第22話

 以前、地蔵が置かれていた工事現場にやってきた。そこはまだ工事中で、路上にはヘルメットをかぶった何人かの作業員が立っていた。目をつけたのは50代ぐらいの男だ。こうした工事現場では、法律によって安全の為に、所定数の人が歩道で誘導業務などを行わなければならないらしい。


 役割分担として、ペルと一寸法子と天狗実は観察役だ。一寸法子はペルの肩の上で、ターゲットの男をスマートフォンで動画撮影をする。


 一方、孫悟空とカグヤは、どちらもサングラスをかけて歩き、ターゲットのすぐ傍で立ち止まった。最初の実験のテーマは『オレオレ詐欺』だ。


 まず、二人は詐欺の手口について語る手筈になっている。わざと、ターゲットの耳に入る声量でカグヤは孫悟空に言った。


「アニキ、これから行う『オレオレ詐欺』は成功するでおじゃるか? もし失敗したら、オジキにどやされるでおじゃるよ」


「大丈夫だ。オラの声色を、孫だと信じて疑ってなかったからよー。『オレオレ! オレだよ。そうだよ。あんたの孫だよ。仕事でヘマして600万円がすぐに必要になるんだよ。助けてぇー』って言ったら、信じて疑わなかったぜ、あのババア」


 ターゲットの男がここでようやく反応を見せた。ちらりと孫悟空とカグヤの顔を伺った。しかし、すぐに視線を元に戻した。


「時間的に、もうすぐの到着でおじゃるなー。しかし、おばあさんに新幹線に乗って、こっちにまで届けに持ってくるように指示して、アニキもワルでおじゃるなー。おばあさん、他県に住んでいる人でおじゃるよね? ワルもワル、本物のワルでおじゃる!」


「そんなに褒めんじゃねーよ、ばかやろう。照れるだろう! オメーに教えてやるよっ! それがマル秘テク中のマル秘テクなんだよ。老人をな、新幹線に乗せて、わざわざ金を送り届けさせるという行為。そうした労力をかけさせる事で、労力を無駄にしたくないっ。絶対に渡さなくては、って心理状態にさせるんだよ。さらに新幹線に乗っている最中、『早く届けてあげなくっちゃ』って焦る気持ちも膨らむんだ。焦ったら人間、正常な判断ができなくなるのさ。オメー、オラのように一流のワルを目指しているのなら、人間心理を上手に扱わねえといけねえぞ」

「なるほどでおじゃる。でも、大丈夫でおじゃるか? 600万円を渡すはずの孫本人が、この場にいなくても?」


「それが大丈夫なんだよ。時刻表から、ババアが新幹線で駅に着いただろう頃にな、オラはもう一度孫のフリをして電話してやったんだ。『仕事でどうしても外せない会議があるから、後輩に受け取りに向かわせるねぇー』ってな。そしたらババア、分かった、と信じて疑わなかったぞ」


「さすがはアニキでおじゃる。ワル中のワルでおじゃる。札付きでおじゃるなー。それなら、孫本人がいなくても、お金の受け渡しは、滞りなく出来るでおじゃる」


 二人はその後も、詐欺の段どりについての会話を続けた。


 しばらくして、タクシーが二人からそう遠く離れていない路上で停車した。


「おっと。きっと、あのタクシーだぞ。オメーは隠れて、オラの仕事ぶりを見てろ」


「分かったでおじゃる。隠れてこっそりと見てるでおじゃる」


 カグヤはそう言って、その場から離れた。ターゲットの男は聞いていない振りをしているが、内心とても気にはなっている事だろう。


 数秒後、停まったタクシーから乙姫先生が出てきた。体をぷるぷる震わせながら、杖をついて孫悟空の元に歩いてきた。立ち止まると孫悟空に言った。


「も、もしかして、オメーさんかい。孫の後輩さんは?」


「そっだ! オラがババア……いや、お婆様のお孫さん『ペーちゃん』の後輩っだ。いつも、お世話になってっぞ。お金は持ってきたんか? 先輩、会社のお金に手をつけたのがバレて、下手したら解雇になるかもしんねーから、早く、元に戻さねーとなんねーんだ。『ペーちゃん』先輩のお婆様、お金は用意できたんか? 持ってきたんか?」


「もってきてもってきた! わしのなけなしの老後の蓄えから、貯金600万円を全額、持ってきた。これで、孫を救ってやってくんさい」


「おう。これで先輩は助かるぞ。じゃあ、確かにお金を……う、うがあああああ。や、やっべええええ」


 孫悟空はお金を受け取る直前、腹を抑えてしゃがみ込んだ。


「どうしたんじゃい、後輩さんっ!」


「『ペーちゃん』先輩のお婆様、腹が、腹がピーになっちゃったんだ。てーへんだ。『6分間』でそこらへんでトイレ借りて、用をたして戻ってくっから、この貯金600万円全額が入った風呂敷を大事に抱きしめて、ここで待っててくれ」


「わかったぞ。後輩さん、漏らすんじゃないぞー。がんばれー、ふんばるんじゃぞーーー」


「かたじけねええええ」


 孫悟空は腹を抑えて走っていった。


 っと、ここまでが実験の前振りである。ちゃっかり一部始終を聞いていただろうターゲットの男が、これからどうするかを観察する。


 制限時間は6分間。詐欺だと伝えるのか伝えないのか。


 男はまず、周囲を見回した。カグヤがどこかで見ている、と言ったのを思い出して位置を探っているようである。


 当のカグヤは携帯電話を持って、男に背中を向けて誰かと話す演技をしていた。


 男は、それを確認。


 しかし男は動かない。乙姫先生をじっと見つめているが中々動かない。


「ペルくん、中々、ターゲットが動かないさー」


「仕事中だから、かな」


「かもしれないさー。じれったいさー。ところで、ポケットの膨らみからみて、仕事中は携帯機器を持つ事も禁止されてるみたいさー」


「つまり、警察に通報できないって状況でもあるね。だからこそ、あの人を最初のターゲットに選んだわけだしね。僕たちはこのまま、観察継続だ」


 その後も男の動向を見守り続けた。


 しかし、動かない……。


「もうすぐ、2分が経過するさー」


「もしかしたらだけど、ヤラセだと見破られたのかな?」


「どうだろうさー。まあ、実際のお金の受け渡しで、受け取る寸前、お腹が痛くなってトイレに駆けていく犯罪者なんていないさーね。お金を受け取るまで我慢して、その後にトイレに行くってのが普通の犯罪者の人情さー。確かに怪しいっちゃ、怪しーさーねえー」


「とはいえ、ターゲットの男性、気にはしているみたいだね」


 そして、5分経過。


 男は乙姫先生に、何もしなかった。何も言わなかった。


「制限時間まで残り1分。残念さー。じゃあ、先生に電話して、スマホのバイブ機能を始動させるさー」


 ポケーっとしていた乙姫先生は、一寸法子がならしたバイブに気が付いたようだ。そして、乙姫先生は男に近づき、袖から饅頭を出した。


「おにいさん、おにいさん」


「……は、はい。私でしょうか?」


「一人で、お仕事頑張ってるねえ。偉いねえ。大変でしょう。ほれ、この饅頭をあげるだ」


「……あ、ありがとうございます」


 乙姫先生は、にっこりと笑う。それを見た男は意を決したように口を開いた。


「あのー、言い難い事なのですが」


「ああん、なんじゃい?」


「実はですね……」


 そこに、孫悟空が戻ってくる。


「おーい。待たせて悪かったなああ。ババアぁぁあ、いや、お婆様っ!」


 男は目をギョッと剥いた。


 さあ、ラストチャンス。


 言うか、言わないか?

 ペルと一寸法子はしっかりと、でも気付かれないように、じっと事の成り行きを撮影した。


 なお、実験にはペルと一寸法子と天狗実も仕掛け人として参加した。この実験はファミレスで行った。隣の席には、ターゲットである40代後半ほどのおばちゃんがいる状況で、ペルは隣に座る天狗実に話しかけた。なお、ペルも天狗実も付け髭などで、変装している。


 これから仕掛ける実験のテーマは『骨董品詐欺』だ。


「段取りは大丈夫だね?」


「ちゃんと予習してきたゾヨ。でも、本当に騙せるゾヨか?」


「ああ、間違いなく、騙せるっ! 僕のいう通りにすれば100%騙せるよ」


 ペルは力強く言った。


 この時点で、隣で本を読んでいたターゲットのおばちゃんが『騙せる』という語彙に反応した。


 ペルはポケットから、おめかしをした一寸法子を取り出し、テーブルの上に置いた。


「これからね、老女を騙して、法外な値段でこの人形を売りつける『骨董品詐欺』を行うわけだけど、この人形の元値は幾らだと思うかい?」


「これ、600万円で売るんだゾヨな? だったらさ、3万円くらいゾヨか」


「ブー。100円さ。さっき、100均で購入したばかりの人形さ。くっくくくくっく」


 ペルは、いかにも悪者のような笑い声をあげた。


「おいおい。マジゾヨか! 100均で購入したばかりの人形を、600万円で売るってマジゾヨか。さすがに、それには騙されないんじゃないゾヨか?」


「あのね。世の中のじーさんばーさんはさ、頭の血管が普通じゃないわけよ。とある脳外科医は言ってたよ。高齢者の患者さんには、脳の手術が出来ない人が多いってさ。つまり、物理的にも、頭の血管が欠陥なわけよ。なーんつって」


「かっかっかっか。そのブラックジョーク、シュールで、ちょーおもしろいゾヨ。座布団、もってきてー。そこのおねーさん」


「おい……ばか」


 天狗実が悪乗りして、シナリオにないアドリブで、店のウェイトレスに呼びかけた。当然ながら、ファミレスに座布団はないので苦笑いをされただけだった。


 ………………。


「……おっと、もうすぐ時間だね。じゃあ、これから行う『骨董品詐欺』についての、互いの役割を確認をするぞ。僕は相続税の支払いの為、すぐにでもお金が必要となって、家にある『かの有名な徳川家康が作ったとされる日本人形』を売りたい富豪役。っで、君が……」


「古物商役ゾヨね。『確かにこれは、本物の徳川家康作の人形です』と、専門家らしく太鼓判を押せばいいわけゾヨね。信憑性を高める役目ゾヨ! ちゃんとやるゾヨ。でも、徳川家康で大丈夫ゾヨ?」


「まあ、相手はそれを買いたいと言ったんだから、いーんじゃねー。徳川家康なら、誰でも知っている偉人だしさ。……おっ、噂をすれば、きたきた」


 乙姫先生が来店。天狗実は立ち上がり、乙姫先生に手を振った。


「おばあちゃん、こちらですゾヨー」


「おーおー。こないだ家にやってきた、親切な古物商さんではないか。待たせて悪かったねえ。もしかして、徳川家康さまがお造りになったとされる貴重なお人形さんを、破格で譲ってくれるというのは、こちらの方かね?」


 乙姫先生はにこにこしながらペルにお辞儀をした。同じく、ペルもお辞儀を返す。


「そうでございますゾヨ。どうでしょうか、我々の鑑定としては1億はくだらない人形ですが、今回こちらの方が、相続税の支払いをしなくては家が抵当に入れられるという状況のために、早急にお金が必要となったという次第ですゾヨ。そのため600万円という破格で、おばあちゃんに人形を譲ると仰られているゾヨ」


「そうなんです。僕、早急にお金が必要なんです。買っていただけますでしょうか? この『かの有名な徳川家康が作ったとされる日本人形』を!」


 乙姫先生はじっと、テーブルに置かれた一寸法子を見つめた後、頷いた。


「買うっ! わしは、買うぞ。家宝にする。ありがとう。これが、わしの老後の蓄えの全てでもある貯金600万円全額じゃ」


 ドン、と机の上に風呂敷を置いた。ペルは、にっこりとほほ笑みながら立ち上がった。乙姫先生と握手を交わす。


「これはこれは。商談成立ですね。おっと先程、3人分のフリードリンクを注文していたのでした。お婆様の分も僕が持ってきます。なので『3分』程、こちらからは『死角』となる、あそこの角を曲がったところの『ドリンクバー』に行き、『スペシャルミックスドリンク』を作ってきますね」


「はて? なんじゃいそれは? スペシャルミックスドリンク?」


「それはですね、紅茶とかハーブ、オレンジジュースとか、適当に混ぜ混ぜして作る、僕特製のスペシャルなドリンクの事ですよ。どうしても、時間がかかってしまいます」


「つまり、ナウイ飲み物ってことゾヨ! 私も作ってくるゾヨ。なので、お互い、ちょっと時間がかかるから『3分間』はどうしても戻れないゾヨ。この場から、いなくなるって事ですゾヨ!」


「スペシャルミックスドリンク、それはうまいのかい? わしの口にも、合うんかい?」


「合いますとも合いますとも。では、『3分間』は決して戻ってきませんので『3分間』、600万円の入った風呂敷共に、こちらでお待ちくださいね」


 ペルと天狗実は席を離れた。乙姫先生は微笑みながら、じっと人形役の一寸法子を見つめた。手に取ってナデナデした。


 なお実験結果であるが、この実験では、なんとペルたちがドリンクバーに行く前に、隣のおばちゃんが『待ちなさい。あんたら、嘘つきやろー。おばちゃん、警察に通報するぞお』とすごい剣幕で糾弾してきた。

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