第1話 武神タケルVS牛飼いリュウ

コロシアムの控室ではひとりの男が不適な笑みをこぼしていた。

「これなら勝てる。生中は俺のものだ」

対して向かい側の控室にて。

中肉中背だが、無駄のない筋肉質な肉体。魔王を倒し、武神の称号を手に入れたこの男こそが勇者タケルである。彼は試合に向けて黙々とウォーミングアップを続け、汗を流していた。

「今日も俺の剣は冴えている。負けることはない!」

自分を鼓舞すべく、そう呟くと思いがけない答えが返ってきた。

「今日の試合で剣は使わないぞ」

「え?」

       

「皆様、大変お待たせいたしました!今日のメインイベント、武神タケルVS牛飼いリュウの戦いが始まります!」

実況者の声で、会場を覆うような強い歓声が鳴り響いた。

「今回の司会はわたくし、セバスチャンオオタケが務めさせてもらいます!」

観衆の熱狂がピークを迎えるとともに、両者の入場が始まった。

「魔王を倒し、世界の平和を手に入れた男、武神タケル!」

「対して、自称世界一の牛飼いリュウ!」

両者がスタジアムの中央まで入り、にらみ合うと先ほどまでの歓声が嘘のように静まりかえった。

「毎度、お馴染み勇者チャレンジのルールを解説します!」

・勇者と殺し合い、3分生き残れば勝利

・勇者と持ち込みルールで3分戦い、勝敗を競う

「さぁ、挑戦者はどちらのルールで行うか!?」

「持ち込みルールで戦うぜ!」

「今回はどんなルールでどんな戦いを見せてくれるのか!?セッティングスタート!」

すると、掛け声と共に2匹の牛が連れてこられた。

「セッティングも終わったところで、今回のルールを説明しよう!ずばり、乳しぼり対決!」

騒然とする会場を気にもせず、リュウは牛を連れて乳しぼりの体制になった。

「3分間でより多くバケツにミルクを貯めたほうの勝ちだ!」

まだ、事態を受け入れられていないタケルもとりあえず牛を連れて乳しぼりの体制をとる。

「ここに集まってくれた皆は幸運の持ち主だ!勇者の乳しぼりを見られる人間は今ここにいる皆だけだろう!しかと目に焼き付けておけ!レディーファイト!」

いきなり始まった試合に対して慌てて乳をしぼるタケルに対し、リュウは慣れた手つきで乳を搾っていった。


1分経過

「くそ、ぜんぜん乳がでない」

まったく乳を出すそぶりをみせない牛にタケルは困惑していた。

リュウの牛は水道のように乳を出しているのに。

「まさかこいつ……雄牛か!」

「今頃気づいたところで遅いわ阿保勇者め。お前の負けだ!」

「くそっ、卑怯ものめ!」

「何を言われようと、俺は生中を持ち帰らなければならないのだよ。やる必要もないが、記念に見せてやる。我が奥義、ダブルハンドスプラッシュ!」

リュウを両手を使い、目にも泊まらぬ速度で乳しぼりを始めた。その姿に会場の人々は呆気に取られていった。



2分経過

リュウのバケツには大量のミルクが入っているのに対し、タケルのバケツはカラである。もう、勝負はついたと全員が思ったその時、奇跡は起こった。

「こうなったら、あの手を使うしかない……雄牛よ、お前はもう普通の世界へは戻れなくなる、ごめんよ」

「いまさらお前に何ができる。そいつは雄牛だぞ?何をやっても乳はでない!」

「いくぞ、奥義、ゴールデンハンドヘブン!!」

「モー!!!!!!!」

黄金に輝き出したタケルの手が雄牛の乳首に触れると、絶叫のように鳴き出し悶えだした。

「時間がない、全力でやる」

黄金の手が激しく乳首に触れると、雄牛の下腹部から大量のミルクが溢れだした。

とまらない、まるでクジラの潮吹きのようにあふれるミルクでバケツはすぐさまいっぱいになった。そして、それと同時に雄牛は白目をむきながらその場に倒れこんだ。だが、どこかすっきりしたような顔をしている。


3分経過

「結果発表!バケツの中を見ればすぐわかることだが発表しよう。勝者は武神タケル!おめでとう!」

会場は大きな歓声で包まれた。

「俺はどんな状況だろうと負けることはない。でも、どうしてズルをしてまで勝とうとしたんだ」

「俺には余命1年の妹がいる。少しでも長く生きてもらうためには生中が必要だったんだ。だが、君のおかげで目が覚めよ。ズルをしてまで勝っても意味はないんだ」

「妹は大丈夫なのか?」

「なに、別の手を考えるさ」

「俺が絞ったミルク妹に飲ませろ。それは雄牛の生命力の液体だ。生中ほどではないが余命は伸びるだろう」

「ありがとう……こんな俺のために……」

「勘違いするな。お前の妹のためだ」


こうしてまた、ひとりの挑戦者が敗れた。今回はそれだけではない。一匹の雄牛が、もう一度ヘブンを体験するために牧場を脱走して旅にでたのだ。しかし、その後の雄牛の行方を知るものはいない。

ヘブンはどこにあるのだろうか。

それはタケルだけが知っている。






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