第21話

 数週間前、霊をモニター越しにではあるが、たしかに見た。そしてその霊は、母によって成仏させられた。


 じゃあ今、見ているのはなんだろうか?

 成仏した霊の、そのまた霊……なの?

 現在、成仏して、この世から消えたはずの幽霊をじっと見つめていた。


 話は12時間ほど前にさかのぼる。時刻は午前中。部活動の観察実験の開始予定時間前、ペルは孫悟空を工事によって寺へと移動させられた、あの地蔵の元へと案内した。


 彼……いや、彼女がどーしても、地蔵を見てみたいと言ってきたのだ。


「おおっ。これが噂のお地蔵さんだな。オラも願い事があるんだよ。お参りしたら、叶えてくれっかなー」


「さあね。それで、悟空君は一体、何をお願いするんだい?」


「もっちろん、人に悪さする妖怪よ、現われてくれってさ。……あっ。勘違いするなよっ! オメーの今の目、絶対に勘違いしていた目だったぞっ」


「勘違いって……どう勘違いするのさ。君は悪い事を考えてるなー」


「妖怪じゃなくても、宇宙人でも構わねっからな」


「勘違いって、そこかーーいっ!」


「とにかくオラ、悪い奴をやっつけてーんだよ! みんな本当は、熱いバトル展開を期待してんだよ。なのに、平和過ぎんだろー」


「みんなって誰だよ! そんなの期待してないからね。誰も!」


「悪い奴が現われて、オラがそいつをぶったおす! ワクワクしねーか?」


「全然、ワクワクしないね。というか、悪い奴なら人間にもたくさんいるじゃないか。本日予定している観察実験のようにさ。リアルでオレオレ詐欺を仕掛ける人とか……まあ、詐欺をする人たち全員が悪い人だね。遠慮なく、ぶったおしてくれてもいいよ」


「分かってねえな。オラはもっと地球の危機を招く敵とさ、力と力のぶつけ合い! 殴り合いってのをしたいわけ」


「ふーん」


「あーあ。こないだの合宿で出てきた幽霊、もう一度出てこないかな。霊界からオラと戦うために現世に戻ってくるってのも、熱い展開じゃねーか?」


「全然。つーか、君、漫画の読み過ぎっ! アニメの見過ぎ! ラノベの読み過ぎだからっ」


「なんだよー、オメーも同じ少年なら、オラのこの気持ちを分かってくれると思ったのによー。オラ、ガッカリだぞー」


「君は少年というか、少女だろうが! これまでずっと僕を騙しやがって。僕から孫悟空という大事な友達を奪ったんだぞ」


「はあ? 今だって友達だろ? なんだ、なんだ。男と女の間じゃ、友情はないってか? あはははは。だったら、大丈夫だ。ペル、オメーには全く性的魅力がないから、オラとオメーの間で、そんな展開にはなんねーよ。あはははは」


「ガーン。僕は深く傷ついたぞ。性的魅力、ないのかよ……」


「わりーわりー。でもな、オメーにはその代わりに、類稀な人間的魅力は備わってるとオラは思ってるぞ。……って待てよ。そーいや、オメーって、人間じゃなかったな。じゃあ、人間的魅力もないって事か。人間でないだけに。あはははは。ペル、オメー、なんもねーじゃんか」


「こ、このやろう……」


「分かった分かった。悪い奴とガチバトルして活躍する、って役目はまずはオメーに譲ってやるよ。お地蔵さん、ってな感じで、頼むぞ」


 孫悟空は地蔵に向かって、パンパンと手を叩いて、お辞儀した。


「ってな感じって何だよ。ってな感じって! そして僕は、君と違って全てのスペックが人間のそれと同じなの。ドッペルゲンガーだけに、対になってる人間と全てにおいて同じだから、ガチバトルは、無理っ」


「だったらもっと、オメーの能力で強いヤツになればいいじゃねーか。プロレスラーとかさ。おめー、テレビ越しあろうが何であろうが、一目でも見た事のあるヤツの『ドッペルゲンガー』になれる特殊な能力があるんだろ?」


「はあ?」


「だってオメー、桃子のキビ団子で操られていた時期、メガネをかけた執事のにーちゃんになって桃子の世話をしてたじゃねえか。当時人気の子役幼女の姿になって可愛がられてたじゃねえかよ。果てには桃子自身の姿になって、桃子の代わりに授業を受けたりもしてたよなー。あははは。ひでー被害にあったよな」


「思い出させないでくれよ。僕の黒歴史を……。君だって、悲惨さでは、僕とどっこいどっこいだろ?」


「うぅぅ……確かに」


 孫悟空も、かつての自身の黒歴史を思い出したようで、眉間にしわを寄せた。


 確かにあの頃は悲惨だった。


「僕の能力は『変身』とは違うんだよ。ある意味、命を削っているともいえる」


「どこが?」


「その人本人になるって事だから、それまでのその人の半生の膨大な記憶を、僕の記憶に追加するって事になるんだ。そして脳科学的に、人が記憶できる容量ってのは決まっててさ、脳がそのキャパシティーを越えた場合、僕の頭はパンクして、廃人ならぬ廃妖怪になってしまうっ!」


「あははは。廃妖怪になったらオラが介護してやるよ。あははは」


「笑いごとじゃなーーい。しかも、自己の喪失にもなるんだぞ。姿だけじゃなく人格だって変わるから、今の僕に二度と戻れないんだ。そもそも、元に戻ろうって、そんな思考をしなくなるからね」


「確か、あの時は桃子に『結局、ペル君は元のペル君が一番良かった』って言われて、元に戻ったんだっけな」


「そうそう。キビ団子で操られてなければ、あの時、今の僕に戻ろうともしなかったのさ……。つまり、僕の能力の使用は『自己の喪失』になるってこと。ある意味、自殺だろ。だから二度と使わない。さあて、もうすぐ集合時間だから、行こうか」


「おう」


 ペルと孫悟空は、寺を後にした。


 部活動の集合場所にくると、すでにメンバーが集合していた。


 今回の参加メンバーは、乙姫先生(老婆バージョン)、ペル、一寸法子、孫悟空、天狗実、カグヤ。一寸法子がペルを見つけ、手を振る。一寸法子は、よぼよぼな姿の乙姫先生の肩に乗ってる。


「おお、ペルくん。待ってたさー。こっちに来るさー」


「一寸法子ちゃん、なんだい?」


 ペルが近づくと、一寸法子はぴょーんとジャンプして、ペルの肩に飛び乗った。


「やっぱり、ペル君が一番乗り心地がいいさー。今回もよろしくさー」


「うん。よろしくね。あと、僕は乗り物じゃないから、そこんとこもよろしくー」


「またまたー。ペルくんは乗り物さー。とっても優秀で快適な乗り物さー。誇らしく思ってもいいさー」


 あっはっは、と2人で笑った。


 ……冗談で言ってんだよね?


「ペ、ペルくん……こ、今回も、よろしく頼みますぞ」


「はい、よろしくお願いします、乙姫先生」


 乙姫先生は杖を握りながら、プルプルと体を震わせてお辞儀した。幼女の時には肩に、大人の時には運搬役である、いつもの亀の姿が見えない。どこにいるのだろう? ペルは乙姫先生に訊いた。


「ところで先生、いつもの亀、今日はどこにいるのですか?」


「ああん?」


 乙姫先生は、耳に手を当てて聞き返してきた。ペルは耳元で、比較的に大きな声でもう一度、訊いた。


「いつもの亀はー、どこですかぁー」


「ああ。その事かい。大丈夫じゃ。まだまだわしは若いもんには負けんからのお。ひゃっひゃっひゃ」


「は……話が、かみ合わない……」


 今回の実験、大丈夫だろうか?

 続いてカグヤが、ペルのところにやってきた。カグヤはかぐや姫の妖怪で、竹の中から発生した女の子である。彼女の特殊能力は不明。ひきこもりタイプな女の子で、登校自体も、進学に必要最低限しかしない方針だそうな。なので、そんなにペルとの絡み自体も多い方ではない……はずだけれど。


 彼女の能力についての予想だが、童話より、妹の『テンプテーション』や桃子の『マリオネット』と同じように、精神操作系統の能力だろう踏んでいる。そして、彼女はペルに対して興味を持っている様子でもある。そのため、一応の警戒と注意を払っている。


「おやおや、ペルくんでおじゃるか。お久しぶりでおじゃる」


「うん。久し振りだねー、カグヤちゃん。元気だった?」


「それは下半身が、という事でおじゃるか?」


「いや……全身的に……」


「おほほほほ。元気だったでおじゃる。ところで、そろそろ私とセフレになる決心はついたでおじゃるか?」


「セフレだなんて、そんなお誘いされてたの、初めて聞いたよ」


「そうでおじゃるか? 妄想の中では、すでにSMプレイもしている仲なのに、リアルではそっけないでおじゃるなー」


 ………………。


 眉間にしわを寄せた。


「そもそも、君が僕の鞄にこっそりと入れたアダルティーな本のせいでな、妹に変態扱いされたんだぞ。返したくても君がいつ登校してくるのか分からず、ずっと布団の下に入れてたら、見つけられていたっ!」


「おほほほほほ。っで、何発抜いたのでおじゃる? グラム換算では、何グラムでおじゃるのかなー。正味、とっても興味があるのでおじゃる」


「し……知るかーい!」


「抜いた事を否定しないという事は……おほほほほ。わらわが近くにおれば、鼻の穴からすすってあげたのに、勿体ないでおじゃる。世の中の食糧事情を考えると、やはり、循環が大事でおじゃる」


「へ、変態め。僕はやっぱり、カグヤちゃん、君が苦手だ」


「苦手苦手も好きのうちっ!」


「それは、断じて、違うっ」


 天狗実もやってきた。


「カグヤー。あんたは、頭がおかしいゾヨ。ペルっちを困らせるんじゃないゾヨ」


「あら、天狗実さん。今、私はペルくんをわざと困らせているのでおじゃるよ? そういうプレイ内容なのでおじゃるよ?」


「そ、そうだったのかいっ!」


 知らなかったっ!


「黙っていれば、超絶美少女のカグヤも、口を開けば、タダの厄介な犯罪者予備軍ゾヨなー。私の力で、鼻を伸ばしてやるから、自分で自分を慰めるのがいいゾヨ」


「ま、まさかっ! なんという提案でおじゃるかっ!」


「ふふふ。さすがはカグヤだゾヨ。何を意図して言ったのか、察する辺りがすごいゾヨ。雪ん子がそばにいたら、きっとこう言うゾヨ。TZDHと」


「天狗実さん。TZDHって、なんでおじゃるか?」


「ちょうぜつどへんたい(TyouZetuDoHentai)、だゾヨ」


「分り難いよ、天ちゃん」


 今日はペルがツッコんだ。


「天狗実さん、是非とも私の鼻を伸ばすだけじゃなくて、全身の感度も上げてほしいのでおじゃる」


「いいゾヨ、いいゾヨ! 私の能力で、1000倍ぐらいに体中の感度もあげてやるゾヨ。そして、身から出たサビ。その発言を存分に悔いるんだゾヨ」


 天狗実が手をバチバチさせたところで、ペルの肩の上から、一寸法子が嗜めた。


「やめるさー。天狗実、あんたがそんな事をしても、この変態はただ悦ぶだけさー。そんな事より、全員が揃ったんだから、そろそろ始めるさー」


「そうだぞ。オラたち、これから気合を入れていかねーと、いけねーんだからな」


 孫悟空が屈伸しながら言った。他のメンバーの顔つきも変わったようだ。やる気は十分である。


 こうして、本日の部活動が始まった。


 本日の観察実験は、人間の善意を調べる、というものである。企画提案者は、一寸法子だ。


「今回は、人間の善意について、調べるさー。具体的には、『詐欺の現場に居合わせて、被害者になろうとしている者に、事実を教える機会が訪れた場合、無視するか。それとも、教えるか?』を観察するのさー」


「私はすでに、この実験の結果が予想できているのでおじゃる。『教える』に決まっているのでおじゃる。もしも、犯罪を見逃してしまっては、後悔の念で、夜も眠れなくなるのでおじゃる」


 と、カグヤ。それに対して、孫悟空が反論した。


「オラはオメーの意見とは違うな。『無視する』だと思う。人間はそれほど強くはねーんだ。詐欺なんて行う凶悪犯らと関わり合いを持って、面倒な事に巻き込まれるのを怖れて、言いたくても言えない。オラは、それが普通だと思うぞー」


 どちらの可能性も考えられる。


 だからこそ実験で明らかにするのだ。


「とりあえず、やってみようか。あと、警察に通報されそうになったら、すぐに、ターゲットに打ち明けるからね。内容が内容だけにさ。今回は、僕たちにもリスクのある実験内容だから、以前のように逮捕されないよう、十分な注意が必要だよ」


「たしか、桃子さんの企画の『だるまさんが転んだを、ずっと仕掛け続けたら、どう反応するか?』で、ストーカーとして通報されて、警察の御厄介になったでおじゃるよな?」


「一寸法子っち。詐欺ではなく、もっとソフトなネタに変更はできないゾヨか?」


「そういうリスキーな事をするからこそ、人間の本質が分かるのさー。ソフトな観察実験なら、別に私たちがやんなくても、誰かがやるさー」


「ひょひょひょ。若さとはええもんじゃのおお。わしも若い頃は、そりゃあ、危ない橋を渡ったもんじゃよ。がんばりなされ。わこうどよ。ひょひょひょ」


「乙姫先生っ! 乙姫先生も、やるんですよっ! そして、肝の部分を演じるんですよ」


「ああん?」


 聴こえてないようだ。


 乙姫先生は耳元に手を向け、聞き返してきた。ペルは再び先生の耳元で、大声で言った。


「先生もぉぉ。実験にぃぃ、参加をぉぉ、するんですよぉぉおおおおおおおおお」


「ひゃあああああ。突然、大声を出して、老人を困らせるんじゃないわい。耳がつんぼになってしまうわい」


「す、すみません」


「そーいやあ。わしも、参加するんじゃったな。ひょひょひょ。久々に血肉が湧き踊るわい。死ぬ前に、ひと花を咲かせようかのお、ひょひょひょ」


 ………………。


 そんなこんなで、実験を開始。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る