よく晴れた日の夕方

穂麦むぎ

よく晴れた日の夕方に

 オレンジ色の淡いけど眩しい光を遮るためにまぶたをとじる。夕日は私を優しく包み込むように暖めてくれた。雲は夕日を浮かべる船のようにあるだけで真上にはまったくない。夕日に照らされて白みがかったような青色が広がっている。鳥のさえずりと風が草を揺らすおとはまるでファンタジーの森の木漏れ日にある眠り歌のようだった。車の走る音、焼却場のファンの音、ランニングをする足音、サイクリングのギアが空回りする音はちょっとしたアクセントになっている。


 私はベンチに寝そべって、寝たふりをしているところだ。慌ただしい1年が終わった春休みに大っ嫌いな家に帰ってきた。家には自分の部屋がない。つまりプライベートゾーンがない。1人になられる時間はない。わかるだろ?


 とうとうたまったお互いの鬱憤が爆発したのがきょうだった。頭を冷やすのにシャワーの時間は短すぎた。とりあえず顔を見たくなかったからとっとと着替えてここにきた。


 いま私は河川堤防にあるベンチに寝そべっている。背もたれのないタイプのベンチで向かい合うように2つある。間には柱があってベンチを覆うだけの大きさの四角い屋根がのっている。私はベンチ一方を占領してしまっている。問題はないだろう。この場所にひとがいることは珍しいことではないが時間帯が時間帯なだけにね。もしもひとがきてももう一方のベンチが空いているし周りからは寝ている様にみえるだろうから話しかけられないだろう。


 春のよさはこの心地よい空気だと思う。春だからこそここでのお昼寝が至高となるのだろう。先日の昼下がり、ここで昼寝をするおとこのひとを見かけたが。寝そべればわかる。めちゃくちゃ気持ちいい。夕方も気持ちよいが、昼下がりも暑すぎることがないから気持ちいいだろう。屋根もあって直射日光がまぶたを貫通することもないだろうしまさに木陰感。



 ふう・・・


 時間がゆっくり流れていく。




 *



 ざっざっざっ


 うーん・・・。だれか来たみたいだ。ベンチまでくるのかな。まあ、身体もこのベンチにだいぶん馴染んできたし、本気まじで寝ないように気を付けないとな。まぶたをちょっとだけつよくとじた。


 ースっ


 どうやら休憩みたいだ。眠ったふりをしているからおとこかおんなかもわからない。もちろん年齢も。こっちを向いているのか背中を向けているのかも。

 煙草を吸わないことはありがたい。普通なことだけどね。


 だけど、ただひとがそこにいるだけなのに、気持ちが息苦しくなる。はやくどこかへ行ってほしいと思ってしまう。あなたがどこかへ行かない限り、わたしは寝たふりをずっと続けないといけないから。幼い思考で、もうここからあたりが真っ暗になるまで動けないんじゃないかって考えたりもする。こういう状況になると自分ではどうにもできないから一層妄想が広がっていく。悪いことばかり考えてもしかたがないから楽しいことを考えてゆっくりと流れる時間を過ごすことにするよ。


 ~~~~~~


「おーい」


 んにゃ?、だれだろう。というかどのくらいの時間が経っているのだろうか。意識があったような、なかったような。いい感じの夢をみてたことぐらいが事実かな。先程まで頬に感じていた暖かな光はなくなっているみたいだ。帰る時間も近いな。


「おい!!!お~い!!」


 うるさいな。寝ぼけていた意識が一気に覚める。だがちょっと待て。この高い声。ずっと一緒にいたこの人は女のひとみたいだ。暗くなっても惰眠に勤しむ私を心配してくれたのかな。いい人だなあ。


 いやいや、ちょっと待て。知り合いがそこを通ったのを呼び止めただけかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。危うくとんだ赤っ恥をかくところだった。


 しかし、それはそれで困ったことになる。彼女は動こうとしていないし、相手さんがこちらにきて談笑を始めるとますます帰りずらくなってしまう。どうしたものか。


「(はぁ~~~、、、)」


 いまのため息はおそらく彼女のものだろう。近づいてくる足音がなかったから。そのため息がなんのため息なのかは私にとってはどうでもいいことなのだが、、、


 彼女のため息が私の真上だったこと。なぜため息が真上から感じれてしまうのだろう。めちゃくちゃ気になってしまう。気配を全力で集めてもいまの状況は全く予想できない。


 私はうっすらと目をあk,,,,




 バチっ!!!!




 さっきよりもずっと強く瞼を閉じる。固く固く閉じる。周りからは無理やり瞼を閉じているようにしか見えないくらいに。完全にしくじった。コンマ数秒だと思うけどほんとスローモーションの世界だった。まだ自分のまつげしか見れていなかった。


「ふふっ、、、」


 恥ずかしい。ほんと死ねちゃうくらい恥ずかしい。死因は恥死はずかし。鼓動がこの空間に響いているかもしれない。たった一つの救いは顔が真っ赤に染まっても薄暗いおかげでばれにくいことぐらいだ。


「ワっ!」


「うわぁぁ!!!」


 ドサッッ!!


「うぅ、、いってぇ。(耳元で大きな声だすなよ、、、)」


「へいッ! お兄さん、あたりはもう真っ暗だぜ!」


「、、、は?」


「ってか。頭打たなかった?大丈夫?」


「頭は打ってない、かな」


「ならよかった」


「お姉さんこそ帰る時間じゃないんですか?」


「そろそろ身体起こしなよ」


「んっ」



 うでで軽い勢いをつけて身体を起こす。そのままだらけた体操座りみたいな体勢に落ち着ける。日は沈んだみたいで空が青紫いろをしてきれいだった。あたりよりも空のほうが明るい。顔はそっぽをむけたまま会話を続ける。顔は恥ずかしくてみれたもんじゃない。角がない柔らかい声がとても心地いい。



「なんのようで私に?」


「いや、特別用ってことはなくて、、、君がのんきに寝ているからさ。心配?、心配して起こしたんだよ!」


「はぁ、心配してくださりありがとうございます」


「感謝のことばくらいこっち向いて言いなよ」


「いや、うわっ、、、」


「『うわっ』ってなにさ『うわっ』って。お姉さんふつうに傷つくんだけど」


「わるい(やっべえちょうかわいいんだが?)」


「いいよ。べつに。」


「というか、お姉さん。こんなじかんまでここで何をしてたんですか?」


「またそっぽ向いちゃってさ。いいけど。

何ってそりゃあ、、、、黄昏てた?とか?」


「へー、黄昏てた、とかしてたんですか。かっこいいですね」(ダサいプライドだな私)


「うぐぐ、、べつになんでもいいじゃない!あんまいじめないでよぅ」


「すんません、すんません。」


「笑いながら謝るなよ」


「すみませんでした」


「、、急に真顔になるなし。でもケータイ触ってただけじゃないから。っと。そういえば散歩できてたおっさんと少し喋ったな」


「えっ?おれが寝てるあいだにだれかきたの?」


「きたよ~、きたきた。というかそのおっさんと君って仲いいんだね」


「あ~、まあおれだいたい毎日ここにいるしな。そっか」


「まじ!?ここに毎日いるの?え?、、、地縛霊???」


「ひとを勝手に殺さないでもらえますか」


「よかった。足、ついてる?ついてる」


「あたりまえじゃないですか」


「んで?いつもはここでなにしてるの?」


「寝てると言ったら」


「うらやましい、、、」


「はいはい、」


「そっちから振っといてそんな棒読み返しある??」


「さあ?。でもさすがに毎日寝てるわけじゃないんで。いろいろです」


「いろいろねえ、、、じゃああしたもいるってこと?」


「かも、です」


「ふーん」


「きょうとおなじ時間ならあのおっさんも」


「なんだか時が止まってるみたいね」


「いや、じっさいそう感じることはないですよ」


「そういうもの?」


「おっさんとの会話も積み重なっていきますからねえ」


「・・・」


「どうかした?」


「、、いや。別に。というかもうお互い帰らない?」


「気づけば真っ暗ですもんね」


「お兄さんのかっこいい顔も見えないよ」


「はは、お姉さんうちまで送りましょうか?」


「いや、いらんし。まだこの時間なら。あと2時間遅かったら頼むけど」


「そうですか」


「ではまた」「またね」




 このときにはもう暗くなった帰路に闇はないようだった









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よく晴れた日の夕方 穂麦むぎ @neoti_2020

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