過去からの招待状
―――
僕がその招待状を受け取ったのは、梅雨も終わって気持ちよく晴れた初夏の事。
今年の春から大学に通い始め、人見知りながらもぽつぽつと友達が出来た頃だった。
最初はダイレクトメールか変な宗教への勧誘かと思って捨てようとしたが、裏に書かれた宛名を見た瞬間その手は固まった。……いや、体全体が固まった。冗談じゃなく、一瞬心臓が止まったようだった。
「なに、これ……」
まるでお化けでも見たかのような顔でその封筒を見つめる。改めて表を見ると、不気味なまでに黒い字で書かれた『招待状』という文字が僕を睨んでいた。
恐る恐る開いて中を確かめる。そこにはメッセージカードが入っていた。
「
そこには悲隠島という聞いた事のない無人島の太陽館という館でパーティーをするから、是非とも参加しろという内容が書かれていた。
「何で僕にこんなものが?しかもこの名前……」
『楢咲陽子』という名前をじっと見つめる。あり得ないという気持ちで。
だって、だって陽子は……
もう死んでいるのだから。
―――
三年前のあの日、僕は確かに陽子が自分で電車に飛び込んで死ぬところを見た。ちょうど今頃の季節で、だけど今日とは違って雨が降っていた。
水が滴る傘を放り投げて自ら死に向かっていく陽子を僕は助けもせず、声を出す事もせず、ただ見ていた。
電車は運転士がすぐにブレーキをかけたが間に合わず、駅は大混乱に陥った。
陽子の死を見てしまった僕は気を失い、次に目を覚ました時には病院にいた。母さんが泣き腫らした目をして側で寝ていた。
「……
「え?あ、母さん……」
「良かったぁ~……!」
泣きながら抱きついてくる母さんを、僕は戸惑いながらも受けとめた。
今までの人生の中でこの人にこんな風にされた事はなかったから。
「えっと……心配かけてごめんね。」
「いいのよ。こうやって無事だったんだから。」
「……陽子は?陽子はどうなったの?」
「陽子?って、誰?」
「ううん、何でもない。」
ポカンとした顔で聞き返す母さんに悲しい気持ちになりながらも、僕はもう一度ベッドに体を沈めた。
「それじゃあお母さん、会社に電話してくるから。ゆっくり休んでね。」
「はい……」
布団を頭まで被って掠れた声で返事をする。それを見た母さんは小さくため息をつくと、そそくさと病室を出ていった。
「はぁ~……」
廊下から響く足音が完全に聞こえなくなった頃を見計らって布団から出る。
「陽子の事、本当に覚えてないのかな?それとも……」
言葉を濁す。しばらくそのままボーッとしていたが、ハッと我に返って頭を振った。
「退院したら皆に聞けばいいか。」
そう言って目を瞑る。瞼の裏には眩しい笑顔の陽子がいつまでも浮かんでいた。
―――
結局誰に聞いても陽子の事を知っていると言う人はいなかった。本当に何も覚えていないのか。そんなはずはないと思う反面、全員が嘘をついているのかも知れないとも思った。何故なら彼らは人には知られたくない秘密があったから。
陽子が死んで悲しむよりも喜ぶ人間の方が圧倒的に多いのを、僕は……僕だけは知っている。
楢咲陽子という存在が無くなった今、自分の秘密を知っている者がいないと高をくくっているのだろう。だから知らぬ存ぜぬを突き通すつもりだ。
だけどそれは許される事ではない。だってそいつらのせいで陽子が死んだのは事実だから。
僕の調査によるとどうやらその人達は、お互いがお互いを直接知っている訳ではなさそうだった。一見すると何の接点もない人達。でも僕だけは彼らの間に浮かぶ細い線の存在を知っていた。
……復讐しようと思えば出来たかも知れない。一人一人を狙って通り魔を装ったり、自殺に見せかけて殺したりするのは容易だった。
でも僕には出来なかった。部屋で一人で殺害計画を練っていざ実行しようとすると、どうしても陽子の笑顔がちらついて手が震える。足がすくむ。思考が停止する。
結局僕には殺人なんて無理だった。だから僕に出来る事を僕なりにやっていくしかない。そう思って一生懸命勉強して大学に入った。
陽子が通っていた難関の大学に。追いかけるように。
その時に見た陽子は、これまで以上に輝いて見えた。
―――
「あれが悲隠島……そして太陽館。」
僕は船から見える無人島をぼんやり眺めながら呟く。
こんもりと生い茂った木々で出来た森の頂点に立派な洋館が聳え立っていた。
「招待状って事は僕の他に何人かは招待されているんだよな……」
何だか嫌な予感がして、僕は身震いした。
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