ウィンウィンの関係

 じゅ~という肉が焼ける音に浩之の脳は即座に反射した。よだれがとまらない。

 「今日は一体何を作ってんだ」

 「もも肉のナヴァラン」

 「ナヴァラン? あぁ~確か、フランス料理?」

 「そう。まぁ、トマト煮みたいな感じだな。ってかちゃんと料理の勉強もしてんじゃねーかよ先生」

 「先生って言うなって。俺はまだそれだけで食えてないんだから」

 「三冊も小説出してたらそれはもう先生だろ」

 浩之と直樹の協力関係は三ヶ月前から始まっていた。

 直樹が書いた小説を小説家の浩之が添削して、料理モノの小説を書こうとしている浩之に料理が得意な直樹が振舞う。ウィンウィンの関係に満足していた二人は週に三回の頻度で会うまでになっていた。

 「いや~だけど、直樹が書く小説はやっぱ段々と良くなってるよ。演出の仕方が前とは全然違う」

 「どういう風に」

 「伏線の張り方がよくなってんじゃないかな」

 曖昧だなと、直樹は深鍋にホールトマトを入れた。酸味の利いた爽やかな匂いが部屋に広がっていく。

 「うまそ~な匂いだなおい」

 「ってか料理モノ書くんだったら調理の描写いるんじゃないのか?」 

 直樹の事を思って小説の添削してたんだろと小言を言いつつ、浩之はキッチンに入った。

 「うまそ。で、この肉をトマトの方に入れるわけね」

 「まぁな。今回は二種類の肉を入れる事にした」

 「なんで?」

 「深みがますんじゃねえかと思ってよ。豚ミンチと合い挽きミンチだと味が違うだろ?」

 「それだよ、それ!」 

 は?なにが? と、直樹は訝し気な顔をして浩之を見詰めた。

 「いや、だから、直樹の今までの小説は一文や一区切りでの伏線が一個しかなかったんだけど、最近のは一つの出来事で二つの伏線を張れてる気がする」

 「あ~。確かに前よりはしっかり伏線を入れようとしてるな。ってかよ、それは添削してる時にすぐ気付いてくれよ。なんかそれ以外にはないか?」

 「あとは……」

 直樹は視線を外した浩之を尻目に、炒めた肉を深鍋に加えた。

 「煮込みは二十分だからその間になんかくれよ」


  ☆★


 「うん。やっぱ部分部分ではあるけれど、心理描写にしても情景描写にしてもその文章から誘導される印象が薄いところがあるね。そのせいで小説のバランスが崩れてる気がする」

 直樹が相槌を打ったところでピピピとタイマーが鳴った。

 「肉はイイ感じだ。あとは塩コショウで……。うん、大丈夫だろ」

 「最後に味を調えるのか?」

 「あぁ、煮込み系の料理は煮込んでいくうちに味が変わっていくから最後に合わせる事の方が多いい」

 「なるほど~勉強になるわ」

 ほらよ。と直樹はテーブルにもも肉のナヴァランを置いた。浩之の唾液腺を刺激する。

 「まだだ。ここに、タイムかオレガノを振りかける」

 「ハーブ?」

 「ヨーロッパ料理はハーブが最後の肝だ。そのままと、それぞれ振りかけてるのを食べ比べしてみな。味が全然変わるから」

 「本当に変わってくんな。うっま」

 「だろ。で、喰い始めてるとこわりいんだけど文章が良くないって……、こことかか」 

 直樹は小説が印刷されているコピー用紙を渡した。

 「あぁそうここ、ここなんだよ直樹。自分で気付いてんじゃん」

 「やっぱりか。そこは完全に想像で書いたからな……。やっぱり自分で体験した事じゃないとなかなかうまく書けないな」

 「その気持ちは分かるけどな~。でも、想像でもしっかり書けるようになった方が良いとは思うぜ。おっ、肉もうめーな。これは……、ラム?」

 「そうだな」

 「んで、これは……、豚か?」

 それはな、と言い直樹は半ズボンの裾をめくった。右ももの肉がいびつに抉れていた。

 「ここのもも肉」

 「は?」

 「だから、俺のもも肉。お前が異世界モノの料理書くかもしれないって言ってたから人肉の味も知っておいた方が良いと思ってよ。2ヶ月前に削って熟成させてた」

 ごくり。と浩之は唾を飲んだ。

 「いや、直樹マジかよ」

 「あ?」

 「滅茶苦茶良いやつじゃねーか。俺の為にそんな事までしてくれんのかよ……。人肉って豚に近いんだな。あーうめーわ。ありがと」

 「お前にはお世話になってるからさ。それに、自分で自分の肉を食ってみるのも体験しておきかったし。ところで、ミステリー書こうと思ってるから、俺もお前みたいに今度人を殺そうと思ってんだけど、殺しても問題なさそうなやつとか知ってるか」

 「あ~どうだろ。そしたら今度探しとく」


 三か月前、浩之の殺害現場を直樹が目撃してから二人のウィンウィンの関係は始まっていた。

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