第3話 暴露
レイモンド・カヴァーディル。
王家に仕えるカヴァーディル家の次男。
哀れな生贄。
それがよく彼を表す言葉達だった。
それが今やどうだ。
ただ、商店街に買い物に来ただけで、
「あらぁ、お父さん!お肉が安くなってるよ!!」
「お父さん!子供達にお菓子オマケにつけるから、野菜買ってってよ!」
お父さん。
あの子達を拾って半年と少し経った頃、その単語がレイモンドの呼び名に加わった。
その言葉を聞くたびに、レイモンドの口の端がひくひくと動く。
まず、断じて自分はお父さんなどになった覚えはない。
まだ自分は25歳。子供達と呼ばれるあの子達は10歳だ。
自分は一体何歳であの子達の父になったと思われているのか。R-18規制がかかるぞと言いたい。
しかも、ちゃんとお父さんと言われる度に否定している。なのに、商店街の人たちは全くその言葉を聞いちゃいない。
「あの、自分はあの子達の父親ではないんですが……」
「ああ、そうなの!お父さん、このニンジンが今日は安いよ!嫌いな子供もいるけど、今のうちに矯正していかないと!!」
「いや、だから、あの……血の繋がりはないわけで」
「お父さん、ダメだよそんなこと言っちゃ!血の繋がりなんて些細なものさ!」
「おーい、お父さん!こっちの品も見てってくれ!」
こんな会話は日常茶飯事だ。
なぜ商魂逞しい人間というのは、人の話を聞いてくれないんだろうか。
大体、彼らの態度の変わりようにもビックリだ。
自分はあの子達を拾う前は、恥ずかしながらそれはそれは自堕落な生活をしていた。
頻繁に賭場と酒場に出かけては無節制に金を落とし、女は毎晩取っ替え引っ替え。
一応仕事はこなしていたが、誰も文句を言えないことをいいことに、家の金を使いまくっていた。
だから、町の人々が皮肉を込めてカヴァーディル家の馬鹿息子と噂しているのも自分は知っていたし、気にも留めてなかったのに、最近は勝手に色々な世話を焼かれてしまう。
だというのに、女性を少しお茶に誘っただけで、
「あらぁ、ダメですよぉ。子供達が家で待っているんでしょう?私も流石に子持ちとは、ちょっとねぇ」
やんわりとお断りされる毎日だ。
私は子持ちじゃない!そう訴えても、女性は流すばかりで、相手にもしてくれなかった。
レイモンドは自分で言うのも何だが、そこそこ美形の部類に入るはずだ。
事実、子持ちの父親という名称が広まる前は女性の方から寄ってきていたのに。
ふぅ、とため息を吐いて両手一杯の紙袋を抱えてトボトボと歩く。
(こんなことなら、アイザックの言う通りメイドを雇っておくんだった……)
一応、お飾りではあるものの、爵位も持ってる自分が何故買い出しなんぞをしているのか。
周りが微笑ましい、温い目でこちらを見てくるのが、どうもむず痒い。
その視線から逃れたくて、レイモンドは足早に自分の車へと戻っていった。
「お帰りぃ、お父さん〜!」
両手いっぱいの食料を片付けてから執務室に戻れば、アイザックが我が物顔でソファに座りながら、手を挙げた。
「だ・れ・がお父さんだ」
そんなアイザックの頭を一発殴ってから、レイモンドは自分のデスクに座る。
「レイ!帰った!?」
仕事を終わらせてしまおうと書類を手に取ったところで、また乱入者が現れた。
「イラ!ノックをしろと言っているだろう!」
「ごめん!今日、ご飯、いつ!?」
イラはまだ少し辿々しいながらも単語を並べて尋ねる。あの痛々しかった包帯は取れ、今残るのは左眼の眼帯だけになっていた。
「今日は19時頃になる予定だが……」
「シウちゃんと外、行けるか?」
ひょこ、とイラの後ろから顔を出すのはシウ。
黒髪に、黒い瞳。まるで夜のような色彩を纏った彼女は、イラがあの時一生懸命庇っていた少女だ。全然似てないが、イラの妹らしい。
「いいぞ。ただ、森には行くなよ。庭までだ」
「はーい!」
元気よく返事をすると、イラとシウは子どもらしく外に駆けていった。
ドタドタドタという足音が遠ざかるのを聞いてから、アイザックが口を開く。
「随分と喋れるようになったな」
「あぁ。まだ時々危ないが、こちらが言っていることは大体伝わる」
「子どもは飲み込みが早いねぇ」
アイザックが言えば、レイモンドは書類に目を落としながら答えた。
「どちらかというと、喋りはイラの方が達者だが、こちらの言うことを理解するのはシウの方が得意だな」
「へぇ、よく見てるじゃないか」
「見ざるを得んだろう」
イラが勇者という立場である以上、目を離すことはできない。
「でも、まだ気付かれてはいないんだろう?」
「……イラもシウも、左眼の紋章については何も知らないとは言っていたが、それを信じるほど私は馬鹿じゃない」
「腹を割って話す気はないのか?」
「最初に言っただろう。使命を知らないなら、知らないままでいいと」
レイモンドはペン先に力を込める。
そうだ、知らないままでいいのだ。
知らなければ、少なくとも後少しは今のまま暮らしていけるし、あの子たちはずっと平凡な子どもでいられるだろう。
進みはしないが、後退もしない。
今の現状に不満がないのなら、それでいいではないか。
「…………俺も最初はそれでいいと思っていたが、今のままで本当に家族になれるのか?」
「質問からして間違っているぞ。私はあの子達と家族になるつもりなどない。私は時が来るまで、あの子達を手元に置いておけばいいだけだ」
そうか、と呟いたきりアイザックは何も言わなかった。暫くはレイモンドがペンを走らせる音だけが響く。
暇になってきたアイザックは眼下に視線を落とし、そこで気付いた。
「これは……?」
テーブルの上に積み重なるように置いてある冊子。中を開けば、そこには幼い子ども用の問題が載っていた。
「ああ。それは簡単な問題集だ。あの2人は孤児だったようで、特にイラは簡単な計算すら知らなかったからな。多少は知っておいた方が良いだろう」
至極まじめに答えるレイモンドに、無自覚か、とアイザックは内心突っ込んだ。
何が手元に置いておけばいいだ。面倒を見る気満々ではないか。
クックック、と喉の奥で笑う。
レイモンドが何か可笑しなものを見る目で見てきているが、そんなものは気にしない。
アイザックは立ち上がり、部屋のドアに手を掛けながら言った。
「さっきの言葉を訂正するよ、レイ。きっとお前達は良い家族になれるぜ」
扉を閉める直前に見えた、何を言っているんだと言わんばかりに目を丸くするレイモンドの姿に、アイザックは肩を震わせながら部屋を後にした。
その日の夜、真夜中にレイモンドは目が覚めた。廊下に人の気配がした為だ。
トテトテトテ、と歩く足音を辿っていけば、台所へと行き着いた。
「こんな時間に何をしてる」
背後から話しかければ、イラはビクッと肩を震わせながら振り向き、レイモンドの姿を確認すると肩の力を抜いた。
「水、飲もうと思った」
「喉が渇いたのか。私にも一杯頼む」
イラは頷くと、もう一つグラスを用意して水を注ぎ、それをレイモンドに手渡した。
「ありがとう」
頭を撫でてやれば、イラは嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔を見て、ふと、昼間アイザックが言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。
“家族”
それは、きっとレイモンドが喉から手が出る程切望していたものだ。
ピタリ、と撫でる手を止める。
不意に止まった手に、イラは不思議そうにレイモンドを見つめた。
「なぁ、イラ。お前は、私に何も聞かないのか」
それは、勝手に口をついて出た言葉だった。
ハッと口を押さえるレイモンドだが、もう遅い。イラはしっかりと聞いていたし、意味を理解していた。
だから、イラは口を開いた。
ずっと溜め込んでいた思いを、吐き出すために。
「レイは、どうして俺を殺さなかった?」
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