悲隠島の真実

エピソード0:愚者

正位置


―――


 タロットカードの『愚者』は、愚か者という意味ではない。

 少ない荷物を手に旅に出る若者の姿は、全てを捨てて自由に歩いているという印象を受ける。目の前が断崖絶壁の崖であるにも関わらず、足元を見ないでいるのは楽天的で無邪気である。


 つまり愚者とは悩んだ末に全てを捨てた、自由な旅人であるのだ。



 私もそうでありたかった。私を取り巻く全てのものを取っ払って、自由になりたかった。


 私は厳格な家に生まれ、自分にも他人にも厳しく生きてきた。一切の妥協を許さず、意に沿わぬ者は切り捨ててきた。そこには一切の情も感慨もなかった。


 そう振る舞う事で周りがどう思うのかも承知の上だった。離れていく者は離れていけばいい。そう思っていた。



 しかしそんな私の完璧な人生において、たった一つの汚点があった。何故あの女を伴侶に選んだのか。今になってもなお、理由がわからなかった。

 あの時は自分が自分でなかった。そう思うしか出来なかった。


 その時を境に私の人生は狂い始めた。まるで世界が反転して、暗闇に向かって真っ逆さまに落ちていく感覚。

 せっかく出来た唯一の宝物もあの悪魔に奪われて、私の人生は崖から転げ落ちるようにして光を失った。



 そこでこの『愚者』のように、開き直って新しい人生をスタート出来たらどんなに良かったか。しかしプライドで凝り固まっていた私は、『愚者』にはなれなかった。


 大きな失敗を引き摺って、大事なものも守れずに、ただの愚か者に成り下がったのだ。






―――


『親愛なる皆々様。    この度、【悲隠島ひがくれじま】という無人島に【太陽館】という館を建てました。つきましては親交のある方々をお招きし、パーティーを開こうと思っておりますので、是非ともご参加下さるようお願いします。

        楢咲陽子』



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