第14話 初デートはサボりとともに①

 考え事をしていたせいで眠気が吹き飛んでしまった。

 目を閉じてみるも、沸き上がった決意は俺を興奮させていて落ち着かない。二度寝は出来そうもないな。


 やることもなくただただ暇な時間ができた俺は、ふと理乃の頭を撫でようと思った。

 これには別に下心があるというわけではなく、単純に彼女を不安にさせてしまったことへの責任からだ。


 俺はいなくならない。

 ずっと――少なくとも理乃にいい人ができるまでは、傍にいるからな。


 そう諭すように、優しく理乃の頭を撫で続ける。


 そのまま撫でるのを続けていると、次第に理乃の目からこぼれる涙は収まっていった。そして数分もすれば、静かに寝息を立て始めるのが聞こえてきた。……もう大丈夫そうかな。


 理乃が落ち着いていく姿を見て、だんだんと自分も落ち着いていっていることに気が付いた。

 決意が弱まったというわけではなく、心の奥にしっかりとその決意は仕舞われたまま確固たる意思として存在している。


 そのことを再認識しながら、俺の意識は再び眠りに落ちていくのだった。





「起きろ雅宣っ!!」

「うおっ!」


 布団がどけられる感覚とともに大きな声がして、俺は目を覚ました。

 大声のおかげで俺の眠気は消え去り、脳が瞬時に覚醒したおかげで状況の把握も容易だった。


「ほら! デート行くから早く着替える!」

「……ああ、そういえばそうだったな」


 布団を俺から取り上げた理乃は、ジーンズに白い半袖のTシャツ、その上にパーカーを羽織ったかなりラフな服装だ。……まあ、そうでもしなきゃかなり目立っちまうからな。

 前にお洒落をした理乃を見たことがあるのだが、その時の理乃の存在感が凄かった。纏う雰囲気がファッションモデルのそれだからな。実際はトップアイドル様だけど。


 肩くらいまである綺麗な黒髪は、普段とは違いポニーテールにしてあり、メガネ(ダテ)をかけている。化粧も最低限しかしていないようで、パッと見て理乃がトップアイドルの日坂理音だと見抜ける者は少ないだろう。


 時計を見れば十時を示していたため、どうやら二時間半程眠っていたようだ。……改めてズル休みしていることへの罪悪感にさいなまれそうになるな。


「んじゃ、俺も着替えるわ」

「早くしてね~」


 布団から起き上がると、そう言って理乃は部屋の外に出て行ってくれた。……ってかスキップしながら出ていくとか、どんだけ楽しみなんだよ。


 折角のお誘いなので時間を無駄にするのは申し訳ないし、急いで着替えよう。

 理乃がラフな服装なのに自分だけ派手にする訳にもいかないので、タンスから適当に服を引っ張り出す。

 選ばれたのは黒のチノパンに無地の白Tシャツ、それにベージュのシャツだ。


 ファッションセンスに自信があるわけではないが、変だったら理乃からの指摘が入るだろう。何も言われなければ、問題なしだ。


 三十秒で着替え、恐らく理乃がいるであろう二階へと向かう。

 案の定理乃は二階のリビングで、テレビを前にスマホをいじっていた。テレビ見てないなら消せよな。勿体ない。


 母さんも父さんも仕事に既に行っており、葉月は当然学校に行っている。家にいるのは俺たち二人だけだ。……まあ、だからと言って何か起こるわけじゃないんだけどな。


 テーブルの上には小さな紙切れが置いてあり、母さんが朝食は食パンを好きに使っていいという旨のメッセージを残していた。


 うちの家族は全員が朝が早いので、手軽に済ますことが出来る食パンが朝食となることが多い。だからと言ってご飯が嫌いと言うわけでもないが。


 どう食パンを調理しようか考えながら内容を確認済みの紙切れを捨てようとすると、下にもう一枚重なっていることに気が付いた。


『デート楽しんでね♡』


 ……字的にこれも母さんだ。

 年は伏せさせてもらうが、若くはない母さんがハートマークを使っているのを見ると、ぞわっと来る。帰ってきたら二度とやらないようにと注意しよう。


「……理乃はもう朝ごはん食べたか?」


 二枚目の紙を破り捨てながら、俺は理乃に聞いた。


「まだ~」

「俺はフレンチトースト作ろうと思うんだが、理乃はどうする?」

「雅宣と一緒で~。……あ、一枚半ね」

「おっけ」


 理乃の返答を聞いた俺は早速卵を器に割り、かき混ぜ始める。

 フレンチトーストには甘いのと甘くないのの二種類あるが、個人的には甘くない方が好きなんだよな。そもそも、朝から甘いのは重すぎる。おやつとしてなら微妙だが。


 食パンを半分に切って、それぞれ卵に浸していく。

 理乃も俺も一枚半食べる予定なので、計三枚が半分に切られ、卵は二つ消費した。


 浸し終えたらそのうちの三枚をフライパンにのせ、焼き始める。

 時々裏返して、全体的に焼き色がついてきたら皿に盛り付けて――


「理乃、出来たぞ」

「ありがと~」

「……いや、少しは働いてくれ。せめて皿並べるくらいは」

「しょうがないなぁ~」

「んなこと言ってんなら朝ごはん無くすぞ」

「むぅ……それはイヤだ」


 ほっぺたを膨らませながらも、働く気になったようだ。

 膨らんだ所をつつきたくなる衝動を堪え、残っている三枚をフライパンにのせる。横目で理乃の方を見ればまだ風船を作っているが、その口元はフレンチトーストが嬉しいのか緩んでいる。空気が抜けるのも時間の問題だろう。


ほんの数分で残りも焼き上がり、今度は自分でデーブルまで運んだ。


「「いただきまーす!」」


 そういった瞬間、目にも留まらぬ早業で塩コショウをかけ、フレンチトーストにかぶりつく理乃。


「ほいし~!」

「……急いで食べなくても、フレンチトーストは無くならないぞ」

「冷めちゃうじゃん」

「まだしばらくは温かいままだ。そんなにすぐに冷めるわけねぇーだろ」

「むぅ~~! しょうがないじゃん、美味しすぎるんだから」


 ……不意打ちはズルいわ。ただただめちゃくちゃ嬉しいだけだから。


 理乃の一言に動揺してしまった俺は、照れを隠すように無理矢理別の話題を切り出した。

 

「そ、そういえば今日はデートするって言ってるけど、どこに行くんだ?」

「うーん……特に決めてない!」

「それは胸を張って言うことじゃないぞ」


 どやぁと言った表情でこちらを見てくるが、無計画なのにデートに行こうと思ったところは尊敬するわ。でも、普通ならありえないからな。


 そこで俺はふと思い出したことがあるので、この機会に伝えることにした。


「あ、言い忘れてたんだけど、涼太――写真見せるって言ったクラスメイトな――とその彼女さんに、今度どこか行かないかって誘われてるんだけどさ、いつならいい?」

「あー……ごめん、今日からしばらくは予定がびっしり詰まってるから、二ヶ月くらい先じゃないとダメかも。ライブだって近いし」

「そ、そんなにか……トップアイドル様って大変だな」

「うん、本当にそうなんだよね……だから、今日雅宣とデートしたいって思ったんだ。大変だけど、雅宣との楽しい思い出があれば頑張れるかもって」


 ……それってまるで、俺のことを好きと言っているようなものじゃ…………いや、んなわけないか。

 仲のいい幼馴染だから、一緒に出掛ければ楽しいってことだろうな。


「それじゃあ、今日は楽しむか! これからも理乃が頑張っていけるように」

「う、うん!」


 俺が理乃に笑顔を向ければ、理乃もニコッとこちらに笑顔を向けてきた。

 


 さてと、この学校をサボってまで行くことにしたデートを、最高に楽しいデートにしてやるか!







☆あとがき

作者のモチベーションアップにつながるので、面白いと思った方は是非星やコメントをつけてくれると有り難いです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る