第12話
これから観察実験の最後の作戦会議を行う事になっている。旅館の一室に、乙姫先生(大人バージョン)、般若(仮面をつけた通常バージョン)、犬賀美、孫悟空、不二子が集結する。もちろん、相変わらず空気な、お姉ちゃんもいる。
部屋にはモニターが6つ設置されており、桃子の客室に設置してあるそれぞれの隠しカメラの映像が映っていた。現在、桃子は本を読んでいるようだ。
乙姫先生が孫悟空に訊いた。
「あれれ? 孫ちゃん、そのタンコブはどうしたのですか?」
「おう、先生、聞いてくれよー。ペルのやつがさ、ちっちぇーチョンチョンをオラに見られたからって怒ってさ、桶をオラにぶつけてきたんだよ」
「見てないだろー」
般若もペルをじっと見つめてきた。声が少し、上ずっていた。
「そうなのですか、ペルくん? ペルくんの男性器は、小さいのですか?」
「般若さん、どーして、そこに食いつくのっ」
「先生だって気になります。ペルくん、教えてくれたら、進学させてあげますから」
「なんで、進学させない事を前提に言うのですか。脅迫ですよ! そんな事より、桃子のドッキリの話をしましょう」
「そうだワン」
犬賀美がそういうと、乙姫先生らは頷いた。
これから桃子をターゲットにした、この観察実験のクライマックスを迎えるのだ。
「先生は、少しドキドキしています。当初の計画とは異なりましたが、ついにこの時がやってきましたね。本来ならターゲットは、ペル君のお母様でしたけど」
「でもオラ、桃子をターゲットにして、それで良かったと思ってるぞ」
「それは、わたくしも同じですわ。これからする観察実験は、心理学の究明ではありますが……。桃子は我々に、黒歴史を植え付けたという大罪があるのです」
「今度は桃子の怖がっている恥ずかしい動画を存分に撮影してやって、桃子の黒歴史を作ってやるだワン。ドキワクッ、ドキワクッだワン」
「ぜひ、卒業式のスライド映像でも流しましょう。先生は、とても愉快な卒業式になると思いますよ。卒業式、同じ涙でも楽しく愉快な涙を流すのがいいでしょう。先生、前々から、桃子さんのリアクションの良さに、注目していたのですよ。もちろん結構な経費で今回の舞台を用意したので、実りある観察にもしたいのですけどね」
「先生、わたくし卒業式だけではなく、学芸会での上映も提案しますわ。おほほほほ。楽しみですわー」
みんな、これから行う観察実験への期待について語った。
ペルは犬賀美に訊いた。
「ところでさ、これまで、わん子ちゃんの指示通りに僕たちは色々と、桃ちゃんの恐怖心を高める下準備をしてきたけど、これから行うメインは、どんな内容を考えているの? 不思議な事をたくさん起こす、って事しか知らされてないからさ」
「そっだ! 犬賀美! わざわざ心霊ドッキリのメッカの旅館という舞台まで、経費で用意したんだからな。失敗は許されねーぞ。オラも、知っておきたいぞ」
「私が、突然、目の前に現われて驚かすとか、そういうの無しだよー」
お姉ちゃんもさりげなく会話に加わろうとするも、誰も気付いていない様子だ。
………………。
般若が言った。
「犬賀美さんが、どのような計画を立てているのかは存じませんが、不自然な無言電話を何度もかけた後、窓をコンコンってした後、幽霊に扮し、部屋に突入して驚かすのもありですね」
「オラ、特殊なマジックミラーがあれば、突然ドーンと顔を映して超怖がらせられると思うけど、特殊なマジックミラーのその設備は予算的にも難しいよなー」
ペルたちは続いて、驚かし方で盛り上がった。
そんな話を聞きながら、犬賀美は予期せぬ発言をした。
「あれれ? みんなのうちの誰か考えてくれていたんじゃなかったのかワン?」
「はい?」
全員が首を傾げた。
「だって私の携帯に、これまでだって色々と指示がきてたワンよ?」
犬賀美は携帯のメールをペルたちに見せてきた。
一番古いメールには『きゅうこうしゃうらのふだをはがして』とある。
『ゆきんこ ももこ ふたりのもと いく だれもみえない』『じゅさつご そうぎ』……等々。
………………。
なぜだか、とてつもなく嫌な予感がした。
「な、なんで、この文面、全部ひらがな、なの?」
「さあ? 変換するの面倒だったからじゃないのかワン?」
ペルは般若に訊いた。
「般若さん……桃ちゃんがお札をはぎ取った、あの時さ、旧校舎の窓からじっと、こちらを見つめてた?」
「いいえ。私は旧校舎からなく、反対側の茂みからじっと桃子を見つめていたのですが、誰も気付いてくれませんでした。折角、幽霊役を頑張って演じてたのに」
「……だったら、あれは、一体、誰だったのだろう?」
………………。
沈黙が流れた。
「先生は寒気がしてきました。お札、もしかして、あれは本物だったのではないでしょうか」
「旧校舎裏で、あの時に現われたお坊さんは? 誰かの知り合いだったりした?」
ペルは誰にともなく坊主についても訊いてみた。みんな首を傾げるばかりだ。
「いいや。知らないワン」「わたくしも知りませんわ。そもそも、その場にいませんでした」「先生も同じですよー」「オラも知らねえっぞ」「私もです」
「………………なるほど」
坊主、あれは一体何者だったのだろうか。
校長から鎮魂の儀を頼まれていた。そして、これから災厄が訪れて人が死んでいくと、そう言い残してもいた。つまり本物の坊主だった、のか……。
ペルは誰にともなく訊いた。
「雪ちゃんは? 雪ちゃんの葬式の件は?」
「そうそう。わたくし、言い忘れておりました。彼女、本当に死んでおりましたよ! 葬儀の後、わたくしが蘇生させましたが、本当に死ぬとは思ってなかったと、本人は『超ウケるー』と笑ってました。わたくしの力を、当てにしないでいただきたいですわ。この力は万能というわけではないのです」
ペルは不死子に訊いた。
「え? ふーちゃんって、そんな事できるの? 死んだ人、生き返らせられるの? ボールを集めなくてもいいの?」
「ボールのくだりの意味は分かりませんが、それが私、フェニックスの能力ですわ。とはいえ、死んで24時間以内とか、初見の人は無理とか、わたくしの体重が5キロも減るとか、様々な制約はありますよ?」
「オメー、そんな便利な力があるのなら、もしもの時の為に太っておけよっ!」
「嫌ですわ」
………………。
雪ん子の葬儀は、やらせではなく、本当の葬儀だったのだろうか。ペルは乙姫先生に確認する。
「乙姫先生! 先生からホームルームで雪ちゃんの死を告げられた時、これは心霊ドッキリの下準備だと思ったのですが……?」
「いいえ。雪ん子さん、本当に死んじゃっていたのですよ? なので葬儀はやらせでもなんでもなくリアルな葬儀でした」
………………。
ペルは続けて訊いた。
「乙姫先生! あと、桃ちゃんのクラスで、『雪ちゃんと桃ちゃんだけが、授業中に幽霊が見える』という内容のドッキリを仕掛けたって話を聞きましたけど、あれは……」
「犬賀美さん発案のですね。さて、先生には見えませんでしたよ。てっきり般若さんの代役で、ぬらひょんさんが仕掛けているのかと……」
ペルたちは般若に注目した。般若はかぶりを振った。
「私は授業中に、そのような不良な行為はしません。確かに犬賀美さんからそのような主旨の内容を頼まれまして、幽霊に扮して驚かしには行きました。しかしそれは、昼休中でしたし、桃子はお弁当を食べるのに一生懸命で、私に気付いていない様子でした」
「なになになにっ! って事は、僕たちが下準備として心霊ドッキリを仕掛けて、怖がらせていた時、知らず知らずに『本物』が混じっていた、という事?」
「ワンワンワン。私はただ、メールの指示通りにしただけだワン。届いたメールの文面、わかりにくかったけど、一生懸命に解釈して、それを元にみんなにドッキリのお願いをしていただけだワン」
………………。
一体、そのメールの送り主の正体は、誰なのだろう。
いつかと同じように、背筋に、ゾクリと冷たいものを感じた。肌を見ると、プツプツと鳥肌になっていた。おぞましい何かが近くにいると、そう直感した。
隣で、不死子がモニターを見つめながら言った。
「あの、みなさん……監視カメラに、黒いモヤのようなものが映っているようなのですが。襖の隙間も、なんだか徐々に開いて、女の顔が……」
「げげげげげっ! リアル悪霊。ラップ音も聴こえるぅぅ」
全員が、モニターを凝視した。
「あらっ、桃子も、女の存在に、気が付きましたわ。石になってますわ。口をぽかーんと開けて、固まってますわ」
「おいおい。襖から、その女がのっそりと出てきたぞー。でも、桃子に逃げる素振りはないな。会釈までしてる。オラ、びっくりだ。幽霊もだけど、桃子のリアクションにびっくりだっ」
般若が頷いた。
「顔が……こわばっていますね。キャーと叫んで、逃げるかと思ってましたが、これが桃子の反応なのですね」
「先生、とても興味深いです。おや、謎の女性さんが桃子さんの顔のすぐ傍まで寄って、じっと観察しているようですね。一方の桃子さんは冷や汗をかいて、顔を引きつらせていますっ!」
「ってか皆さん、心霊ドッキリならぬ、リアル心霊現象をモニターしてる場合ではありませんわ! わたくしたち、桃子を助けにいかなくては。桃子、怖がって、おしっこ漏らしてますわ」
「そうだワン。般若さん、桃子の部屋はどこだワン」
「この部屋のすぐ隣の部屋です」
「よし、急ぐんだっ」
ペルたちは、ドタドタと桃子の部屋に急いだ。ドアを開けたところ、そこには、青ざめた顔で、ガタガタ震えている桃子がいるだけで、霊の姿はなかった。
十分後、母が桃子をお祓いした。
「ナムアミダブー。ふう、これでもう大丈夫よ」
「もう幽霊は出てこないの?」
そう訊くと、母は頷いた。
「出てこない出てこない。お母さんは、これでも超有能な霊媒師だったんだからね。霊には成仏してもらったわ」
「わだす、知らなかっただー。お母さん、妖怪の博士さんだと思ってただー。というか、この世に幽霊なんているんだか?」
「いるいる。この世には妖怪のあなたたちがいるくらいだからね。幽霊ぐらい普通にいるわよ」
「いやー。そういう言い方されると、妙に説得力があるね」
ペルは頷いた。
よくよく考えると、ドッペルゲンガーな存在のペルも、十分にオカルトである。
なお、この時に撮ったリアル心霊ビデオは、夏のゴールデンタイムに毎年放送される心霊現象特集の番組に投稿したところ、スタジオのゲストら出演者たちを大いに怖がらせた。しかし、ネットでは胡散臭いとかねつ造とか批難の嵐であった。そして乙姫先生は、これは笑える動画ですので学園祭と卒業式でも是非とも上映しましょう、と張り切っていた。
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