第18話 初デートはサボりとともに⑤
俺は三分でどの店に入るか決め、十分弱歩いてその決めた店へとやって来た。
その店は本格的なイタリアンレストランと言うわけではなく、どちらかというと喫茶店のような――っていうか喫茶店ですね。少なくとも見た目は。
落ち着いた雰囲気で、席数もそこまで多くない。
木で造られたテーブルは趣を感じさせ、流れてくるオルゴールの音らしきBGMと合わせてレトロな雰囲気を醸し出している。
店を決める際にいくつか提案したのだが、この店を見せた瞬間に「ここ」と即答された。
……そういえば理乃はこういう穏やかな雰囲気の店が好きだったんだっけ。前にテレビで似たような雰囲気の喫茶店が紹介されてて、それを見た理乃が「こういう雰囲気好きだなぁ……」って呟いてたのを覚えてる。
店内には少なくも多くもない程度の人数が滞在しており、そのほとんどが主婦の方々やご老人の夫婦だった。なんというか……場違い感が凄い。
しかし理乃はそんなことを気にした様子もなく、案内のためにやって来た店員さんに「二人です」と堂々と答えていた。肝が据わってるな。バレたら終わりのトップアイドル様だというのに。
店員さんに二人席へと案内され、「注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言って店員さんが立ち去ると同時に理乃はサッとメニューを開いた。
「ん~どれにしよっかなぁ~」
上機嫌な様子の理乃はメニューをじっくりと眺めながら、机の下で足をパタパタさせていた。こら、お行儀悪いから止めなさい。
「むむっ、カルボナーラ美味しそうだなぁ……いやでも、トマトクリームパスタも捨てがたいよなぁ……」
足が大人しくなったと思ったら、今度は額にしわを寄せて悩み始めた。
そして悩むこと三分。
その間ずっと悩みながらアイドルらしからぬ顔になり始めたので、助け船を出すことにした。
「理乃、なんなら俺と分けることにするか? それならどっちも食べれるだろ」
「えっ……いいの?」
上目遣いでこちらを見上げてくるその姿に、少しドキッとしてしまうが、出来るだけ普通の状態をキープして返答する。
「あ、ああ。もちろんいいぞ。理乃だけ食べてて俺だけ食べてないってのも変だし、ここで理乃が食べるなら、あとから別に食事の時間取るわけにもいかないからな」
「ありがとう雅宣っ! だいs……大親友よ!」
「お、おう……」
なんだよ大親友って。
何か別のこと言おうとして言い直した感じだよなあれ。何て言おうとしたんだろ。気になる。
だがそれを聞く前に、理乃が店員さんを手を挙げながら呼んだので話しかけるタイミングを失う。……ま、別にいいんだけど。
理乃が嬉々としながら二種類のパスタを頼んでいるのを見て、俺はほっこりした気持ちになった。
こうして二人でいるときや家族全員でいるときは、年相応の可愛さが感じられる普通の美少女だ。世間ではトップアイドルなどと言われている少女の、他の人に見せることのない一面を見るたびにそう思っている。
でも、理乃はアイドルという肩書を取ればただの少女。
同い年の少女と何ら変わりはない。
時々無理していないか心配になってしまうときもあるが、アイドルになるというのは理乃が決めたこと。俺がお節介を焼く必要はないだろう。
本当に危ないと思った時に彼女を止めるのが、俺の役割だ。
誰よりも理乃を見てやらないと……――
「―――のぶ。おーい、雅宣。大丈夫~?」
「……あ、悪い。ぼーっとしてたわ。どうかしたか?」
「いや、パスタ来たよ」
「ああ、そうか……って、早いな!?」
「だね。まだ注文してから五分も経ってないよ」
五分って……まあでも注文する前にあんだけ悩んでたら予想は付くかもな。本当にそのせいかはわかんないけど。
「んじゃ、食べるか」
「うん!」
「「いただきます」」
最初に食べるのは、俺がトマトクリームパスタの方で、理乃がカルボナーラだ。なんでも、カルボナーラの頂上に乗った卵を割りたいらしい。
卵を割って、「おぉー!」と喜んでいる理乃を見ながら、俺はトマトクリームパスタをフォークで巻き取って口に含んだ。
「……ん、美味いな」
「そうなの!? 私も後で欲しい!」
「まずはカルボナーラ食っとけ」
まだトマトクリームパスタを満喫しきれていない俺は、取られてたまるものかと理乃に先にカルボナーラを食べるように促す。……カルボナーラも美味しそうだけど。
「んん~! 美味しい~!」
あまりの美味しさからか、くねくねと身をよじりながら幸せそうな顔をする理乃。
周りの主婦の方々やご老人の夫婦が微笑ましそうに理乃のことを見ているのに気付きヒヤッとするも、バレていなさそうなので安心。
しかし少しうるさくしてしまっているようなので、ちょっと申し訳なくなった。
声のボリュームを落とすように注意しようと思い、声を出す――
「はいっ、雅宣。あーん」
――直前に理乃が俺の前にフォークで巻き取ったカルボナーラを差し出してきた。いつもなんでこんなタイミングよく俺の発言が止められるんだろうな。
それはそれとして、今考えるべきはこの理乃が差し出しているパスタを食べるかどうかだ。
パスタを巻き取っているフォークは、一度理乃の口の中に入っている。
つまり、それを食べれば俺と理乃は、か、間接キスをすることにっ!
「間接キスになるけど……いいのか?」
ここで理乃が気付いて引いてくれることを願う。……断るのはなんとなく申し訳ないしな。
「んー全然いいよ? ってか私達一緒にお風呂入った仲じゃん」
「勝手に過去を捏造するでない。小さい頃でさえ一緒に入ってないぞ」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
マジで言ってるのか?
もしかして俺が忘れてるだけ……?
「せ~いか~い! ということでこれは雅宣にプレゼントでーす! ほら、口開けて」
そう言ってフォークを再び突き出される。
向こうは気にしていないようだし……気にしている方がおかしいのか?
半ばやけくそになった俺は、どうにでもなれと思いながらパスタに食らいついた。
味の感想はですね………………正直よくわかんなかったです。
美味しかったのはわかるんだが……生憎間接キスのことを意識しすぎて細かくはわからない。ちょっと勿体なかったな。
「美味しいよね!?」
「あ、ああ。美味いな」
「だよね~」
本当に間接キスを気にしていないようなので、仕返しをしてやりたくなった。
「それじゃあ今度は理乃の番。ほら、あーん」
ふっふっふ。ほれ、動揺してみろ。
「ありがとう! いただきまーす」
理乃は俺の差し出したパスタを、躊躇することなく口の中に入れた。
「んん~!こっちも美味しい~!」
……はぁ、変に意識してたのが馬鹿みたいだ。
俺は自分自身に呆れながら、理乃の口の中に一度入ったフォークでトマトクリームパスタの残りを食べるのだった。
……そして、すぐに視線をパスタに落としてしまっていたために、理乃の顔が真っ赤に染まっていることには気付かなかった。
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