第一部 麗side⑨ 検魔場

 俺は笑顔に切り替える。

「メリアさん、久しぶり!」

「久しぶりね!あらそうだ、レイ君、今暇?」

 ん?これは何か頼まれるやつ?普段ならうげってなるけど、今は嬉しいや。

「あ、はい。どうかしましたか?」

「ああ、今子供を一人預かってるんだけど、遊んでおいてくれない?」

 そういうと、彼女はしゃがみこんで、誰かを持ち上げる。

「ほーい、リリー君。」

 うわ!今子供を投げた?うわーい、リリー君だ!って今空中を一回転した!?どうした何が起こったんだ!?

「れーいー君。」

 見事に俺の横に着地したリリー君がこっちに手を伸ばしてくる。

「一日いっぱいお願いするね?今夜の夕食会場に連れてきてくれればいいから。」

 俺はリリー君を抱き上げる。なるほど、今日は飽きない一日を過ごせそう。」



 俺はリリー君を抱きながら階段を下りる。身長的に手をつないで歩くのはつらかったんだよね。

「リリー君、さっきはすごかったね、くるって回転してて。」

「うん、ぱぱの能力が風を操るやつだったから、リリーもそんな感じかもねって言われたんだよ。」

「じゃあ、そのうち検魔場に行って調べるんだ?」

「……」

 ありゃ、わかんなかったかな?話題を変えてみる。

「お母さんはお仕事?」

「うん。リリーは邪魔しちゃうから。」

「そうなんだね。」

「騎士団を見ておいでって言ってた。リリーの能力は向いてるって。」

「おーじゃあ、騎士団にいこっか。」

 大変だけど階段を下る。なんか主導権握られてねえか?気のせいか。なんだかリリー君は頭が良い予感。

「リリー君は騎士団に入りたいの?」

「ううん。でもリリーの能力は騎士団向きだって。」

「別になりたくないなら他のお仕事でもいいんじゃない?」

「リリーの能力は風に関係してるよ?」

「別に能力を使わなくてもいいんじゃないの?ほら、ケンタさんとか、仕事に能力使ってないよ?」

 ……

 黙ってしまった。ちょっと難しかったのかな。

「ゆっくりでいいんじゃない?自分でやりたいことを見つければいいんだから。」

「やりたいこと……」

 え?ないの?この年で?

 俺はやりたいことたくさんあるけどな。そう思うと部屋でのんびりしてるのはもったいない気がしてきたな。

「じゃあさ、何か好きなものとか、好きなことは?」

「……」

 おい!5歳!

 うーん、なんか、リリー君に限らずこの世界の人達ってどこか冷めてる気がするんだよなあ。仕事、食事、睡眠、仕事!みたいな。あれ、俺たちの世界とそんな変わらないのかな?うーん、でもでも!

「ねえ、リリー君。騎士団はあとでもいい?」

「いいよ、れい君の行きたいところ行く!」

 うーん、ありがと!俺はあるところまで階段を下りた後、扉を開けて、長い階段を見上げる。二回目とはいえ、大変そう。

「どこ行くの?」

 聞いてきたリリー君を下ろして言う。

「お城だよ。見せたいものがあるから…………で、悪いんだけど、ここからは歩いてくれるかな?」

「うん……」

 上り終わったとき、俺らの絆は深まっていた気がした。



 重たい扉を押し開くと、大きなステンドグラスが見える。うおーやっぱりいいね。

「どう?」

 振り向くと、リリー君は思ったほど感動している様子もなく、黙って手を伸ばしてきた。

 もう一度抱き上げて、ステンドグラスを見上げる。

「綺麗だよね?」

 リリー君は俺の問いかけには答えず、一言聞いてくる。

「これは、何のためにあるの?」

 え、何のため?それはな……あれ、ここの宗教感とかわからないしねえ。正直テキトウに答えてもいいんだろうけど、嘘を教えるのは気が引けるというか……

 綺麗だからって理由じゃダメなの??

「うーん、ここから光が入って明るくなるよね?」

「うん。」

 それ以上なにを言えばいいっていうんだ!

「このお城って全体的に暗いでしょ?窓が少ないからかな、たぶんビルなんかよりずーっと前に作られてるよね。ただ、この広間だけ、天井が高くて、作りが違う気がするんだよね……ステンドグラス、ゴシック様式かな……」

「それで?」

 え、それで?そういえば話してるうちに話題がわからなくなっていた。俺は年長者らしく、語る。

「それで、何でもないのさ。この話から、何を考えるのかは、その時、その人次第だからね。」

 リリー君は完全に沈黙してしまう。

 特に意味はないよー!!適当にほざいたことを許して!!

「お、レイ来てたのか。」

 後ろを振り返ると、マントを羽織ったケンタさんがいる。

 リリー君の手首をつかんで、手を振って見せる。

 ケンタさんは、距離の割に大きく、両手を振ってくれた。同時に螺旋状のアホ毛がぶんぶん揺れる。

 俺は瞬時に顔を下に向ける……クッ、これは……ちょっと面白いぜ……フフ……

 ケンタさんはかつかつと近づいてくる。

「君は……誰だっけ。」

「リリーだよ。」

 ええー覚えてやれよー。

「お前もここが好きなのか?」

 え、何?

「以前召喚した老婆も、この場所が好きでな。」

 あ、俺に話しかけてるのか。おばあさんとかも召喚するんだね。ていうことは、おばあさんもこの階段上ったの?つらっ!あれ、そういえばどこで召喚されたんだっけ。

「ねえ、俺がいた牢屋ってどこにあるんだっけ?」

「おれの話を聞いていたか?」

「え、ああ、ごめん。この場所俺も好きだよ?」

 え、何?なんでいきなりしゃがんだの?え、なんて言ってるの?

 恐る恐る近づいてみる。

「……ェ!」

「え?ケンタさーん?」

「ウェっうェツええッ!」

 え?もしかして泣いてる?俺は慌てふためく。

「あ、ごめん!無視しちゃってごめんね!」

 背中をさする。がっしりしてるな、大の大人でも心はガラスなんだね。

 泣き止まないので、やさしく抱き着いて、背中をたたく。リリー君もやってきて、一緒にぎゅってしてくれた。そのとき、懐かしい声が聞こえる。

「あれ、ケンタどうしたの?」

 俺はやさしいモードを解除して、バッと顔を上げる。

 そこにいたのは、眼のついたイケボの椅子!!

「あれれ、レン・サカキもどきじゃん。久しぶり。」

 俺はケンタのもとを離れて、近寄る。

「どうも、麗です!よろしく!」

 握手しようと思ったけど、手がないね!残念!

 後ろからとことことやってきたリリー君が、椅子をぺちぺちと叩く。

「君は見ない顔だね。僕にお仕置きされたいのかい?」

 リリーは手を引っ込める。

「今から牢にいくのかーー!!!???」

 後ろで置いてけぼりになったケンタさんが大きな声で話しかけてくる。

「そうだよ、あ、一緒に行くかい?」

「いやーー!!俺は別にー!!……」

「どうだい、レイ君とぼうや。」

 またもやに無視されたケンタさんが床に崩れ落ちる音が聞こえる。かわいそうな気もしたけど、あえて振り返らない。代わりにリリーの方を向く。

「どうする?」

「行く。」

「じゃあ、行きます……ケンタさん行きますね」

「ああ。」

 振り返るとケンタさんはテレビをみるおっさん的な感じで寝そべっていた。なんか、見たくなかったな。ちょっとカッコいいと思ってたけど、イメージが崩れるというかなんというか。

「じゃあレイ、俺の上に胡坐かいて、ぼうやを抱えておいてよ。」

 おー乗っていいのか。失礼します、と言って上に乗っかる。

「じゃあ行くよ!」

 椅子がゆっくり動き出す。落ちそうかとも思ったけど、案外安定している。

 うぇーい楽しいぜ!進むのがゆっくりだけどな。

「あの、これって何かの能力なんですか?」

 途中聞いてみる。

「ああ、俺は姿を変えられるんだけど、この姿はお気に入りなんだ。なんなら元の姿に戻ってみようか」

「ああ、それは大丈夫です。」

 この人までイメージ崩れたら大変だからね。

「リリー風の能力だよ。」

 あ、そうか、能力を答えなきゃ……

「俺は…」

「レイは能力無いんじゃないのかい?」

「いや、まあ、そうですかね。」

 嘘つく間もなかったよ。本当の事言う暇もないよ。そういえばこの人俺が召喚されたの知ってたわ。

 今度はビルの階段をゆっくり上り始める。これちょっと浮いてんのな。途中知らないすれ違い人に凝視される。俺は再びリリー君の小さな手を振って微笑む。余計ヤバいやつかな。もうそろそろ帰ろう。うん、一期一会で済むように……

 夕食の会場のフロア、会場の反対側にドアがある。そうだそうだ、初日は俺ここから来たわ。椅子がドアを器用に開く。なんだかシュールだよな。

 中には牢屋が続いている。俺お化け屋敷も平気だけど、これは別だよねー。まあ、怖いわけでもないけど。膝の上のリリー君も黙って見入っている。目を隠すほどではないよね……?

 格子の中を覗いてみるけど、誰かいる様子もない。

「うわっ」

 正面を向き直ると、目の前に誰かがいた。え、何?着ぐるみ?

「ああ、この子はいつの間にかここに住み着いてた子だよ。」

 下から解説の声が入る。

「どうぞよろしくお願いします。」

 返事は来ない。かわいい感じの顔してるけど、しゃべらないと結構怖い。

「あ、もしかしてこの前お城にいた……?」

 一回目お城に行ったとき見かけた気がしてきた。

 え、何?返事してほしかった、怖いんだけどー……

 すると、下からフォローが入る。

「彼女はお城でも働いてるからね、そのとき会ったのかもしれないね。」

 ありがとう、椅子君。もうこの着ぐるみさんに話しかけるのはやめよう。

「僕たちはもうちょっと空けるから、引き続き牢屋番たのめるかい?」

 椅子君の声に着ぐるみはうなずく。レスポンスできるのかい!もう、なんなの。

 俺たちは来た道を引き返し始める。階段をゆっくりくだって……

 さっきの着ぐるみ凄かったな。あれも何かの能力なのかなあ。

「ねえねえ、検魔場に行ってみよう。ぼうやはまだ行ったことないでしょ?戦争前は、能力を検定してくれる能力の人達がいたけど、今は検魔場に行くしかないんだ。」

 お、説明してくれた?嬉しいな。

「なぜか戦前のこと話したがらない人多いけどねえ。」

「今は検定してくれる人はいないんですか?」

「そういう能力の人達は貴族に多かったからね。今はいないんじゃないかな。」

「そうなんですか……」

 なんだか、聞いてはいけない雰囲気になる。そうか、能力は遺伝するから、一族で同じような能力になるのか。いたら、その人に会ってみたかったな。

 検魔場、行きたい。本音を言うと俺も調べてみたい!

 検魔場の扉が開くと、中は訓練所くらい広い部屋が広がっている。奥から白衣のお姉さんが歩いてきた。俺は椅子の上がクセになって下りられない。

「あらあ、検魔かしら?」

「ああ、この子をたのむよ。料金は……」

「あ、俺が出します。」

 ポケットから金貨を出す。

「あの、いくらですか?」

 緑の髪の毛のナイスバディ―のお姉さんが、じっと見下ろしてくる。

「金貨三枚よ。」

「だまされないで、レイ君。銀貨三枚だ。ちょっとお色気メイクしてたとしても、こんなババァに金取られるなんて!!」

「誰がババァよ!」

 お姉さんが椅子を思いっきり、蹴る。ヒールだ、痛そう……

「僕を蹴るなんて!!ケンタ様への報告はしないでやるから、無料にしなよ!!」

 椅子君がわめき続ける。俺はリリー君を抱きかかえたままそろりと降りる。お姉さんは椅子の方をじっと睨み続けている。

「僕は騎士団第1班だぞ?刑罰は僕が管理してるのさ!」

 椅子でも騎士団に入れるのか!ってこの人も人間か……

 お姉さんは、あからさまに嫌な顔をする。

「わかった払わなくてもいいわ。さあ、お客様以外は出てってちょうだい?」

 最後にお姉さんのヒールがクリーンヒットする。椅子君は思いっきりドアの向こうへ跳んでいく。こ、怖……

「さあ、いくわよー?」

 うーん、とびっきりの笑顔が振ってくる。この人は怒らせないように気を付けよう。俺は誓った。



 その後はリリーくんが泣き出しちゃって、結局何もしないで夕食会場へ直行した。リリー君ママから、お金も貰っちゃった。

 部屋の真ん中につったって、深呼吸をする。

 今日は色々あった。

 でも、辛くなかった、むしろチョー楽しかった。

 今まで何に悩んでたってくらいにね。

 明日からは、頑張れる気がする。もちろん……帰るためにね。

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