陽子による招待客紹介 前編
―――
『ここにお集まり頂いた皆様は全員で11名です。招待状を出したのは12名ですが、残念ながら1名の方は都合がつかないという事で不参加になってしまいました。』
全員が部屋の中に入ったタイミングで放たれた言葉に、客達が一斉にため息を吐いた。
自分もそうすれば良かったという意味なのだろうが、それでも来てしまった理由はきっと僕と同じだ。
陽子の名を騙った人物が誰であるのか確かめる為。
『これから皆様を順番にお呼びします。呼ばれた方は私が言ったタロットカードの席にお座り下さい。その際に簡単な紹介をさせて頂きます。それではトップバッターは1番の《魔術師》に最も相応しい方。斉木秀一さん……いえ、
「っ……!やっぱりあんた、あのインチキ占い師の天魔隼だったのか!」
『天魔隼』という名前を聞いて20代半ばくらいの男性が大声を上げる。隣にいた女性は一瞬ビックリしたように体を震わせたが、納得の表情になると頷いた。
「どおりで見た事のある顔だと思ったわ。」
「天魔隼って確か……」
僕の前にいた坂井さんが呟やくのと同時にまた声が降ってきた。
『天魔隼。街角で通行人相手にタロット占いをやっていたが、そのルックスの良さに目をつけたマスコミが取り上げた事で一躍有名人になった。テレビのレギュラーに抜擢され、数々の有名人や素人を占ってきた。インチキかどうかは本人しかわからないと思うので、ここでは言及しないでおきます。……さぁ、お座り下さい。天魔さん。』
さっき一番最初に部屋に入ろうとした黒づくめの男性が、苦虫を潰したような顔で『魔術師』のカードが置かれた席に腰かける。するとそれを待っていたかのようなタイミングで声が喋りだした。
『続いて2番の《女教皇》は、早乙女京子さん。』
途端にあの美人さんが顔を上げる。顔色は悪かったがしっかりとした様子で歩いていって、天魔さんの隣に座った。
『某名門お嬢様学校の高等部の教師でいらっしゃいます。ご覧の通り、美しい上に頭脳明晰で、生徒達からは【京子様】と呼ばれています。銀縁の眼鏡と切れ長の目で一見冷たそうな印象を受けますが、実際は生徒思いの良い先生だと評判です。しかし滅多な事では笑顔を見せない為、【氷の女王様】という影の異名も持っていらっしゃるとの事です。』
僕はそっと早乙女さんの様子を窺う。彼女は細くて長い腕を組んでじっと天井を睨んでいた。
『3番目は《女帝》の楠木帝さんです。』
その声に壁に寄りかかって立っていた地味な服装の女性が億劫そうに壁から身を離す。そしてゆっくり自分の席に向かった。
『彼女は私の母親の妹、つまり私の叔母です。』
「えっ……?」
誰の声だったかはわからなかったが、確実に何人かは驚いた顔で楠木さんを見た。でも当の楠木さんは目を瞑って俯いているだけだった。
『帝叔母さんはいつも優しくて、家にお泊まりに行くと私が眠くなるまで一緒に遊んでくれました。旦那さんも優しい方で、おもちゃを買ってくれたり食事に連れていってくれました。本当にお似合いの夫婦で憧れのカップルでした。』
「…………」
楠木さんが何かを言おうと口を開きかけたけど、すぐに閉じてまた俯く。僕はその様子を目を逸らさずに見つめていた。
『続く4番のカード《皇帝》の皇勇雄さんは先程も言いましたが、今回不参加になってしまった方です。一応彼の席も用意してありますので、紹介しておきましょう。皇さんはいくつもの会社を経営する実業家でした。工場や研究所、病院に学校経営まで幅広い活躍をなさっていた方です。今は隠居してゴルフやスポーツ観戦に勤しむ毎日だそうですよ。』
声が途切れると全員が一斉に楠木さんの隣に儲けられた『皇帝』の席に視線を走らせた。瞬間、微妙な空気が流れる。そんな僕達の様子などお構いなしに声は続けた。
『5番は【法王】。都内のカトリック教会で神父をなさっていた、植本法行さんです。』
「法王などという大層なものではないが、呼ばれたからには仕方あるまい。」
そう言って前に出たのは、僕と船で一緒に来たあの元気なお年寄りだった。
「神父って日本人でもなれるんだ……」
「洗礼を受ければ日本人でもなれると聞いた事があるよ。」
僕の呟きに坂井さんが反応して振り返りながらそう教えてくれる。一人言が聞かれていた事に恥ずかしくなって僕は顔が熱くなった。
『植本さんはその慈悲深い心と誰にでも分け隔てない優しさで、多くの方を救いに導きました。尊敬に値します。残念ながら今はもう教会にはいらっしゃらないという事ですが。』
「もう年も年だからな。今や孫の相手をするただのじじいさ。」
植本さんは自嘲気味にそう言った。
『次の6番のカードは【恋人】。という事でお二人一緒に座って下さい。まずは新谷孝人さん。』
天魔隼の名前を聞いて大声を上げた男性が仏頂面で歩いていく。そしてガタガタとわざと音を立てながら座った。
『そして白藤加恋さん。このお二人は恋人同士です。新谷さんは加恋さんと結婚する為に一生懸命働いてお金を貯めています。加恋さんは早く子どもが欲しいそうで、今からベビーグッズを揃えているようですよ。見かけによらず、家庭的な一面を持っているようです。』
新谷さんの隣にいた女性が足早に席に向かっていって、彼に寄り添うように座った。
今まではどこか他人行儀に見えていたけど、大っぴらに恋人と言われた事で隠す必要もないと判断したのだろう。
『実はこの加恋さんは私の高校の時のクラスメイトです。卒業してから会った事がなかったので、懐かしいと思っておりました。』
「おい!いい加減にしろよ!お前一体誰なんだよ!?」
その時、突然新谷さんがそう叫びながら立ち上がった。当然白藤さんは驚いて身を引き、僕達もビックリして固まった。
「陽子は……楢咲陽子は死んだんだ!いや、最初からこの世に存在してなかったんだよ!!」
「孝人!」
我に返った白藤さんが新谷さんを止めに入るが、興奮している彼は気づいていない様子だった。
「だったら何で来たの?」
「……何っ!?」
小さな、それでいて力強い声が後ろから聞こえた。新谷さんが血走らせた目を向けた先を目で追うと、メイド服を着た女性が執事の人の隣に立っていた。どうやらさっきの声の主はこの女性のようだ。
「何だ、お前は?」
「たぶん後でご主人様から紹介があると思うので、今は私の質問に答えて頂けますか?」
「くっ……」
冷たい言い方に流石の新谷さんも声が出ない。肩を震わせる新谷さんを白藤さんが心配そうに見ていたが、やがて静かにため息を吐くと言った。
「陽子は自分で電車に飛び込んで死んだ。見たっていう人が何人もいたから確かだと思う。でも……」
「でも?」
「……まぁ、よくある話じゃない?死んじゃった人の事は時間が経てば記憶が薄くなって忘れちゃうって。きっとこの人、忘れていた陽子の名前で招待状が届いたから頭が混乱しているのよ。」
『この人』と言って新谷さんの肩をポンっと笑顔で叩く白藤さん。そんな白藤さんをメイドさんはまるで品定めしているみたいに見つめていたけど、やがて目を逸らして息を吐いた。
『そろそろ次の方を紹介してもいいでしょうか。』
絶妙なタイミングで声が喋る。立ったままだった新谷さんと白藤さんが気まずそうに腰を下ろした。
僕はさりげなくさっきのメイドさんの方を見る。彼女は新谷さん達を鋭い目つきで睨んでいた。
その様子に僕の中に燻る不安が更に増したような気がした……
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