第52話 君とコスプレ

「私、前からここに来たかったんです!」美桜はテンション高めに笑顔を見せた。今日は、特に変装はしていない。代わりにフードのついた上着を着ている。スカートは膝上のフレアスカート。今日の移動は電車なのだが、地下鉄の階段を上る時に下から覗かれるのではないかと俺はハラハラしていたが、当の本人はお構い無い様子で階段を飛び跳ねるように駆け上がっていった。


「美桜ちゃんって・・・・・・、こういうのが好きな子だったんだ・・・・・・」俺達が到着したのは、昔電気街だった商店街。その場所は、近くに大型の量販店が出来て衰退した。そのあとにパソコンなどのマニアックなパーツを販売する店、アニメグッズの店、フィギアショップ、メイドカフェなどが密集する場所へと変貌を遂げた。辺りには、リュックを背負った同世代の男性が闊歩している。


「そうですよ!ずっとアニメっ子だったんですけど、社長に言われて封印していたんです。でも社長はテレビで色々な経験をって言ってましたから、こういうのもありでしょ!」ちょっとアヒル口にして彼女は持論を展開する。いや、社長が言ったのは、そういう意味ではないような気がするのだが・・・・・・・。まあ、俺もこういうところが嫌いな訳ではないのでお付き合いは苦ではなかった。一人っ子は一人で完結できる事に対してマニアックになってしまうのは、ある意味必然なのだ。


「あ、あの・・・・・・MIONさんじゃないですか・・・・・・?」内気そうな男の子二人組が声をかけてくる。やはり変装をしていなければ即バレなのであろう。


「いいえ、違いますよ!よく似てるって言われるんですけど・・・・・・、ちなみに、意識して髪型も真似してます」ニコリと笑う。こういうことは慣れているような感じであった。


「す、すいません!ほら違うって!!こんな所にMIONがノーガードで来るわけないじゃん!」男達はあっさりと引き下がった。そのいさぎよい引き際に少し驚く。


「私は、シンガーソングライターって肩書きで、こういう場所とは対極的な歌を書いているから、こんな場所に来るなんて思われて無いんですよ。桃子ちゃんみたいなアイドルなら違和感ないんでしょうけど・・・・・・」と彼女が目配せした先には、大きな桃子のポスターが貼ってあった。


「ふーん、そんなもんなんだ・・・・・・。シンガーソングライターって、美桜ちゃんは曲も作るの!?」歌詞・曲を作り、それを本人が歌うのであれば、結構な数をヒットさせている彼女の収入は凄いものなのであろう。あのタワーマンションの最上階に住んでいたことも容易に頷ける。


「ええ、子供の頃から歌は好きでしたから」ニコリと微笑む。好きだから出来るというが、それで収入を得るなど生半可なものでは無い事は俺でも解る。改めて、彼女の凄さを再認識する。


 アニメのグッズを扱う店を梯子はしごしていく。何かを発散でもするように彼女は色々なものを購入しては郵送の手続きを繰り返した。浪費した金額は結構なものであろう。


「あ、あそこ!あそこに行ってみませんか!」彼女が指差した先には写真館があった。


「写真館!?」それは普通の写真館ではなかった。アニメのキャラクターのコスプレが用意されていて、自分のお気に入りの衣装を着て撮影してもらえるという物であった。


「行きましょう!」俺の手を引くと彼女は歩いて行った。店内に入ると独特の雰囲気で、こういう機会がなければ決して足を踏み入れるような場所ではないなと考えていた。「どれにしますか!」美桜は物色している。


「えっ、まさか俺もコスプレするのか!?」彼女のコスプレを眺めていれば良いだけだと高を括っていた俺は度胆を抜かれた。


「だから言ったじゃないですか!一緒に経験してくださいって!!」たしかにそのような事を言われたような気がした。「うーん、どうせならカップルのキャラが良いですよね?」いや、その問いかけをされてもよく解らないのでお任せします。美桜は吟味を続ける。


「あっ、これ俺知ってる・・・・・・」そこには、黒いマントの付いた黒づくめのスーツがあった。その横には緑色の長髪の鬘と白いツナギのような服。


「これ、私も好きな奴です!」それは少し前に流行ったアニメのキャラクターであった。「これにしましょう!」彼女は店員に声をかける。

 店員は俺達の服のサイズを確認して、在庫があることを告げた。着替える為に、美桜は更衣室へ向かった。


「男性の方はこちらでお願いします」店員に指示されて向かった先は、撮影用にスクリーンの裏側であった。平日のこの時間に、撮影をすることは少ないようで俺達の他に客はいないようであった。一応、脱いだ服を掛けるハンガーも用意されていた。正直マントを装着するなど、ガキの頃に正義の味方ごっこをして以来やった事が無かった。


「カッコいい!すごくお似合いですよ!!」店員がはしゃぐようにテンションを上げる。お客さんを盛り上げる為にこういうマニュアルがあるのであろう。それでも少し嬉しくて癖になりそうであった。


「お連れ様の準備も出来ましたよ」店員の女性がそう言うと、緑の長髪の桂を被った美桜が姿を見せた。さすがにタレント、すっかり出来上がっている。


「亮介さん!すごく素敵じゃないですか!!」美桜は俺の姿を見て、飛び上がるように喜んだ。これだけ喜ぶのなら一緒にコスプレした甲斐がある。


「お客様!あの決め台詞言ってみてくださいよ」なぜか店員からリクエストが上がる。このアニメは俺も好きだったのでセリフは知っている。


「ラルシュ・キキールが命じる!俺の言うことを聞け!」俺はなりきって右の人差し指を額に当てて、美桜の顔を見ながら素人なりに演じてみた。なんだか、周りはシーンと静まり返ってしまった。あかん、ドツボにハマってしまったか!?


「はい・・・・・・」ぽつりと美桜が言いながら頷いた。いや、そのキャラクターそんな反応しないから・・・・・・。なぜか周りにいる店員達も顔を赤くしている。


「きゃー!凄い!!」一テンポ遅れて店員達が黄色い声を上げる。すごく恥ずかしくなった。「お二人並んでください!写真を撮ります」


「あ、はい!美桜ちゃん・・・・・・・?」ぼーっとしている美桜に声を掛ける。


「あ、は、はい!」二人で店員に言われるままにポーズを取って何枚かの写真を撮影してもらいプリントアウトしてもらった。なかなかのなり切りぶりに自分でも笑ってしまった。


「あの、あまりにもお似合いなので、店頭の見本で使わせていただいても宜しいですか?」店員が聞いてきた。美桜は一瞬躊躇したが、身元がバレてないようなので了承したようだ。彼女は満足げに写真を抱きしめるとニコリと笑った。


 それから俺達は夕方まで、この商店街を闊歩して楽しんだ。美桜は少し元気になったようだった。

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