2030年のスイートホーム
佐藤ムニエル
第1話
ログイン。
真っ暗闇の中に、横長のゲージが現れる。
左の端から赤色が伸びていき、右に達して青になる。
視界のあちこちに大小様々なウインドウが開かれる。それらがそれぞれ何をしているのか、わたしには検討がつかない。
そもそも興味がない。
それは、わたしには関係のない事柄。わたしはただ、身体を動かせばいいのだ。
暗闇が晴れ、世界が広がる。
黒ずんでいるようにさえ見える青空。
照りつける日射し。
砂煙。その向こうに、崩れかかった石造りの建物。ほとんど廃墟のような街並みが横たわっている。
作戦地域の呼称は、忘れた。そう思うやすぐに答えが表示されるけど、わたしは見ずに消す。そんなもの知っていたって何の得にもならない。
わたしたちは、ただ黙って戦っていればいいのだ。
『各機、状況を報告してください』
チーフの声。
2から順に、異常なしとの返答が出る。わたしは右の掌を握ったり開いたりしてみる。『9号機?』
「あ、はい。異常ありません」
わたしは答える。
『各機、ブリーフィング通りに作戦を遂行してください』
了解、が七回続く。わたしも続く。
肩に手を添えられる。中央にレンズを仕込んだ四角い顔が目の前に来た。1号機、チーフの機体だとタグでわかる。お節介なぐらい、情報に溢れた視界。
『ボーッとしないで。ここは戦場ですよ?』
チーフはうちの隊で一番職歴が長く、時給も高い。無線を使うと記録が残るから、小言を言う時はいつもこうして接触通信でやってくる。
『そんなことだから、いつまで経っても9番のままなのですよ?』
すみません、と言う前に、視界の左上に赤い警告が表示される。
後ろに飛ぶと、目の前を何かが通り過ぎた。後には直線の白い煙。視界が揺れる。音はない。煙や、飛んでくる拉げた金属片で、何が起きたのかは大体わかる。今のわたしたちに戦場の音は必要ない。
全て、視界に表示される情報が賄ってくれる。
『9号機、大丈夫?』
今度はクリアな無線でチーフの声がする。彼女の機体は既に、進行方向へ向けてライフルを撃っている。
『大丈夫です』
わたしも腰から武器を抜き取る。
構える。前衛は既に銃撃戦の最中にあるようだ。
『1号機、どうしました?』
これは本部にいる管制官の声。
『降下艇がやられました』
チーフが応じる。視界の端では、わたしたちの機体を運んできた無人輸送機が炎に包まれている。
『各機に異常はありません。想定外の位置にも敵が潜んでいるようです。戦力情報の更新をお願いします』
『了解――座標照合完了。更新版の敵配置図を展開します』
視界の右下に四角い地形図が現れる。図の上には青と赤の点がいくつも散らばっている。青が見方で、赤が敵だ。青の方が三つ多い。なんて思っているうちに、赤が一つ消えた。
『RPGを装備しているのは一機のみです』
『1号機、了解――9号機』
わたしだ。
『正面の敵を叩きます。援護してください』
「了解」
崩れた壁の向こうに人影が見える。拡大。アイ・ウェアの後頭部と肩が見える。ドローンからの映像も組み合わせると、わたしたちが今使っている機体と同じ型だということがわかる。
あの向こうにも、わたしと同じようにどこかの基地の寝椅子の上で仰向けになったまま、戦場を走ったり銃を撃ったりしている人がいるのだ。
チーフの機体が駆け出す。わたしは引き金を引く。
銃の振動が、掌から腕を伝って肩まで上ってくる。本当はわたしが味わっている感覚ではないけれど、わたしのものとして頭は処理する。
砂煙を巻き上げ、チーフが飛び上がる。壁の向こうに消えたかと思うと、敵の機体と格闘戦を繰り広げる。相手の、人間で言う頸部にアーミーナイフを突き立てる姿がドローンの映像に映る。真っ黒なオイルが噴き出し、チーフの機体を濡らす。
わたしは駆け寄っていく。
「カメラ、見えますか?」
『拭いてください』
右脚のボックスからクロースを取り出し、チーフの顔を拭う。そこへまた、肩に手を乗せられる。
『さっきの援護は何ですか? 何発か当たりました』
「すみません」
『謝るぐらいならちゃんとなさい』
肩を突き放される。そうしてチーフは前線へ向かう。わたしは自分の持ち場へ着くべく移動する。
ライフルで敵機を撃破。
味方を援護しやすい場所を確保する。
この作戦でのわたしの仕事はあっという間に終わった。
本当はここから前線を援護しなければならないのだけど、そうする必要もないほど戦力は圧倒的にこちらに有利だ。
殲滅戦。
そういう言葉があるらしいけど、詳しくは知らない。わたしにとって戦闘は、「戦闘」という二文字以上に意味を持たない。
やがて、作戦終了を告げる表示が現れる。
景色が淡くなっていく。やがて、再び暗闇がやって来る。
――ログアウト。
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