1週間の恋〜終わりかけの世界で君と恋人になった〜
神宮瞬
00 斜陽
「ねえ、恋人にならない?」
唐突に、本を読んでいた彼女は、顔も上げずにそう言った。
古本の匂いで満ちる学校の図書室。陽に当たり、黄色になった本が並ぶ。彼女の周りにはいくつもの本が積み重なる。
斜陽。日没前の低くなった太陽が、彼女の顔に陰を作っている。目鼻立ちの整った顔が神秘的に見えた。
彼女は
沈黙。
意味が分からず、訝しげに彼女を見る。特に表情が変わった様子は無い。
一見冗談に聞こえるその言葉も、彼女がそのような意図で言っているわけではないことを俺は知っていた。
「恋人?」
「そう。一週間だけの恋人」
彼女は本を閉じて、机の上にその本を置く。題名が見える。『斜陽』。
太宰治の代表作。没落していく貴族が描かれている作品で、この世界の状況にも似ていると、不意にそう思った。
昨日、俺はこの小説を彼女に勧めた。
「『人間は恋と革命のために生れて来たのだ』」
「……確か、『斜陽』の一節だよね」
「この本を読んで思ったの」
そこで彼女は、机に置いた本をもう一度手に取った。
彼女の瞳が初めて俺を捉える。ネイビーブルーの澄んだ瞳。
「私、生まれてきてまだ一回も恋に落ちたことがないの。革命も起こしたことない」
「それで『斜陽』を読んで、恋をしたくなったってこと?」
「うん」
彼女の言いたかったことが大体分かる。
『斜陽』の中のある一節。『人間は恋と革命のために生れて来たのだ』は主人公のかず子が恋をしているときの言葉だ。
おそらく彼女はこの言葉に影響されて、俺と恋をしようとしている。
「いきなり恋人? 恋する過程を飛ばしてない?」
「……多分、恋するのを待っていたら、すぐに一週間が過ぎてしまうと思うから」
……ああ、確かにそうだった。
俺と彼女が恋をして、両想いになって、告白して付き合うのに、一体どれくらいの時間がかかるかわからない。
彼女は先程言ったことから考えると初恋すら未経験だし、俺は恋したことはあるものの、恋愛には奥手だ。一年経っても、関係が発展するか怪しい。
それに俺たちには時間がない。
あと一週間。それが俺と彼女に残された時間だ。
「……分かった。俺で良ければ」
その返事を聞いた彼女は少し微笑んだ。
彼女の顔を直視していた俺の心臓が、思わず跳ねる。
彼女は美人だ。あまりその事を意識していなかったからか、驚いて心拍数が上がったらしい。
不釣り合い。そう思いはしたが、これが人生で恋人が出来る最後の機会だろう。
「よろしくお願いします」
彼女は頭を少し下げながら言う。
「こちらこそ」
そうして俺、
二人しかいない学校の図書室。開けていた窓から風が吹いた。
茜色の光が俺と彼女を照らす。斜陽。
一週間だけの恋人。
期限は今日を入れて七日。
それが俺と彼女に残された時間。
あと一週間で、この地球はなくなる。
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