別れは唐突に(2)
柚子は手術室に運び込まれ、主に頭の傷の処置をされた。
手術室の扉が開いた瞬間に詰め寄ってきた俺に、眼鏡をかけた優しそうなおじさんという印象の先生は『出血量が多かったですが、命に別状はなさそうです。ただ、今は眠っているのでしばらく休ませてあげてくださいね』と言ってくれた。俺は先生の言葉にひとまず安心した。
いつの間にか日付は変わっていて、このまま待っていても柚子に会えるわけでもないので、いったん帰って出直すことにした。
同日(体感的には次の日)、土曜日だがたまたま仕事がなかった俺は朝から病院に向かった。
受付で柚子の病室を尋ね、廊下を歩いていると、昨日の先生に出会った。立ち止まって会釈する。
「ああ、佐藤さんの?」
「はい、鷹尾と申します。……昨日は本当にありがとうございました」
今度は深く頭を下げると、
「いえいえ、あなたの大切な方が無事でよかったです」
と落ち着いた低い声が降ってきた。
「僕も今から様子を見に行くところだったんです。一緒に行きましょう」
柚子の病室は五階の端から三番目だった。
恋人同士だけど、先生も一緒だしと思い、一応ノックしてから引き戸を開けた。
先生と一緒に柚子の病室に入ると、ベッドの上で身体を起こした彼女は窓の外を眺めていた。
「あれ、鷹尾くんじゃん。お見舞い来てくれたの?」
柚子の言葉に少し違和感を覚えたけれど、起き上がって喋っている彼女を見て、やっと本当に安心できた気がした。
「鷹尾君、私、変になっちゃったのかなあ」
「何で?」
「
「……は?」
急に何を言い出すんだ?
こんなときに冗談?
俺の知っている柚子はそこまで悪趣味じゃなかった気がする。いや、俺を安心させようとしてのことなのか?
俺は彼女のベッドまで歩み寄り、そっと柚子を抱きしめた。
「とにかく、柚子が無事でよかった……」
そのとき、胸をぐっと押される感じがして——俺の身体は柚子から離れていた。
「何で、急にこんなことするの?」
そう言って俺を見上げる彼女は戸惑っているような表情をしていた。
「何でって、そりゃ、大事な彼女だし……すごく心配してたんだからな」
「彼女? 私が? 鷹尾くんの?」
疑問符だらけの彼女の返答。
そこで明らかに何かがおかしいことに気づいた。
柚子は二年前に付き合い始めてから、俺のことを『優くん』と呼んでくれていた。
それを『鷹尾くん』だなんて——まるで付き合う前に戻ったみたいだ。
いつも通りに喋ろうとしたけれど、声が震えた。
「そうだよ。俺は、2年前からお前と付き合ってて――」
「――嘘。だって……」
彼女は俺の話を遮った。
「私が好きなのは、進藤先輩だよ?」
鷹尾くんにも前に相談したでしょ、と彼女は不思議そうに言った。
さすがに俺たちの会話が噛み合っていないことに気づいた先生が、静かに口を開いた。
「佐藤さん、今、何年の何月か分かりますか?」
「何年の何月って……二〇十七年の十月ですよね?」
違う。今は二〇二〇年の四月だ。
急に得体のしれない恐怖と不安が這い上がってきて息苦しくなり、俺は助けを求めるかのように先生の顔を見た。
「鷹尾さん、いったん席を外してもらえますか? 少し確認したいことがあります」
ちゃんと説明するので待っていてくださいねと言われ、俺はただ頷くことしかできず、一人で病室を出た。
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