第91話 腕輪を壊した美少女は、僕を充電器扱いする




 朝礼前、僕は話が切れたタイミングを狙って聞く。


「彩香さん、もし僕がさ、彩香さんに告白したらどうする?」

「え? なに、私に告白する予定でもあるの?」

「いや、なんとなく聞いただけ」


 努めて平静を装い、しかしココロの中は敢えて隠さず、ただ、彩香さんが告白されたらどんな反応をするんだろうか、と考えておく。

 心理の逆を突く作戦。ただの好奇心から聞いたのだと思わせるためのブラフだ。


 彩香さんは訝しげに僕を見て、それから言った。


「さぁ? 柚の告白によるんじゃない? それと、安全圏からの告白ってフラれる確率八割増しらしいよ」

「へ、へぇ、そうなんだ」

「好きな人からの告白でも、そういう告白されると萎えるらしいし。私の場合は、その人を虐めたいっていう気持ちがあるから気づかないフリするけど」

「堂々とヤンデレ宣言したよね?」

「うん、きっとその人なら軽く流してくれるだろうし」


 高度な腹の探り合い――なんてわけでもないが、格好つけたい僕はふぅとため息を一つ、ここは撤退か、なんてココロの中で思ってみる。

 ちょっと厨二病が過ぎて自分でも痛かったので前言撤回、もう一度ため息。


 ため息ばかりつく僕に疑問を持ったのだろう、彩香さんが呆れた視線をよこしてくる。


「何やってるの?」

「いや、ココロと体がかみ合ってないだけ」

「告白したいのに、口は動かないみたいな?」

「っ――かもね。彩香さん好きです、付き合ってください。みたいに言おうとしてるのかもよ?」

「じゃあ、準備が整ったら言ってね」


 これだけ攻撃したというのに、彩香さんは平然とそう受け流し、別な話題を僕に振る。ダメだ、全く告白できる気がしない。

 できたとして、成功するようにも思えない。


 期待や不安でドクドクと跳ねる心臓を押さえ、僕は彩香さんが始めた話に乗っかった。


「柚はクリスマスの予定はあるの?」

「ん~ないよ。どこか行く?」

「ん、行きたい。去年みたいにショッピングモールでもいいし……家、でもいいし」


 長い袖を少しまくり、熱の籠もった腕を外気にさらしながら会話していると、何を妄想したのか、彩香さんは頬を赤くしてそう言った。

 家、か。まさかそのままお泊まりとか!? それで顔が赤くなったのか!?


「妄想してない! ただっ……柚がブレスレット、つけてるから嬉しくて……」


 怒ったように言う彩香さんの視線は、確かに僕のブレスレットへと向けられていた。


「あぁ、これね。いつもジャージ着てるから見えないかもだけど、かなり頻繁につけてるよ? お気に入りだから」

「そう? ありがと。えへへ……」

「そんな彩香さんは? ブレスレットつけてるの?」

「い、今はつけないけど、普段はつけてて――……」


 僕は紳士であり、彩香さん専属の友人でもある。だから彩香さんの顔に影が落ちたのを見逃さない。

 なんとなく察しがついた。


「なくしちゃった?」

「あ――んん、実は洗濯機に入れちゃって、ボロボロになって……ちぎれちゃって。ごめん、おそろいだったのに……」

「いいよ、彩香さんのプレゼントだし」


 革製のブレスレットは間違って洗濯すると繊維が解けてボロボロになってしまうから油断禁物である。

 彩香さんは申し訳なさそうに肩を小さくした。


 彩香さんでもそんなヘマをするんだな。と思って、笑いながら提案した。


「じゃあ買いに行く? せっかくのお揃いだしさ。なくすのはもったいないじゃん」

「いいの?」

「もちろん。そのついでにダーツもいくらか」

「んっ、やるっ」


 彩香さんはぱぁっと顔を輝かせて頷いた。

 可愛かったので頭に手を伸ばし、髪に手を通す。サラサラでひんやりした髪の毛は撫でていて気持ちよかった。

 彩香さんはちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめて目を伏し、それから嬉しそうな顔で僕が撫でやすいよう、僕の机に突っ伏す。


「んへへ……柚の手、好き」

「僕は彩香さんの髪の毛が好き」


 撫でながら、僕は思った。

 この関係が終わってしまうかもしれないなら、告白なんてするもんじゃない、と。

 こうやって曖昧に、『好き』を言葉の合間に溶かしているだけで、十分幸せなのだと。そう自分に言い聞かせた。



 *



 お昼ご飯の後の昼休み。僕らは向かい合って机をくっつけたまま、お喋りをしていた。

 そして彩香さんが突然主張する。


「柚、最近甘いのが足りないと思わない?」

「——思わない」

「私は思う。だから柚とぎゅーってしたい」

「彩香さん、TPOって知ってる?」

「トッポ? 私はプリッツ派なんだけど」

「違う。タイム・プレイス・オケーション、つまり時と場と状況をわきまえようぜって意味。分かる?」

「分かった。じゃあ甘える」

「——僕、本気で抵抗するから」


 ぜってぇ分かってねぇだろこの野郎。

 そうツッコミながら、僕はファイティングポーズをとって言う。別に殴るつもりはなく、ただ僕の本気度を彩香さんに分からせたかったのと、格好つけたかっただけだ。

 すると彩香さんはその場にしゃがんで姿を隠した。


 いじけちゃったかな? と首を傾げると、突然、何かに膝を触られた。――いや、『何か』なんて代名詞を用いなくても答えはすぐ分かる。彩香さんだ。


 反射で足をばたつかせようとすると、先回りするように彩香さんが言う。


「女子の顔、足で蹴るなんてことはしないよね?」

「っ――ひ、卑怯だ!」

「卑怯を叫ぶのは、己の愚鈍さを肯定せずに全ての罪科を他者に転嫁する愚者のみである」

「でもこの体勢は流石にっ――」

「じゃあ、さっさと椅子を後ろに引いて?」


 僕の足に手をついた彩香さんは、ぴょこん、と机の下から顔を出して首を傾げた。まるで会社シュチュのエロ漫画で有能美人上司が自分の机に潜って真っ昼間から――


「変態? 私、この状況でも普通に裁判して勝つ自信あるけど」

「いや、流石にそれはムリでしょ」


 男尊女卑の時代は過ぎ去り、男女平等の時代へとなった――わけでもなく、シーソーのようにぎっこんばったん、男卑女尊の時代となってしまったが、流石に、この状況なら僕が告訴されても負けることはない……はず、だ。


「もちろん、慰謝料は柚の人生全部。一生私のために尽くすの」

「なんだよそれ……はいはい、降参降参。お好きにどうぞ」


 椅子を引いて彼女が膝に上がれるようにすれば、彼女はご満悦の様子、ニコニコ笑って僕の体をよじ登り、膝の上に乗った。

 そのまま僕のシャツを握り、僕の体に顔を埋める。


 すーはーすーはー、いつも通りの深呼吸。


 足に感じるのはやはり柔らかい感触。この感触にはどうしても慣れない。だって男の性をくすぐるものなのだから。

 大きく深呼吸、起き上がろうとする息子を宥め、ただ、目の前の彩香さんに対して愛のみ持つ。そこに性欲や肉欲を求めない。


 ココロを読まれて、彩香さんにいじられる。


「なに考えてんの? このチェリーボーイ、へんた~い」

「ちぇ、チェリボーイって! 彩香さんだって処女だろ!」

「だからなに? そのうち私は処女じゃなくなるから」

「っ――そりゃ僕だって!」


 チクッと、別に彩香さんに睨まれたわけでもないのに胸が痛んだ。それをかき消すように僕は叫んで彩香さんに返す。

 僕の膝の上で座り場所を調整していた彩香さんは肩をそびやかして笑った。


 突然、僕は告白しようと思った。今がチャンス。耳元で囁けば誰にも聞かれないから大丈夫だ。

 そう、僕は思った。


「あ、彩香さん――……」

「なに?」

「――……す……す、好き……だねぇ~! 僕の膝の上座るの、全然飽きないねぇ~!?」


 好きと言っておきながら、でも結局僕は逃げた。

 バカみたいに尻上がりな声で逃げて逃げて逃げて、彩香さんが僕の前言を、好き、と呟いた僕の言葉の意味を追ってこなく所まで逃げてごまかした。


 すると彩香さんは不満げな顔をして、む〜と唸り、突然、動く。


「ふぎょっ」

「ん~! 言わないなら言わないで変な期待させるなばかっ」

ひょっちょっははひへはなしてっ!」


 ぐいっと、口の中に人差し指を二本突っ込まれて、痛いほど横に引っ張られる。というか痛い。

 ほら、歯医者で矯正するときに写真を撮るだろ? そのときに口の中にプラスチックを突っ込まれて横に引っ張られる感じ。


 噛むよ! と脅迫すると彼女はニコニコ笑って、挑戦的な目を僕に向けた。

 そしてのんきに話を続ける。


「柚って矯正したことあるの?」


 口に指を突っ込んだまま問いかけないでくれ。答えられないじゃないか。

 そう最初にココロの中で文句、その次にうん、中学生の頃に、と答える。すると彩香さんは僕の口の中を覗き込み、ふぅ~んと唸った。


 正直、お昼ご飯直後なのでやめて欲しい。口臭も気になるし、食べかすも気になる。ガムを噛んどけば良かったと、お昼休み後は歯磨きするように習慣づければ良かったと、後悔をする。


 すると、彩香さんが僕の口に顔を寄せた。

 くすぐったいし、本当にやめてほしい。これで臭かったらどうするんだ。もし彩香さんが僕を嫌いになったらどうしてくれるんだ! と。


「ん~枝豆の匂いがする。あとは卵焼き」

「っ――!」


 耐えきれなくなって彩香さんの手首を掴み無理矢理に口から指を抜かせる。

 押さえられていたところを舌でなぞってみると、人の手の独特の変な味がした。彩香さんの味ということで不快感はないが、この味は好きではない。


 彩香さんは僕の唾液で濡れた指を見て、僕をジト目で見た。


「ねぇ柚、手、汚れたんだけど」

「どっからどう見ても自業自得でしょ」

「ん~舐め取って。綺麗にして」


 その発言、ゴミ箱に手を突っ込んで汚れたから、ゴミ箱にもう一度手を突っ込んで綺麗にしよう、という矛盾した発言と一緒だぞ?

 僕はそう、ココロの中でツッコミ、いや人の口をゴミ箱に例えるなよ、と自分でノリツッコミもした。悲しい一人芝居だ。


「――……自分で舐め取れば?」


 僕の唇に指を当ててきた彩香さんにそう返せば、彼女は自分の指を見つめ直し、そっか、と呟く。

 そして僕の首元に抱きついたかと思えば、ふふっと首筋に息を吹きかけた。ビックリして身体が跳ねてしまう。


「な、なに?」

「なんでもない。手、洗いに行ったら柚の膝乗れなくなっちゃうから、その前に充電」

「――……三分。三分だけ時間あげる」

「そ、ありがと」


 言いつつ、彼女は動こうとしない。

 どうしたの? と僕が聞こうとすると、彼女が先に言う。

 ちょっと膨れた、言い訳じみた彼女の声。


「充電って言った。トイレ行くまでのエネルギーが足りない。あと、こうしないと、柚に見られちゃうから」


 彩香さんは何かを口に含んだかのように、少しくぐもった声で、そう言って笑った。


 そのあと、首筋にキスをされたのは面白みのない余談である。








PS:お話も途中ですが、私情で休業します。ブックマークと♡、お星様を宜しくお願いします。

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