『拾ったバイクと元ヤン彼女⑤』
美香さんが楽しそうに笑っている。バイク自体が好きなのだろうか、それとも人にものを教えるのが好きなのだろうか……。それは判らない。ただ僕に判るのはこれがこの人の自然体なのだと言う事だ。
「おい、全部出したか」美香さんは言った。
「はい、出ました」
「よし、次はチューブを外す。ここんとこのキャップを取って根元のナットを外す。そしたらタイヤの隙間からチューブを引っ張り出す。ほい、このスパナを使いな」
「はい」
僕は12㎜と書かれたスパナを受け取りナットを外した。タイヤの隙間から手を突っ込んでチューブを引っ張り出した。チューブは朽ちてあちこちがひび割れ穴が開いていた。
「こりゃもう駄目だな」
一見しただけで美香さんはチューブをゴミ箱へ投げ捨てた。
「次はタイヤを外す。さっきとは逆にホイールの方からレバーを入れてタイヤをつぶす感じで外すんだ。やってみ」
「はい」
言われた通りにタイヤレバーを差し込みタイヤを外していく。二度ほどレバーを差し込むとあっさりとタイヤはホイールから外れた。
「やっぱ錆びてんな。パンクしたまま放置してると水が入ってリムが錆びるんだ。おい、そのゴムのバンドを外してヤスリで錆を落としな」
そう言って美香さんはこちらに粗目の紙ヤスリを投げて寄越した。
「ニップルのとこはリムバンド入れるから適当でいいけど、チューブが当たるとこの錆は丁寧にな」
「はい」
僕はホイールの内側を紙ヤスリで擦り錆を落とした。最後に美香さんがエアガンを引っ張って来て残った汚れを吹き飛ばす。
ここからは今までの手順と逆になる。
リムバンドを入れて新品のタイヤの内径にビートクリームを塗り、レバーをタイヤの方から差し込んでタイヤのビートをホイールのリムに嵌めていく。
片側のビートが全部嵌ったらチューブを中に入れて口金を穴から出す。口金が抜けない様に軽くナットを締めて置く。ここで膨らまない程度に少しだけチューブに空気を入れておくとタイヤレバーでチューブを切る事が少なくなるそうだ。
タイヤとチューブを動かしてタイヤのバルブ位置とチューブの位置や
次にタイヤの方からチューブを咬まないよう注意してレバーを差し込みタイヤを嵌めていく。
タイヤが全部嵌ったら最後にエアーを入れてタイヤを膨らます。
「ちょっと高めにエアーを入れてビートがしっかりリムに乗っかる様にしないといけないんだ。んで、何度やってもビートが出てこない時は……」
そう言って美香さんは木槌を手に取った。そしてタイヤの内側から外へ向けてガンガンとタイヤを叩いた。物凄く嬉しそうだ。
「ほら、これでタイヤのラインが均等に出てんだろ」
「はい……」
しかし、新品のタイヤにしっかり木槌の跡が付いてしまった……。
(注:本来は跡が付かない様にゴムハンマーで叩くか、CRCを吹いたりしながら何度も空気を入れ直します)
そして、エアゲージ(空気圧計)を見ながら圧を1.7気圧に調節して口金のナットとキャップを閉めて完成。
「よし、ホイール組むぞ。ほれ、シャフトの先っちょにイモグリ塗っとけ」
そう言いながら美香さんが渡してきたプラスチック容器にはリチュウムグリスと書いてあった。恐らく半透明の黄色のグリスがサツマイモに見えるからそう呼んでいるのだろう。シャフトの先端にそれを付け指で広げた。
ここからは力仕事だった。ホールをカブのフロントに持っていき、ブレーキシューをセットする。ブレーキの外側にカラーをはめ込みタイヤの下に足を入れてフロントフォークとカラーの穴の位置を合わせる。ピッタリ合った瞬間にシャフト突っ込む。タイヤを持ち上げて反対側の穴を合わせてシャフトを反対側のフォークの穴まで貫通させる。
右側にナットをはめて締めていく。
「えーと、『の』の字で締まるんでしたよね」
「おう、先ずは回らなくなるとこまで締めろ。そっから十六分の一回転増し締めしとけ」
「はい」
僕は14と17のメガネレンチでナットを締めた。力を入れずに締まるとこまで回し、最後に力を込めて十六分の一回転……。
美香さんがタイヤをくるくる回してブレーキを調整しながらチェックする。
「一時間も掛やがって……んま、最初ならこんなもんか……よし、OKだ」
「やった!」
「何、言ってんだ。これからリアやんぞ」
「うげ……」
そこから僕はリヤタイヤの交換を始めた。
リア側はブレーキなどを外す必要があったが、チェーンに触る事も無くホイールを外すことが出来た。後はフロントタイヤと同じ作業でタイヤを交換する。タイヤを嵌めホイールを組み付けて、最後にチェーンの張りの調整の仕方を教えて貰ってシャフトのナットを締め付ける。仕上げにブレーキの調整・チェーンの給油・ブレーキケーブルの注油を教えて貰い自分でやった。
思いの外時間が掛かり、作業を終える頃には外はすっかり暗くなっていた。
「おう、光一。送ってくぜ」美香さんがそう言ってくれた。
「いや、自転車もありますからいいですよ」
「チャリなんて荷台に積みゃー良いんだよ」
「そうですね、だったら是非お願いします」
「おう」
僕は修理の終わったカブをここに置かしてもらい、美香さんの車で家に帰る事になった。コンビニに寄り二人でジュースを買って自転車を軽トラの荷台に積み込んだ。家に向かって夜の峠を走りだす。
「何だか美香さん楽しそうでしたね」
「ん? そうか……昔、爺に修理教えて貰ってた時の事思い出したんだよ」
「バイク屋だったお爺さんの事ですね」
「ああ、あたいが子供の頃はこの辺、何も無くてな、良く裏山の空き地にバイク持ってって遊んでたんだよ。そのうち爺がバイクの修理も教えてくれるようになってな、ままごとの代わりにエンジンばらしてたな……」
「ははは、変わったお子さんですね……」
「まあな、当時はそれが普通だと思ってたがな。そう言やその頃よく公道でホンダのモンキー乗って親父に怒られてたな」
「それ無免許じゃないですか」
「今はしねーよ。当時は事情も知らない子供だったし、車なんか走ってなかったからな。近所はみんな知り合いだったし、遠くに遊びに行くのにこっそり持ち出して乗っちまったんだよ」
「それは駄目でしょう」
「ああ、途中でガス欠になって帰りが遅くなって、親父にばれてこっぴどく叱られたな」
「ははは……」
美香さんにとってのバイクは普通に家にあるものだったと言う事だ。それはちょっとうらやましいことだと思った。
明かりが無いので家の近所の自販機の前で自転車を下ろしてもらった。
「んで、キャブの修理はいつ来んだ」
「どうしましょう。明後日の非番の日に免許取りにセンターに行くつもりだったんですけど。それからでもいいですか」
「ああ、あたいはそいで構わねえよ」
「すみません、後お金は明日払いに行きます」
「金はいつでもいいよ。明後日試験なんだろしっかり勉強しとけ。んじゃな」
「はい、ありがとうございました」
僕は走り去って行く軽トラの後姿を見つめた。
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