第6話

「どうしたの? 桃ちゃん?」


「な、なんでも、なんでもないです……よ?」


「なぜに、疑問系?」


 お姉ちゃんはクリームと弁当箱を鞄から取り出した。弁当箱の中にはレモンが入っている。


「私は今日、レモンを持参してきたの。食べる以外の目的で使おうと思ってね。さあ、その写真を渡して下さい」


「えっえっ?」


「よこしなさいっ」


 お姉ちゃんは桃子から写真をひったくると、黒く塗りつぶされた部分にクリームを塗り、レモンの皮で擦り始めた。すると……。


「あっ! こ、これは」


 黒く塗りつぶされていたところが、徐々に見えてきた。するとそこには桃子の顔があった。土下座をしている犯人の正体。それは桃子だ。


「これは一体、桃ちゃんっ!」


「き、きっと。私のソックリさんだよ。もしくは、私のドッペルゲンガーかも」


「そんな都合よく、ドッペルゲンガーが現われるかいっ! 世界広しといえど、ドッペルゲンガーは僕しかまだ確認されてないんだっ」


「でも、これが私である証拠は、ないっ! ソックリさんでないと、どーして言える」


「くっ。この後に及んで、そんな厳しい言い訳をするのか」


 お姉ちゃんはペルの腕の袖を引っ張った。


「なに? ぬらひょん姉さん」


 お姉ちゃんがスマホを差し出す。お姉ちゃんの手に持たれている時は、ほぼ透明だったが、ペルの手に渡ると、スマホは実体化したように鮮明に見えてくる。


 続けてお姉ちゃんは、画面の録画再生ボタンをタップ。すると映像が流れた。そこには昨日、観察実験で張っていた場所が映っていた。映像の中の桃子は服を着替え、鞄の中から折り畳み式の脚立を取り出して設置。そこにカメラを取り付けている。そして、きょろきょろと周囲を見回して……。


 隣で同じようにスマホの動画を見ていた桃子が、顔を真っ赤にして叫び出した。ペルの目を手で覆ってくる。


「あぁああああああああ。そんなぁあああああ。見ちゃだめえええええええええええ。勘忍してえええええええええええ」


「桃ちゃん、五月蝿い。静かにしててっ。動画の続きを見せてっ」


 ペルは桃子の手を目から無理矢理引き離した。お姉ちゃんは、桃子を後ろから羽交い絞めにする。動画の中の桃子はカメラをいじった後、地面に膝をおろして土下座していた。カシャリとフラッシュがたつ。タイマーをかけて写真を撮ったのだ。


 撮影後、桃子はカメラから出てきた写真を確認し、ほくそ笑みながら頷いていた。そして、マジックを取り出すと……。


 ………………。


「桃ちゃん、さすがにこれじゃあ、もう言い逃れはできないね……」


「だってだって、誰もマウンテンバイクを盗んでくれなかったんだもん。もう、自分で盗むしかないじゃん!」


「いやいやいやいや。普通に、実験は失敗だった。って、そう言えばいいだけじゃないか」


「だってだって最近は私、失敗してばかりだから今度こそは成功させたかったんだもん。成果を残したかったんだもん」


 そんな桃子を見つめ、お姉ちゃんは眉間を寄せた。


「桃子さん、あなたの気持ちは分からなくはないけど、これはね、『ねつ造』と言うのよ」


「そうだよ、桃ちゃん! ねつ造はダメ! 絶対にダメ!」


「すすすす。すみましぇーーーーん」


 桃子はガクリと肩も膝も落として、こちらでも土下座した。


 どうやら観察実験を失敗したくないという思いが強く、生身で雨に打たれながら徹夜で観察を続けたそうだ。肉体的にも精神的にも限界に達したらしい。そして、心に魔がさして自演したわけだ。


 桃子。良い意味でも悪い意味でも変わった少女である。


 なにはともあれ、我々の部活動では日々このような人間観察を続けている。ある事象に対してアクションを起こし、どういうリアクションをするのかを観察する。それらの結果を積み上げていき、人の行動の原理原則を究明する。それを心理学の本にして、出版する事が部員の誰もが持つ共通の夢であった。

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