを聞いた少女は首を傾げた。

「…な?」



「なんで、またこうなるんだよおおおおぉぉぉぉ!!!」





アスタルテの悲鳴は森に響くのであった─────










▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲










「私の名前はレニーと言います。本当に助かりましたっ!」

「しれn…ア、アスタルテと言います!」



あの後、荷馬車に乗せてもらったアスタルテは思わず詩憐と答えそうになるも、慌ててアスタルテと名乗る。



「箱の中に水とタオルがありますので、良ければ使ってくださいっ」

レニーの声が聞こえ、辺りを見渡すと箱がたくさん置いてあった。

いくつか中を見ると薬草や瓶などが入っており、その中からタオルと水を発見した。




「ありがとうございます、使わせてもらいます」

そう言うと早速アスタルテは水を浴び、タオルで顔や身体を拭いたが、服に関してはもう最初からこうだったのではと思うほど赤黒く染まっていた。

(うへー…どうしようこれ…ってか獣くっさ!!)




御者席ぎょしゃせきからチラチラ見ていたレニーが声をかける。

「服なども入っていますので、お好きに着ていただいて構いませんよっ」



それを聞いて別の箱を見てみると、色々な服が入っていた。

「でも、流石にそこまで…」

「いえいえっ!!」

レニーが御者席から振り返る。



「アスタルテさんは大事な積荷だけでなく、見ず知らずの私の命までも救ってくださったんですっ!とても感謝してもしきれませんっ!せめてお礼だけでもさせてくださいっ!」



レニーの迫力に押され気味のアスタルテだったが、獣臭漂う血まみれの服で入るよりは断然良いだろうとありがたく服を物色する。




(まあ…こんな感じのでいいだろう…)

適当に黒い無地のTシャツと、ひざ下くらいの長さの青いズボンを選ぶ。

「あーっ!」

すると、突然レニーが叫ぶと荷馬車を止め、こっちに乗り込んでくる。



「そんなのじゃダメですよっ!アスタルテさんは可愛いんだから、もっといい服にしないとっ!」

そう言うと、レニーは箱の中から服を選び出した。

「い、いや、別に服なんてなんでも…」

「アスタルテさんが良くても、私は許しませんっ!」



(えぇぇ…)

そう言ってレニーは服を選び終えると、アスタルテの獣臭血まみれシャツを脱がした。

突然の上裸に、流石に恥ずかしくなる。



「わ、分かりましたから!後は自分で着る…」

「そんな事を言って、またさっきみたいなのにするつもりなんでしょうっ!すぐ終わりますからおとなしくしてて下さいねっ!」



「ちょっ、ちょっと…!」

さっきのブルーウルフより早いんじゃないかと思わせる手つきで、アスタルテはあっという間に素っ裸にさせられてしまった。




(こっちの世界来てからロクな事がねぇぇぇー!!!)



心の中で叫ぶアスタルテだった─────








▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲





御者席でご機嫌そうにしているレニーをよそに、アスタルテはげっそりしていた。

結局へそ出しの黒いトップスに太ももが半分は出ているであろう濃いオレンジ色のショートパンツにゴツいベルト、腕は二の腕まで伸びる黒いグローブ、そしてトドメに膝の裏まである真紅のマントを着せられたのだった。



「とても良くお似合いですよっ」

もうどうにでもなれとヤケになるアスタルテだったが、肝心なことを聞くのを忘れていたことを思い出す。

「そういえば、レニーさんはどこに向かってるんですか?」

「レニーでいいですし、敬語も結構ですよっ」

レニーはそう言うと、続けて話し始めた。



「私は“ポン”の町に商品の売却と買取をしに行ってまして、これから“カン”の町に戻るところなんですっ」

(ポン、カンって…麻雀…な訳ないよな…)

町の名前に引っかかりつつも、レニーの話を聞く。



「そうしたら急にブルーウルフの群れに襲われてしまって…アスタルテさんに出会わなければ今頃噛み砕かれてお腹の中でしたよっ」

サラリとえぐい事を言った気がするが、アスタルテは聞き流した。




「ところで、アスタルテさんはどうしてあの森にっ?」




しまった考えてなかった!とアスタルテは思った。

(転生しましたなんて言える訳ないし、冒険者じゃないから依頼ですとも言えないし…う~ん…)




「ちょっと森に鍛錬に出てて…丁度カンの町に向かおうと思ったら偶然ブルーウルフの群れを見つけたから追いかけてみた感じ…かな?」




「なるほどっ、確かにアスタルテさんとても強かったですっ!」

我ながら苦しい説明だったが、納得してもらえたようで安心する。



「でしたら、是非私のお店に来てくださいっ!是非アスタルテさんに使っていただきたい装備があるんですっ!」



(装備か…確かに武器や防具は欲しいけど…)

アスタルテには一つ懸念点があった。




─────この世界のお金を持ってないのである。

それどころか、この世界の単位が“円”なのかも謎だった。





揺れる馬車の中、これからどうしようかと考えるアスタルテであった─────



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