第68話 君の歌

「・・・・・・・」美桜が押し黙っている。もしかして感動しているのか・・・・・・・。


「ふう・・・・・・・」俺は一曲唄い終えて大きく息を吐き出した。


パチパチパチパチ・・・・・・・。美桜の拍手。なんだか元気のない拍手だった。彼女はメロンソーダーの入ったグラスに突き刺さったストローをくわえた。


「どう、美桜ちゃんも歌ってよ・・・・・・・・。俺、美桜ちゃんの歌を聞いたことないし・・・・・・・・」俺は出来るだけ自然に彼女に要求してみた。もちろんここで云う聞いたことがないってのは生で聞いたことがないという事である。このご時世、日本に住んでいて彼女の歌を聞いた事がないなんて人間はまずいないであろう。少し前までは、歌姫としてあちらこちらで引っ張りだこの存在であったそうだ。


「でも、私へたくそだし・・・・・・・・」どの口が言うねん!と突っ込みたくなったが、今はそんな雰囲気ではない。


「あの、綾さんに聞いたんだけど・・・・・・・、美桜ちゃんは、あのSNSの書き込みを気にしているんだよね?」俺がSNSという言葉を口にした途端、彼女の肩がピクリと動いた。


「亮介さん・・・・・・・・あれを・・・・・・・・、読んだのですか?」美桜は少し寂しそうな顔をした。なんだか今にも泣きそうな感じであった。


「うん、一通り読んだよ」俺も自分のグラスに注がれているコーラーを口にした。熱唱した後の炭酸飲料は美味しい。


「みんな私の事をあんな風に思っているんですよね・・・・・・・・。歌がへたくそとか、聞いたら馬鹿になるとか・・・・・・・・、顔が不細工とか・・・・・・・」もう泣き出しそうな顔であった。


「美桜ちゃん・・・・・・・・、君が不細工な訳ないだろう。君は鏡を見た事がないのか?俺はさぁ・・・・・・・・、正直言うと、美桜ちゃんを初めて見た時から思っていたんだけど・・・・・・・、君ほどの可愛らしいを見たのは初めてだった。あの牛乳瓶みたいな眼鏡をかけている時でさえ、君は可愛かった」普段、こんなことを言うと顔から火が噴き出すところであるが、今はそんな事を言っている場合ではないのだ。


「えっ・・・・・・・!?」美桜は目を見開いて驚いたような顔を見せた。あんなSNSを気にしないでも、彼女の事を可愛いという者は男女を問わずに大半を占めるであろう。それに、人の好みは十人十色、いちいち気にする必要などないのだ。


「それに歌の事だけど・・・・・・・、俺読んでみたんだけどさ。あれって書いてる奴って、たぶん同じ奴で、一人だけだろ?」


「えっ、そんな事・・・・・・・?」彼女がそれに気が付いていないようであった。


「あの悪口書いてる奴、書き込みの時間がいつも同じなのと、使う絵文字が毎回同じだろ。多分、俺が思うに同じ女が、書き込みしているんだと思うよ。男でこんな絵文字使ってたらキモイしね」言いながら、スマホの画面を彼女に見せた。そこには、いかにも若い女性が使いそうな顔文字が多様されていた。


「・・・・・・・」美桜は少し俺の近くに寄ってきて画面をのぞき込んでいる。その距離が近くて少し緊張をしてしまう。


「それにさ・・・・・・・・、悪い投稿ばかり気にしているけど・・・・・・・、MIONの歌で励まされている人の方が圧倒的に多いと思うよ」画面をスライドさせると彼女を称賛する投稿が多数現れた。


 MIONの歌最高!もっと聞きたい!早く復帰しないかな!


 学校で虐められていた時期にMIONさんの歌を聞いて励まされました。虐めていた女子も実はMIONさんの大ファンで、今は意気投合して親友になりました!


 子育ての疲れていた時に聞いたMIONの歌で、頑張る事が出来た。『晴れの日、あなたに会いたい・・・・・・』あの映画の主題歌は泣けました・・・・・・・・。アルバムも全部持ってるよ!


 みんなMIONの復活を待っているよ!誹謗中傷する奴は、みんなでノックアウトするから、また歌ってよねぇ!


 美桜が気にしていた悪口の投稿の何倍も数十倍もの称賛や励ましの言葉が羅列されている。どうやら、彼女は誹謗中傷の言葉が多くなった時期にSNSから退場してしまい。一切、見ないようにしていたようであった。改めてよんだ彼女への投稿を読んで、彼女の人気ぶりに俺は驚いた。


 そういえば、あのレクレーション合宿で彼女の正体が解かった時の、大学の学生達の様子は尋常では無かったなと思い出していた。


「・・・・・・・・」ふと、彼女を見ると肩を揺らしながら泣いている。


「み、美桜ちゃん!」まさか逆効果だったのか?俺がやった事は、彼女の気持ちを更に追い込んでしまったのかと思った。


 美桜が無言でデンモクを掴むと、手慣れたように入力を始めた。


「えっ・・・・・・・?」俺は何が起きたのか理解出来なかった。画面が暗くなり、ゆっくりと文字が現れる。


『晴れの日、あなたに会いたい・・・・・・』彼女が歌った映画の主題歌だった。落ち着いた感じの伴奏が流れてから、歌詞が表示される。その文字に合わせて彼女が歌い出した。


「す、すごい・・・・・・・!」それは、何度か聞いたテレビやスマホから流れていた歌とは全く別物であった。こんなに、人が綺麗な声で歌を唄う事が出来るのだと感動すら覚えた。


 俺は、歌姫 MIONのコンサートを一人独占する事になった。


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