第5話 勇者の事実

 勇者ができることは少ない。拳を握ること、相手を殺すこと、物を壊すこと、神の使命に従い生き、目的を達成して死ぬ。これが、勇者の一生だ。

 

 ただ、それだけの存在なのだ。


 勇者は、神の命に背けない。


 今日も今日とてたくさん殺す。たくさん壊す。


 「89万2811人目」


  人々の叫び声と大地が割れる音が響く。


 「93万5524人目」


 勇者は、数える。殺した数を 記録に残すために…テトに記録させるために。


 今回は、記録に残るやつがいた。


 「勇者!なぜお前は、私たちを殺す!」

 

 勇者は答えない。

 「ここにいた者達も、みんなお前と同じく生きていたんだぞ!」


 勇者は答えない。その代わりに剣を交える。


 「一つだけ、覚えておけ!人族の勇者よ!人族だけが人間なのではない!私たち、お前達が言う魔族も同じ人間だ!大きな違いなどない!同じく支え合い生きているんだぞ!」


 勇者は、ここで初めて口を開き、交えた剣の力を強めていく…

 「知っているさ」

 

 記録に残る男は、聞き返した。

 「なに?」


 「知っている。お前の名前はイスカルテ、人科魔属獣人族のオオカミ種であり、このダンジョンのBOSS、妻子がおり、妻がエルテ、子供が3人…勇者が殺した」


 そういうと勇者は、また力を強める。そして、イスカルテの体に勇者の剣が食い込み、勇者の淀みない澄んだ目を睨みつけたままイスカルテは両断された。


 イスカルテが生き絶えると、その体から勇者とテトにしか見えない薄白く光るな何かが出てきて勇者の剣に吸い込まれ、溶けるように消えていく。

 それを見計らったかのようにダンジョン中から勇者の剣に白い光が集まり吸い込まれていく。テトは勇者と勇者を中心に漂う白い光の幻想的な光景に少し離れて見入っていた。しかし、テトにはそれが何なのかはわからない…


 勇者は黙ったままで、剣に全てが集まり切るまで待った。


 全てが集まると、勇者にだけ聞こえる足音が聞こえてくる。


 トテトテトテ…


 テトは、勇者の近くで立ち止まる。勇者の声を待っているかのように…


 そして、勇者は、瓦礫の上に腰をかけ、うつむくテトの方を向き…


 「筆記用意」


 テトは、大きくうなずき、大きなリュックから紙と筆記具を取り出し、勇者が更地にした真っ白な地面に腰を下ろしてもう一度、大きくうなずいた。


 勇者の唄が響く。この美しい歌声は、テトにしか聞くことができない。

 そこには、二人しかいないから…


 そのテトが記録する勇者の記録には、今回はイスカルテも入っていた。


 この勇者の記録には、毎回あとがきがある。


 このあとがきには、勇者が神の命に背いたこと、神の意志は魔族と人族との融和にあり、本代の勇者がただ自らの欲望に走ったことが語られている。


 その理由は、勇者にもわからない。しかし、勇者の現実は毎回同じだ。勇者は神の使命を果たすと死ぬ。例外は一度もない。


 これは、勇者の事実であり、勇者はこの使命の中を生きる。この圧倒的なまでに不自由で理不尽な世界の中で、もがきながら勇者は生きる…




 ボギンスは、ダンジョンBOSSである。出勤も8時の定時なら、家に帰るのも通常は定時の17時だ!もちろん、車(馬車※)の送迎付きだ!


※馬車とは、通称であり、陸上を車輪で走るもののを指す。動力は人力から馬力、ドラゴン力、魔力、内燃料と様々であるが、魔法が存在する世界なので、機械は少ない。通常の馬車は、ドラコーンと言われる種が人力で引いてくれるものを指すことが多い。

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