陽子による招待客紹介 後編
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『続きまして7番【戦車】の坂井友則さん。坂井さんは旧姓が緒車友則さんと仰って、私と知り合った頃はその旧姓の緒車さんだったのでそうお呼びしたいところですが……』
「坂井でいいですよ。坂井の家に婿入りして随分経ちますから。皆さんもそう呼んで下さい。」
坂井さんはそう言うと、天魔さんの向かいの席に腰かけた。
『わかりました。坂井さんは大企業の社長の家に生まれ、子どもの頃から英才教育を受けて育ちました。そして会社を大きくする為に坂井家に婿入りし、今は二つの会社のトップに君臨している凄腕の経営者です。』
『凄腕』のところで坂井さんは謙遜したように首を左右に振った。
『8番は【力】の服部力哉さん。彼は元衆議院議員の服部茂吉さんのご子息です。お父上の地盤を受け継ぐ為、三年前に衆議院選挙に立候補。見事に打ち勝ち、今や党の若手のエースでいらっしゃいます。』
次に進み出てきたのは、髪を七三にきっちり分けた男性だった。まだ20代だろうにスーツの色は地味だし、表情も暗いのであまりパッとしない印象だ。先入観かも知れないけど大物の息子というものは案外こんな感じなのかも。
……なんて失礼な事を思っていると、服部さんは音も立てずに静かに椅子に座った。
『9番の【隠者】、そして10番の【運命の輪】は飛ばさせて頂いて、11番の【正義】のカードは大和忠義さん。』
さっきロビーで迎えは一週間後だと知らされた時に声を上げた背の高い男性が、きびきびとした足取りで服部さんの隣の席に向かった。
その一連の動きはとてもスムーズだったが、僕は見てしまった。大和さんと服部さんが素早く目配せし合うのを。
『大和さんは警視庁捜査一課の刑事さんでいらっしゃいます。新人ながら何人もの容疑者を逮捕に導き、冷静沈着かつ的確な取り調べの才はベテラン刑事も一目置いているそうです。』
『更に12番【吊るされた男】、13番【死神】を飛ばしまして、14番の【節制】は執事の小泉節男さん。』
その声に全員が後ろにいた執事に目をやった。隣のメイド服の女性も彼の横顔を凝視している。
『小泉さんはある大財閥のお宅で長年執事をやっておられました。数年前に定年退職され、今は趣味の盆栽や俳句などをご自宅でやられているそうです。知り合いに小泉さんはとても優秀な執事だと聞いていたので、この度皆様のお世話をお願いできないかと依頼したところ快く承諾してくれました。』
「これから一週間、私が責任をもって皆様方のお手伝いをさせて頂きますので、何なりとお申し付け下さい。」
執事の小泉さんはそう言って深々と頭を下げる。それに対して皆も慌てて会釈した。
頭を上げる時、ふと小泉さんの手元が見えたので目を凝らしてみる。そこには『節制』のカードが握られていた。
執事までもカードが割り当てられているのか。じゃあ隣のメイド服の女性も……
『15番の【悪魔】と16番の【塔】も飛ばして続く17番の【星】は、私の大親友の諏訪星美さんです。彼女は料理がとても上手なので、皆様の食事のお世話を任せてあります。』
「一応、調理師免許は持ってます。どうぞよろしくお願いします。」
メイド服の女性、諏訪さんは真顔で頭を下げた。
『星美とは家が近所という事もあって小さい頃からよく一緒に遊んでいました。いわゆる幼馴染でもあります。小中高と学校も同じでした。成績優秀でテストはいつも私の負けでしたね。』
「って事は私とあんたも同じ学校って事?こんな子クラスにいたかしら。」
「いえ。私は陽子とは三年間同じクラスになる事はなかったから。」
「何だ、じゃあ覚えてないのもしょうがないか。」
白藤さんがそう呟いて肩を竦めると、途端に諏訪さんの目つきが鋭くなる。
「貴女は覚えていないでしょうけど、私ははっきり覚えていたわ。その顔と白藤加恋という名前。忘れたくても忘れられない。……ううん、忘れられる訳がないんだから。」
「な、何よ……?」
諏訪さんから発せられる明らかな敵意に、白藤さんが怯えながら新谷さんの腕を掴む。
一触即発の空気の中、僕はそーっと諏訪さんの手を盗み見る。予想通り『星』のカードを持っていた。
『さて、あと残りは二人となりました。紹介が終わりましたら夕食に致しますので、もう少しお付き合い下さい。続きまして18番は【月】で、高坂流月。流れるに月と書いてルアと読みます。』
やっと自分の番がきた。僕は緊張しながら『月』のカードを目指す。だけど次の瞬間、足が止まった。
『……彼は私の弟で何でも話せる良き相談相手です。事情があって高坂を名乗ってはいますが、正真正銘血を分けた家族です。今年から大学に入ったばかりの19才。人見知りな子ですがどうかよろしくお願いします。』
「よ、よろしくお願いします……」
思わずその場で頭を下げる。そして長いため息を吐いた。こういう紹介の仕方をされるとは思ってもみなかったから、ビックリして心臓がドキドキしている。熱で顔が火照った事でかけていた眼鏡が曇った。すぐに外してポケットからハンカチを出して拭く。
「……ん?」
その時、視線を感じてパッと顔を上げた。すると向かいの一番左に座っていた白藤さんと目が合った。彼女は僕に気づくと笑いながら話しかけてきた。
「眼鏡、可愛いね。」
「あ、これは陽子……姉が選んでくれたやつで……」
「そっか。似合ってるよ。」
「ありがとう……」
僕の返事に一瞬微妙な表情になった白藤さんだったけど、すぐに隣の新谷さんの方に顔を向けた。
『19番の【太陽】は私、楢咲陽子。そして最後の一人、20番は【審判】の相原審太郎さんです。』
60代くらいの男性が少し曲がった腰を叩きながら歩いてきて、僕の隣に座る。そして背凭れにゆっくりと寄りかかった。
『相原さんは二十年以上もの長い間判事として数々の裁判を取り仕切ってこられました。その判断力と洞察力には定評があり、相原さんに憧れて法律の道に進んだ者は数知れないとか。去年惜しまれながら退職してしまいましたが、今でも警察や検察関係者が相談に押し寄せるそうです。』
「どうでもいいが、早く食事にしてくれないか。」
しゃがれてはいるが良く通る声で相原さんがそう吐き捨てる。皆が相原さんに注目したが当の本人はしれっとした顔で前を向いていた。
『わかりました。それでは星美さん、小泉さん。よろしくお願いします。』
「はい。」
「かしこまりました。」
諏訪さんは短く返事をするとさっさと厨房に入っていって、小泉さんはまた深々と頭を下げると諏訪さんの後に続いた。
『先程申し上げた通り、星美さんの料理は絶品ですのでどうか皆様お楽しみ下さい。』
天の声が途切れる。だけどしばらくは誰も口を開かなかった。
やがて料理が運ばれてくる。
自分のタロットカードの上に食器を置かれた時には複雑な気分になったけど(カードはテーブルにくっついていて、ランチョンマットみたいな役割らしい)、食べてみたら本当に美味しくてあっという間に完食した。
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