暴君勇者の(敵側の)世界救済譚 〜俺は勇者じゃありません〜

@sorai7

第1話 出会い



ペチペチ、と10歳くらいの少年が同じ年くらいの少女の頬を叩く。

少女は顔は顰める反応は返すものの、その顔色は真っ青で、生気はなかった。


「シウちゃん、シウちゃん……」


少年は少女の名を呼び続ける。

だが、別に名前を呼んだからといって回復するわけではなく、ただただ時間が過ぎていくだけだった。


よく見れば、少年も少女もボロボロな身体をしていた。

少女は脇腹から血が出てるし、少年の左眼には一本傷が入っている。


「治療……」


少年は辺りを見渡すが、ここは森。

近くに街がある雰囲気もない。


だが、それで諦められる少年ではなかった。


少女を背負い、ゆっくりと歩き出す。

目的地などない。

けれど、一縷の望みにかけて歩く。


本人も知らぬ何かを求めて、ただ歩いた。




******




馬を操る手に軽く力を込め、その足を進める。森の中ということで足場は悪いが、優秀な馬はスイスイと進んでくれる。


久しぶりに乗ったが、馬というのは賢くていいな、と青年は森を見渡しながらひとりごちた。


青年の名は、レイモンド・カヴァーディル、25歳。

王家に仕えるカヴァーディル家の次男であり、世界に捧げられた哀れな生贄である。


炎のような赤髪は後ろで乱雑に纏められており、切れ長の深紫色の目がよく映える容姿をしている。さらに、適度に鍛えてある肉体も合わさり、傍目から見れば美形という部類に入るであろうことが伺える。



「おいおい〜、今日は賭場に行こうって話だっただろ〜?なんで森の見回りなんかしてるんだよぅ」



隣で馬に乗りながら、ぶつぶつ言っているのは、アイザック・テイラー。

刈り上げた緑色の髪に、榛色の目をしている。態度は軽薄だが、どこか知性を感じさせる顔立ちをしていた。


レイモンドの友人かつ部下という間柄だが、部下らしい態度は滅多に見られない。


「俺だって行きたくないさ。だが、何回か大きなマナを感知しててな。一回ならまだしも何回もだと────」

「何かがいる可能性があるってことか」


アイザックが周りを警戒するように見る。

と、その時、馬が何かに反応した。


2人が一気にそちらの方角に警戒の視線を向ける。

今のところは何も見えない。

だが、馬が反応したということは、何かしらがいる可能性があるということだ。


(小動物ならいいが……)


じっと目を凝らす。

それが、数十秒、或いは数分間続いたと思われた時、それは現れた。


ボロボロの2人の少年少女。

少女は意識もないのか、少年の背中でぐったりとしていた。


その光景に、レイモンドとアイザックは慌てて馬を降り、2人に向かって走る。


「お前、大丈夫かー!?」


アイザックがまだ少し離れたところにいる少年に声をかければ、少年は前に人がいることに今気づいたように顔を上げた。


そして、レイモンドは少年の左眼に刻まれたモノを、見た。

本来なら黒目があるであろう部分に浮かぶ朱い紋章を、見てしまった。


その瞬間。

条件反射的に、投擲用のナイフを投げていた。



「っおい!?」


咎めるような声をアイザックが発するが、もう遅い。ナイフは少年の額へと吸い込まれていき────カキン、と少年の額に出現した魔方陣によって弾かれた。


ならば、と続いてナイフを投げようとしたレイモンドの肩をアイザックが掴んだ。


「レイ、何考えてる!!子供だぞ!!」

「違う!あれはこの世界の敵だ!もう何回も、何回も見せられてきた!あの目の紋章は、私を殺す敵の証なんだ!」


レイモンドの言葉に、思わず手を緩めるアイザック。

レイモンドはその隙を狙ってアイザックを振り払い、少年に向かってその手を伸ばした。


「……死ね!」


その手から衝撃波が発せられ、それは地面を削りながら少年へと一直線に向かう。


少年は、少女をなるべく遠くに放り投げると、自身の前に先ほどよりも大きい魔方陣の盾を出現させた。


衝撃波と魔方陣がぶつかり、モウモウと土煙が立ち込める。

その土煙を目くらましにして、少年は間髪入れずにレイモンドに向かってきた。


「チィッ!」


レイモンドは先ほどと同じ衝撃波を出すが、少年はそれを左右に飛ぶことで避ける。


レイモンドは距離を縮めてくる少年に焦りを見せるが、少年はレイモンドに届く一歩手前で足を止め、その手に忍ばせていたの魔方陣から長い刀を形成し、それを振り抜いた。


「うおぉっ!」


突然伸びたリーチにレイモンドは焦るも、衝撃波を使って後ろに大きく飛ぶことで避ける。少年が悔しそうな表情をするのが見えた。


「おい、2人とも落ち着け!」

「これが落ち着いていられるか!」

『菴戊ィ縺縺ヲ繧九縺九!!』


アイザックが声を張るが、お互いに止まれない。少年に至っては、発する言語すら違い、意思疎通も不可能だ。


2人は、獣のように唸りながら殺し合う。

まるで、100年前からの敵だというように。

まるで、親の仇を取るかのような殺意を持って。


だが、子供と大人。

負傷した者と十分な体力を持つ者。

勝敗がどちらに傾くかなど、神でなくとも分かった。


レイモンドの衝撃波を纏った拳が子供の腹を撃ち抜く。

ギリギリ盾を展開していたようだが、急拵えの盾では威力を殺すことはできても、防ぐことはできなかったようだ。


遥か後方へと飛ばされる少年。

小さな身体は面白いくらいに跳ね、それを数回繰り返し、止まった。


うつ伏せになった状態でピクリとも動かない少年を見て、レイモンドはゆっくりとその少年の元へと歩き出した。


トドメを刺すために。


「いい加減にしろ、レイモンド!」

「くどいぞ、アイザック。お前は俺の部下だ、弁えろ」


アイザックが腕を両手で抱え込むように掴んでくるが、レイモンドはそれを乱暴に振り払い、歩みを進めた。


そして、少年の前まで辿り着いた。


(頭だ、頭を潰そう)


そう思い、レイモンドは少年の頭に掌を向ける。この距離なら外さないし、確実に殺せる。


今、こいつを殺せば私は────と、手に力を込めた時だった。


ピクリ、と少年の指が動く。

ビク、とレイモンドは肩を跳ねさせたが、少年はもう立つこともできないのか、ずりずりとほふく前進のようにしながら、レイモンドとは別の方向に進んでいく。


この期に及んで逃げるつもりか?とレイモンドが眉を顰めるが、それは違った。


少年が向かったのは、先程放り投げた少女の方。

ズリズリズリズリと芋虫のようにみっともなく這いずり寄って、漸く少女の前に着くと、震える足に力を入れて立ち上がった。


「…………は。そんな、立つこともままならない状態で、守る気か?」


言葉が通じないと分かっていながらも、レイモンドは聞いていた。


まるで生まれたての子鹿のように笑っている少年の足。もう能力を使うこともできないのか、ただ立ち上がり、レイモンドを睨みつけるしか出来ない。


だが、強い眼だった。

命をかける覚悟を決めた、鋭い眼だった。

子供がしてはいけない眼だった。


暫くその目と睨み合っていたレイモンドは、不意にその手を降ろす。

それを見て、少年の顔が不思議そうなものに変わる。


「分かった。お前を殺すのは、今は保留にしてやる」


レイモンドの言葉が通じた訳ではないだろうが、敵意がなくなったのは分かったのだろう。少年は限界が来ていたようで、前へと倒れ込んだ。


それをアイザックが受け止める。

そして、少年を丁寧に抱きかかえると、レイモンドを見た。


「…………良いんだな?」

「ふん。さんざん止めてたくせに、よく言う」


レイモンドもまた意識を失っている少女を抱きかかえながら、言った。


「我々の敵であるがこの世界に落ちてきているなら、このままにしておく方が得策だと考えただけだ。殺して、また新しい勇者が誕生されたら叶わん」

「なら、育てるのか?」

「先ずは医者だろう。育てるかどうかは、まだ分からん」


ふぅん、とアイザックはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべた。


「何だ、その顔は」

「別にぃ。あの広くて寂しいお屋敷が、賑やかになるといいなーって思ってな」

「黙れ」


蹴りを入れれば、アイザックはいやん、と巫山戯た声を挙げた。


そう、この少年少女も、レイモンドも、もしかしたらアイザックすらも思っていなかっただろう。

この少年少女とレイモンドが家族になるとは、今この時点ではこの場の誰も思っていなかったし、知る由もなかったのだ。

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