第6話 殴り合い


街でも有名な、カヴァーディル家の立派な屋敷。だが、今やその壁の一部は崩壊し、中が丸見えの状態になっている



イラとシウは屋敷の庭からその光景を見ていた。


2人の顔は青ざめている。

それもそうだろう。何故なら、2人の家をそうした張本人が目の前にいるのだから。


「あぁー、シウは空間系の能力者だったか。一瞬で逃げられることをすっかり忘れてたわ」

「ふざけんなお前!俺たちを殺す気か!!」


イラが怒鳴るが、アイザックはそれを意にも介さず、仕掛けてきた。

アイザックの身体から2羽のマナで出来た光る鳥が出てくると、それらは複雑な軌道を描きながら、イラとシウに向かってくる。


「イラ!アイザックの能力は爆発!マナで出来た爆弾を操作して、爆発させる能力よ!覚えてるよね!?」

「あぁ、しっかりと覚えてる!あの鳥も爆弾ってことだろ!」


咄嗟に大きめの魔方陣を展開して盾として展開するイラだが、アイザックはそれを嘲笑った。


「それじゃあ俺の能力は防げないぜ」


アイザックが手を動かせば、その手の動きに連動して鳥は魔方陣を迂回し、後ろにいたイラとシウに向かっていき────爆発した。


やったか?とアイザックが立ち込める土煙の中を確認しようと一歩踏み出したところで、背後にイラが現れる。その腕の魔方陣からはマナの剣が生えており、それをそのままアイザックに向かって振り下ろした。


「うぉぉ!お前こそ俺を殺す気か!!」


間一髪気付いたアイザックは上半身を反らすことでそれを避けるが、そこへ間髪入れずにやってきたイラの蹴りは避けきれなかった。


(イラの野郎っ……空中に展開した魔方陣を足場にして……!)


腹に直撃した蹴りの威力はまぁまぁだ。

だが、まだ動けない程じゃない。

まずはイラと距離を取るべくアイザックが再び光る鳥を出そうとしたところで、気付いた。


「おい、シウは…………」


何処だ?と聞こうとしたところで、気付いた。

何か、パカパカとした足音が此方に近づいていることに。


「まっ、まさか!!」


アイザックが慌てて音がする方角を見れば、そこには馬に乗って駆けてくるシウがいた。そう、アイザックの愛馬ジュリアに乗って。


「ジュ、ジュリアちゃん!!??」


アイザックは目ん玉が飛び出そうな程、目を見開いた。

ジュリアはアイザックが猫可愛がりしている愛馬だ。レイモンドの屋敷に来る際も、車ではなく、愛馬を使用するほどには深い愛情を注いでいた。


そんな目に入れても痛くない愛馬に乗っているのはシウ。そして、一頭と1人が一直線にこちらに向かってくる。


それに慌てていると、アイザックの身体にマナで出来た鎖が巻きついた。勿論、その鎖の出所は後ろにいたイラからだ。


「はっ、しまった!」


自身の動きが封じられたことに焦るアイザックだが、まだ手はある。

イラの鎖はアイザックの動きを封じられるだけで、能力を封じられる訳ではない。ならば、爆発鳥でイラを牽制して、その後で自分の周囲を爆発すれば────


(いいや、駄目だ!今、イラに構っていたらジュリアちゃんが間近に来てしまう!!)


ジュリアちゃんに怪我をさせる事だけは駄目だ。まずジュリアちゃんを遠ざけねば。あれ、でもジュリアちゃんを怪我させずに遠ざけるにはどうすれば、とアイザックの頭がパニックに陥った所で、イラの高笑いが聞こえた。


「ははははは!シウちゃんの性格の悪さを見誤ったなアイザック!愛馬を人質に取られ、動きを封じられたお前にもう為す術はないわぁ!」


まるで悪役のような台詞。

だが、イラの言う通り、もうアイザックの頭に策はない。

焦っている間に、ジュリアちゃんは目の前まで迫り、そして、その背中に乗っていたシウが持っていた小型のハンマーで、思いっきり頭を殴られた。

ついでに、イラも殴られた。







「さぁ!今すぐ親父の場所を吐け!」


イラの鎖でガチガチに縛られたアイザックは、頭に大きいタンコブを付け、庭の真ん中で正座させられた状態で詰め寄られていた。


「俺がそんなので吐くと思ってるのか?」


吐くわけがない。そんなことはイラも分かっていた。

結局、勝負に勝っても負けても、アイザックにレイモンドの居場所を教えて貰わねばどうしようもないのだ。


「お前らを守る。それがレイとの約束だ。俺は、それを違うことだけは絶対にしない」


アイザックの決意は固かった。多分、ちょっとやそっとでは揺るがせないくらいに。

シウがどうしよう、とイラに視線を向ける。


イラは暫く黙り込んでいたが、やがて決意したように前に進み出ると、アイザックを捉えていた鎖を消し、その頰を殴り飛ばした。


「はっ!?」


シウの戸惑いの声が聞こえるが、もうイラは止まる気などなかった。


殴られ、何故か拘束を解かれたことに怪訝な顔をしているアイザックを、人差し指を立てて曲げることで挑発する。


「約束、ねぇ。じゃあ、俺とシウちゃんはこのまま王都でも、街にでも行って暴れて親父の居場所を聞き出すだけだ。それが嫌なら、掛かってこいよ、アイザック」


挑発の言葉はこれで十分だったらしい。

アイザックは眦を吊り上げると、イラに向かって右手を振り上げて向かってきた。


「ふざけんな!お前、レイがどんな思いで行ったと思っている!」


アイザックから右ストレートが放たれるが、イラはそれをいなし、左手を放つ。

だが、アイザックはそれを分かっていたかのように、イラに足払いを仕掛けて転ばせると、その上に馬乗りになり、たこ殴りにし始めた。


だが、イラもやられっ放しではない。アイザックの両手首を上手いタイミングで掴むと、そのまま横に転がり、今度は逆にイラがアイザックに馬乗りになった。


「そんなん知るもんか!勝手に何も言わずに行って、察してほしいなんて、馬鹿な俺に期待してんじゃねぇ!!」


しばらく殴り続けていたイラだが、アイザックにバランスを崩され、また逆転する。


後はもう、不毛な争いだった。

殴って、殴られて。

口内は血だらけになって、もう鉄の味しかしない。

それでも、殴り続けた。

それでも、殴られ続けた。


「お前らはレイが唯一見つけた家族だ!アイツが命を賭ける意味を見出した対象だ!!そんなアイツの覚悟を無駄にすんじゃねぇよ!」

「だから、知らねぇって言ってんだろ!覚悟とか、そんなん糞食らえだ!家族なら、一緒にいるのが普通だろう!!誰かの為に命を賭けるとかじゃなくて、一緒に生きていくのが家族だろ!!」


ごろごろと転がって、全身が土だらけになる。

口に土も入ったのか、じゃりじゃりと音がするが、もうそんな事も気にしていられない。


「大体、お前は勇者だろ!どうするつもりだ!レイに味方して向こうの世界を捨てるのか!?それとも、レイを止めるのか!?レイが向こうの世界に行かなければ、どの道この世界は終わりなんだぞ!」


アイザックに一発大きく殴られた後、隙を見つけて転がり、再びイラが上のポジションを取る。そして、アイザックの襟を掴むと、そのまま持ち上げ、自分と目線を強制的に合わせた。


「俺はずっと、ずっと失ってきた。その俺がやっとの思いで手に入れたモン家族を奪われるくらいなら、世界なんて捨ててやる。俺は……俺は、世界とかそんな曖昧な物よりも自分の大切な人を守りたいよ。例え、そのせいで他人が何人死のうとも」


アイザックは目を見開いてイラを見つめる。

イラはそんなこと気にせず、背筋を思いっきり反った。アイザックがまさか、と思うがもう遅い。


「こっちはもう覚悟決まってんだ!!グダグダ言ってないで、さっさと親父の居場所を教えやがれぇ!」


フルに力を込めた頭突きを喰らい、アイザックは地面に倒れ伏した。









「こちらの世界からあちらの世界に行くには、儀式が必要だ。その儀式はあと6時間後に行われ、その後に一瞬だけ異世界への門が開く。その儀式の場所というのが、ココだ」


庭に広げた地図の上に丸を付けるアイザック。

その場所に、イラとシウは顔を見合わせた。


「まぁまぁ距離があるな……」

「あぁ。車で飛ばしても余裕で間に合わない。諦めるか?」

「冗談。私が飛ばせば間に合う」


シウは唇の端を舐めながら笑った。

正直、マナの量も時間もギリギリだが、諦めるつもりは毛頭ない。


「イラ、シウ。すまんが、俺は行けない。まだ後始末が色々と残っている。…………本当は、俺もお前らを止めなきゃいけない立場だったんだろうが、やっぱり皆で帰ってこれるならそれが一番だからな。つーか、俺にお前らは止められなかったわ。レイに会ったら謝っといてくれ」

「ああ!ちゃんと伝えておくよ。ボコボコに殴ってくれたって」

「きちんとお前も殴りまくったっていう事も伝えてくれることを祈るよ」


イラは気が向いたらな、と笑って。

アイザックはやれやれと肩を竦めた。


「じゃあ、行ってくる」


イラはシウに掴まりながら、右の拳を差し出した。


「任せた」


アイザックはその拳に自分の拳を近づけ、2人の拳がコツン、と当たった瞬間、2人の姿が掻き消えた。


「……どうか、3人で無事に帰ってきてくれよ」


そんなアイザックの呟きは、風に乗って何処かへ消えた。




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