アマビエの足跡を求めて
鶴崎 和明(つるさき かずあき)
第1話 名状しがたい籠城
「限界」という言葉がこれほどまでに重たくのしかかる日がこようとは思わなかった。
新型コロナウィルスの感染拡大防止のために始まった自粛は緩やかな頃から数えてはや二ヶ月が経ち、街角の人影はまばらとなった。
市内では自宅での「籠城」を呼びかけるポスターが掲げられ、丈高くそれを守らんとしている。
一方で、これ以上の「籠城」には耐えられないという声も多数上がっている。
家に長らくいると鬱々としてくるという声もあるが、
「防空壕に比べれば余裕を持って耐えられる」
という張本氏の一言には頭が上がらない。
故に、ここでいう「籠城の限界」とは生業に対する限界のことである。
街角から人影が消えたということは、それだけ、物を給仕を買う人が減ったということである。
この点から目を逸らしてしまいさえすれば、単純に家から出ないことに集中することも可能だ。
ただ、正直な商いをしている店であればあるほど、その日の商いが潰えることで苦境の度合いは増していく。
「コロナウィルスへの緊急事態宣言を取るか、自らの生活への緊急事態を取るか」
故に、こうした厳しい選択を迫られることとなる。
文化に関わる芸能関係は普段こそ派手に見える部分もあるが、その実は厳しいながらもその在り方で夜の街を支える。
夜の街は大きな金が目の前で動くために儲けているように見えてしまいがちだが、保証もない中で我々に種々の安息を齎す。
小売業や卸業、そして医療関係者が生活を支えているのは言うまでもないが、こうした人々への安息を我々だけでは与え難い。
疫病により全てが厳しい状況の中で、だからといって、何かを切り捨てるというのは社会という器が欠け崩れる元になる。
我々は可能な限りかけることなく勝利を収めなければならない。
よもや、猶予はないのである。
だからこそ、反攻を始めた店が増え始めた。
まず、テイクアウトを始める飲食店が増え、生業の継続に向けての戦線を築き始めた。
また、健軍商店街はサンリブの近くにある「おちゃいち山陽堂」さんは熊本県産の新茶を妖怪「アマビエ」の絵をパッケージに起用し、売り出したのである。
「アマビエ」は江戸期の瓦版に登場した妖怪で、
「私は海中に住み、アマビエと申す者なり。当年より六ヶ年の間、諸国豊作なり。併せて、病が流行り、早々私を写し人々に見せそうらえ」
と言い残したとされ、当時流行した天然痘への人々の思いが形を成したのではなかろうか。
これが約一七〇年の時代を経て疫病に対抗する人々の旗頭となりつつある。
その絵を地元の漫画家である鹿子木灯氏が描き、売り出したのを知り買い求めたのであるが、この時、何かの天啓が下りたように自意識過剰ながら感じたのである。
つまり、上通や下通の食だけではなく広く疫病と闘う人々の姿を伝えていくべきである、と。
闘いをひとつ止める訳ではない。
ただ、欠けるものをひとつでも減らさねばならない。
それは熊本だけでなく、九州だけでもなく、日本だけでもない。
駄文の小さな力ではできることなどたかが知れているかもしれないが、それでも、やはり座して待つというのは明らかに違う。
ただ、腹が減っては戦はできぬ。
近くの「笑らか」さんで総菜を買い求めて力を貯める。
まずは茄子天から繰り出される芳醇な旨味はこの世の悦楽の粋を集めたに等しい。
金平牛蒡は土壌の滋味を存分に湛えて、酒に合わぬはずがない。
唐揚げと蒸し鶏のオニオンソースはいずれも引けを取らぬ主役であるが、初夏の風には蒸し鶏に軍配が上がった。
いずれも廉価ながらに旨く、最後にカレーピラフで勇気づけられた。
ここでウィスキーソーダをいただくのはいつものことであるが、書くために氷ありの二杯に抑える。
そして、水前寺の陸上競技場で行われていたイベントに出店している「香梅」さんで買い求めた籠城セット(三点)を酒後のお茶請けとする。
湯冷ましで入れた甘みを含んだお茶をいただき、まずは陣太鼓を高らかに鳴らす。
普段は粉茶かペットボトルで済ますところを急須も買って湯冷ましで時間をかけて淹れた。
湯のみを求め忘れてプラスチック容器でいただいたのは珠に瑕であったが、そのほのかな甘みと新緑の薫りは決して小豆の旨味に負けることはなかった。
そして何より、猫舌にも優しい。
なお「誉の陣太鼓」は子供の頃からの好物なのであるが、時を経てなおその力強さは変わっていない。
それどころか、若かりし頃の血気盛んな自分を取り戻すかのように全身に力が漲ってくる。
これを新茶で冷や水を浴びせて落ち着かせ、「武者返し」から「本丸」までいただいた。
勢い余って、武者返しの乾燥剤まで食んでしまったのはご愛敬であるが、それでもパイ生地の軽妙が脳を活性化させ、本丸のしっとりした生地が決意を正す。
いよいよ、全力を捧げる時が来た。
単純なグルメの紹介という形では収まらない。
この疫病に喘ぐ今、人々がどのように闘っているかの足跡を少しでも書くつもりである。
また、雌伏の時を経て闘いに再度身を投じる人々の姿もまた描く予定である。
それこそ、かのアマビエの足跡を追うかのように、今ある闘いを紹介しながら生業の継続を微力ながら応援できれば、と願うばかりである。
【おちゃいち山陽堂】
住所:〒862-0903 熊本県熊本市東区若葉1丁目35−18
電話番号:096-368-2291
営業時間:9:00~19:00
【笑らか 健軍商店街店】
住所:〒862-0903 熊本市東区若葉1-14-4ピアクレスUB号室
電話番号:080-5790-5531
営業時間:11:30~14:30・18:00~23:00・日曜定休
(現在→11:00~18:00)
【ドライブスルースタジアムIN水前寺】
開催期間:5月3日~5月31日(第1弾は5月3日~5月10日)
会場:熊本市立水前寺競技場(熊本市中央区水前寺五丁目23-3)
営業時間:11:30~20:00
【お菓子の香梅 白山本店】
住所:〒862-0959 熊本市中央区白山1-6-31
電話番号: 096-371-5081
営業時間: 9:30~18:30
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