“普通の幸せ”を欲したけれど、捨てられたので“特別な幸せ”を手に入れることに決めました!
三月べに
第1話 ただ普通の幸せが欲しかった。
普通の幸せが欲しかった。
普通の家庭に生まれ、血の繋がった両親から愛情をもらって、何不自由なく育つ。
そんな普通が、欲しい。
来世はどうかお願いします、と祈ったほど。
ただそう願った前世のことを思い出したのは、実の両親に捨てられたあとだった。
森に連れて来られ、そのまま「アンタは要らない」とその一言とともに残して、去ってしまったのだ。
愛されていなかったことや、捨てられたことに、絶望が大きすぎて、涙すら溢れてこなかった。
思い返せば、物心ついた頃から、冷たくされていた。
私と歳の離れていない妹が生まれ、彼女の世話が忙しかっただけだと思いたかったのだろう。愛情は私ではなく、妹にただ注がれていただなんて。幼い自分には、あまりにも残酷すぎて、思いもしなかったのだ。
私は髪すら切ってもらえなくなり、うっすら紫色に艶めく白銀の長い髪を、自分で大人しくブラシでとかす日々だった。
妹の方は、曇りっ気のない純白の髪。それを毎日ブラシでとかしてもらい、三つ編みをしてもらうのが妹の朝の日課だった。羨ましいと思ったこともあり、母親に頼んだが、忙しいという理由で断られてしまい、それ以来頼まなくなったのだ。
父親は仕事から帰ると真っ先に妹を抱き上げては、抱き締める。私もと腕を広げても、見えていないように扱われた。
妹はとても社交的な性格で、周りから愛されるような女の子。
でも私は内気で物静かで、ぽつりと一人にされてしまう女の子だった。
そんな違いのある姉を、疎ましく思っていたのだろうか。
最後に見た妹の顔は、どこか優越感に浸った笑みを浮かべていた。
捨てた両親には、確かに私へ対しての情なんてものはなかったのだ。
普通の幸せが欲しかった。
ただ愛し合った両親がいて、そして愛情を注いで育ててくれる。
そんな普通で当たり前だと思う幸せが欲しかったのに。
愛情を注いでもらえるどころか、捨てられてしまうなんて。
悲しかった。それでも、やはり涙は込み上がらない。
前世の記憶はあやふやで、ただきっと両親が揃っていなかったことだけは、願いの内容で推測出来た。来世で思い出すほどだもの。
よかった。前世を思い出して。
だってただの子どもでは、生き残れない。
前世の地球と違って、この世界は魔物が彷徨くような危険。
きっと両親は、それを期待して捨てたのだろう。周りには、森に消えたっきり帰らなくなった、とでも言うのだろうか。
あれ。
でも。
生き残るべきなのだろうか?
来世で思い出すほど、強く願った“普通の幸せ”を手に入れられなかった私は、今世を生きたいのか。愛情をもらえず、ただゴミのように捨てられた“今の私”に執着する理由なんて、ない。
何もないじゃないか。
前世には、あったのだろうか。でも思い出せない。けれど、生きていけたのだ。あったに違いない。自分であることを誇りに思う、何かが。
生きたい理由すらないと自覚してしまうと、すごく厄介なもので、動けなくなってしまった。
ずっと捨てられた場所から動かずに座り込んでいた私は、地面に倒れ込む。腰よりも長く伸びた髪は、ふんわりと背に落ちる。
飢え死にが先か、魔物に噛み殺されるが先か。
どちらも嫌だ。けれども、指の一本すら動かす気力がない。
もう森は、暗くなってきた。ずっと見ていたから、暗闇には慣れた。
魔物が出てくるかもしれない森の中だ。怖いと思うはずなのに、感情は麻痺してしまったかのように、何も感じない。
このまま目を閉じたら、生まれ変わらないだろうか。
なんて、思って、瞼を閉じた。
今度こそ、愛情を注いでくれる両親の元に。
そう願っても、叶わなかったじゃないか。
私は来世を期待することも出来ず、ただズキッと胸に痛みを感じた。
「……?」
光が見えた気がして、私は瞼を開く。
そんなわけがない。もう夜だ。明かりなんて、どこにもない。
そう思ったけれど、目の前にふわりっと白く光るものが落ちてきた。
ほんのりとペリドットのオリーブグリーン色に艶めく白い羽根。
私は起き上がり、それを手にした。
顔を上げても、星空があるだけ。
ああ、綺麗な星空だ。隙間なく埋め尽くそうとした星が控え目に瞬く。
それから、羽根の主を探して、視線を動かせば、同じ光を見付ける。
バサッと白い輝きを放つ翼を羽ばたかせて、飛び去る巨大な生き物。
すぐに森の木々で見えなくなってしまったけれど、私は羽根を手にしたまま、立ち上がって追いかけた。
ーーーーーーあ、私、動いてる。
すぐによろけて、今まで動けなかったことを思い出した。まるで魔法が解けたような軽さを覚えながら、ただ追いかける。さっきの巨大な生き物を追って、どうしたかったのか。それはわからない。
けれども、やっと動き始めた私は、ただ、その目標を握り締めた。
一つ、また一つと、同じ羽根が舞い落ちてきたから拾って、そのまま暗い森を進んだ。
ここがどこなのかは、全くわかっていない。行く宛もないから、どうでもよかった。
ただ、この光を追い続けたのだ。
しばらくして、急に丘が現れて、息を切らしながら登る。
朝から何も食べていない女の子の身体では、きつかったけれど、私はようやく目標に追いついた。
丘のてっぺんに翼を休ませていたのはーーーーーードラゴンだったのだ。
それは闇夜に美しく光る月の光のような優しい輝きを放つ生き物。
翼は天使のようで、左右に大きなものと下に小さめなものがある。
頭に長い羽根が髪のようにあって、これもオリーブグリーンに艶めいていた。蜥蜴のような長い尻尾が伸びていて、目で辿っていくと、くるりと先が曲がる。
ポロリ。
何かが落ちたことに気付いて、視線を落とせば、自分が泣いていることに気付いた。
絶望が押し寄せて、悲しみが溢れ出す。
美しいドラゴンを見ていたいのに、私は嗚咽をもらして、泣いた。
「ふえっ……うわぁああっ!」
今までの辛さを吐き出すかのように、泣き崩れる。
そんな私をただ静かに、ペリドットの瞳を持つドラゴンは見つめていた。
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