第82話 バスケが強い美少女は、僕の湿布を剥がしたい
金曜日。体育の授業。という名の自由時間。
全ての単元をそれぞれたったの三時間で終わらせた僕らの体育教師は、お好きに体を動かしてください、というなんとも神がかった指示をしてくれた。
なので一人で鬼ごっこをしているヤツもいるし、隅で勉強しているヤツもいるし、バレーネットで卓球をやっているヤツもいる。
自由時間なので勉強をしたい気もあるが、せっかく体を動かせる機会なので彩香さんと遊ぶことにした。
そして今、彩香さんと一対一で向かい合って、ボールを床にたたきつけて彩香さんを抜く機会をうかがっている。
バスケ、と一言でルールの説明がつく、とてもシンプルなゲームだ。
だがこのゲーム、簡易なルール説明とは反対にとても奥深いものがある。
世の中には白玉のような綺麗な足、さらさらで艶やかな髪、肺をそれで満たすと幸せになる匂いなど、いろいろな素晴らしいものがあるが、視覚的なものにおいて、チラ見えという現象ほど眼福なものはない。
普段見えないところ、例えば下着やスカートの裏生地、背中やおへそや脇なんかがチラ見えするというのは、筆舌にし難い素晴らしさがある。
そしてこのバスケ。このゲームはボールをどれだけ多くの回数リングの中に投げ入れるかというゲームだと勘違いしている輩がこの世の中には多くいる。
しかし違う。このゲームは、どれだけの回数相手の脇チラのチャンスを逃さずキャッチするか、というところに真の勝負がある。
今回、彩香さんはちゃんと体操着をズボンの中に入れているのでヘソチラはない。僕はこれが不満だ。
「変態!」
「うわっ! ちょっ! 人がドリブルしてんのにそれを掻っ攫うヤツがあるか!」
「いや、そういうゲームだから」
僕のココロを読んでいたのだろう。顔を真っ赤にした彩香さんが叫びなら、僕がドリブルしていたボールを一瞬のうちに奪う。
そしてあまりの速さに驚いた僕の抗議を、一転して呆れた様子で一蹴し、ボールを床につきながら僕と位置を交換した。
「――……柚のせいでうかつにシュート打てないじゃん」
あ、気付かれた。と僕はココロの中で呟く。
彩香さんにジト目で睨まれて心臓が痛むが、もうこの痛みにも慣れて——ぐっ、いきなり強くしないでよ!
ココロで叫ぶと、彩香さんはぷいっと顔を背けてしまった。
そう、脇チラは特にシュート時に発生するものだ。その原理は説明するまでもない。
ちなみに首元からの下着チラは相手が低い体勢でドリブルしたときに発生する。だがこれはかなりの低確率だ。未だ僕は成功したことはない。
「変態。……まぁ、いっか。柚なら見られても……。恥ずかしいけど……」
彩香さんはぼそぼそとそうを呟き、素早いモーションでバックステップを踏み、そのままシュートした。それがトラベリングだとは、バスケというゲームに詳しくない僕にはわからなかった。
それよりも僕が気にしたのは反応が遅れてしまったせいでせっかくの脇チラチャンスを逃してしまったこと。
後ろの方でネットが揺れる音がしたが、彩香さんのシュートの成功不成功には全く興味がない。ただ、チャンスを逃したことを惜しく思うだけだ。
「あぁ……」
「いや、残念がるところが――……。柚さ、私だから許してるけど他の女の子にそんなキモいことしちゃダメだからね?」
「彩香さんっ、怒るよ!?」
「は? いきなりなんで逆ギレするわけ?」
「あったり前じゃん! 彩香さんは好きでもない人の体に興味あるわけ!?」
僕は言いつつ腕を組む。全く心外だ。
僕は不特定多数のチラ見えに興味があるような変態じゃない。
確かに性欲が絡めば話は別だろうが、目の保養となる『チラ見え』においてなら僕は彩香さん以外は興味ない。逆に彩香さんならなんでも興味がある。
そうぷんすか怒っていて、ふと自分の思考が彩香さんにダダ漏れな事に、彩香さんの赤い顔を見て気がついた。
目が合うと、彼女は赤い頬をパチンと叩き、そこから意地悪そうな笑みを浮かべる。
「そうだね、ごめん柚。私も、柚以外の人なんて興味ない」
「っ――前言撤回! 終わりにしよう!」
「ヤダ。柚ともっと戯れたい」
「いや、遊びを終わりにしようって訳じゃなくて! というか彩香さんバスケ強すぎでしょ! さっきからずっと彩香さんがポイント稼いでるじゃん!」
「いつも亜希奈の練習相手やってるからね」
叫びつつ、上手い具合に話の逃げ道を見つけたのでそこに逃げ込む。すると彩香さんはやれやれと首を振って話に乗ってくれた。どうやら僕が逃げたことはお見通しのようだ。
床に転がるボールを叩いてバウンドさせてそれをキャッチさせた彩香さんは、それを人差し指でくるくるさせながら言う。
器用だな、と僕はそれを眺めた。
「え? 亜希奈の練習相手?」
「そ。亜希奈、バスケ部だから」
「へぇ、そうなんだ。まぁ、確かにバスケが似合いそうだね……」
だってあの瞬発力だ。誰も追いつけるわけがない。
初対面で胸ぐらを掴まれたあの日を思い出して苦笑いが浮かぶ。僕のココロを読んで思い出したのか、彩香さんも苦笑いしていた。
彩香さんはボールを回すのをやめ、僕に提案する。
「柚。勝負しよ?」
「バスケで? こんな大差ついてるのに?」
「そ。だから柚は私から五本中一本でも決めたら勝ちってルールで」
「ふむ……それ、僕に有利すぎない?」
「そう? いい勝負だと思うけど。罰ゲームは勝った方は負けた方の言うこと聞く、ね」
「彩香さんがいいならいいや。じゃあやろっか」
絶対勝ってエロいことしてやる、と案外冗談でもない目標を立て、僕は彩香さんからボールを受け取った。
結果は言うまでもなく、僕の負け。彩香さんは僕のフェイントに引っかかりはするものの、そこからの復帰時間が異様に早く、シュートしてもほぼ全てブロックされてしまった。
罰ゲームは鶏からクンを奢る、になった。
一個だけ食べさせてもらった。今思えば、あれ、爪楊枝で間接キスをしていた気がする。
と、そんな回想を夜、布団に潜ってしていて、ドキドキしている僕の心臓に気がついた。
――ヤバい、今から眠れる気がしない。
指で唇に触れる。無性に彩香さんとキスをしたくなった。
*
「で、突然何の呼び出しかと思えば……めんどくせぇな」
「お願い! どうしても彩香さんを負けさせてエロいことを――いや、彩香さんを屈服させて従順な――違うっ、彩香さんに『分からせ』して――……」
「言い換えても同じじゃねぇかよ」
「ま、まぁ、ね」
「ったく……」
その週の日曜日。僕は亜希奈と、亜希奈の家の近くの体育館に来ていた。そう、バスケの特訓である。
亜希奈は自前のバスケットボールを中指でスピンさせて――……その中指を僕に向けて、言う。
なんだか殺される未来が見えた。
「時給三百円」
「え、お金取るの!?」
「あったりめぇだろ。なんで私がお前に私の貴重な休日捧げなきゃなんねぇんだよ。てか時給三百円とかどんだけ割引されてるか分かってんのか? あぁ!?」
「ごめん……払います……」
「ったく……。で、中ねぇ――彩香ねぇは柔軟性が高いってかんじでどんな体勢でも好きなように動けるから……」
なんだその、まるでバスケ漫画のようなキャラ設定は。
ちなみに亜希奈は加速系らしい。ついでに茜さんは……と聞けば、茜さんはまるっきり素人だと返された。
なんだつまらない。バスケ最強三兄弟とかなら面白いのに。
「超能力者の時点で設定は十分だろバカ」
「いやバカはないでしょバカは!」
「るっせぇ。んで、とにかく彩香ねぇとは距離取ってシュートしなきゃ絶対にブロックされんの。私でも。
だからドリブルの練習しろ。前に踏み込むと同時に後ろに跳んでシュートしろ」
じゃんけんでグーを出してパーに勝て、と言われたような気分。不可能に近い命令に従い、僕は何度かそれを試みる。
と、いうことで僕は、亜希奈の厳しい監督の下、打倒彩香さんへの第一歩を踏み出した。
*
「彩香さん、勝負だ」
「――……あぁ、この間の? いいけど?」
その次の体育の授業。月曜日。
柔軟していた彩香さんに声を掛けると、彩香さんは上げた顔を不可解の色で染めた後、あぁ、と頷いた。
罰ゲームは勝者は敗者の言うことを何でも聞く。そうアイコンタクトで確認を取った僕らは、無言でゲームを始めた。
一本目。
僕は、前に踏み込みながら後ろに跳んでシュートするという神業が亜希奈のおかげでできるようになっていた。
ボールを床につきつつ、その機会を伺う。そして機会を伺っているうちに思考が別のベクトルへと走り出した。
勝ったら何しよう、と妄想を膨らませる。取らぬ狸の皮算用とはまさにこのことである。そしてふと思いついた。抱きしめよう。彩香さんのことぎゅってしよう。
体育倉庫での仕返しの意味もこめて、という言い訳を添えて、僕はそんなことを考えた。
でもどうやって? こんな人前で? と、理性が問いかける前に、突然に彩香さんがボワッと顔を真っ赤に染めてその場でよろめく。
現実に意識が戻った僕は、亜希奈に体で覚えさせられた通りのことをする――までもなく、その場でシュートを放つ。ボールは呆気なくリングの中を通過し、細いネットをこじ開けるようにして落ちた。
体育館の床で数度バウンドしたボールは、コロコロと転がり、いつの間にか尻餅をついていた彩香さんにぶつかり、止まる。
彩香さんに手を差し伸べて彼女を引き上げつつ、僕は呟く。
「あ、勝った……?」
「――じゃ、じゃあっ、ゆ、柚の勝ちだからっ、私、柚の言うこと何でも1つ聞かなきゃいけなくっちゃったなぁ〜」
彩香さんはうわずった声で早口に言って、ついてもないおしりの埃をパンパンと叩いて払う。
沈黙が数秒。僕は喉から声を絞り出す。
「う――……あ……彩香さん」
「な、なに?」
「えと……め、命令さ。あの……」
これは罰ゲームなんだから、抱きしめてもいいんじゃないか。
彩香さんのことぎゅーってしてもいいんじゃないか。
そう絶えず囁いている僕がいる一方で、運動後に? なにそれキモすぎる、と冷静に呟く僕がいて、僕は何も言えずに固まる。
ちなみに今は運動開始10秒後ぐらい。もちろん汗なんてかいてない。冷静な呟きは案外的外れだったりする。
だが、結局、出てきたのは中途半端にヘタレな文言だった。
いつも通りの当たり前のことを要求しただけだった。
「あのさ。今日、帰るとき……手、繋ご?」
彩香さんは落胆した顔をしたあと、ハタと何かに気がついたのか嬉しそうに笑う。
目でどうしたのか問えば、彩香さんは少し恥ずかしそうに、手の指をいじった。
「柚が自分から、言葉でちゃんと、手、繋ごうって言ってくれたの初めてだから……」
「そ、そうだっけ?」
「ん、そう。だから——」
「うわぁっ!? ちょっ、彩香さん!」
亜希奈ほどではないにしろ、僕には到底反応できない速度で彩香さんは動いた。
そして僕の肩に顎を乗せ、背中に手を回す。
僕が叫んだせいで体育館中の視線が僕らに集まるも、彩香さんは解放してくれない。
彩香さんは僕の耳元で言う。
「分かった。手、繋ごっか。でも今は、こう」
「ちょっ、まっ、ま、周りがっ!」
「これは罰。このまえ亜希奈と遊んだでしょ? 普通なら浮気だからね、それ?」
「うっ——……で、でもあれは特訓で……」
「柚は私の。私は柚の。柚、勝手にマーキング隠したらだめでしょ?」
彩香さんはようやく薄くなってきたアザのある肩に顔を埋め、そこに貼られたサロンパスを歯を立てて剥がす。
恥ずかしさに僕は何もできずに固まる。
「んへへぇ……。ノリでやったけど、見てて気分いい……」
「そ、そうだよ! 彩香さんこれっ、何つけてくれてんのさ!」
「ん〜? 茜ねぇに教わった。これが浮気防止のマーキングだって」
彩香さんは僕から離れ、サロンパスを手の中で握りつぶしつつ、無邪気な顔で笑う。
僕はココロの中で叫んだ。
あの茜のヤツ! 僕の彩香さんに変な知識吹き込みやがって!
すると彩香さんは、なぜかぽっと頬を染めて照れた。
「僕の彩香さん……えへへ……」
「なんか言った!?」
「なんにも? ねぇ柚、バスケやろ?」
彩香さんは赤い顔を振って表情を元に戻し、足元のボールをつかんでそう言う。
覆うものがなくなった肩のアザを手で抑えつつ、僕は頷いた。
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