第2部 彼女は僕から離れない
第64話 クール属性な美少女は、僕のココロを読みまくる
「彩香さん、そろそろ梅雨が明けて参りました」
「ん、それで?」
「ということで彩香さん、立ち上がって僕の前でくるりと一回転してください」
「――なんで?」
彩香さんの呆れた返事を聞いた瞬間、僕は激高するように叫んだ。今日の僕は少しテンションがおかしいようだ、と冷えたココロが呟いた。
その一方、バカな僕はなぜ分からないんだこの素晴らしさが! と若干怒りながら言う。
「だって夏服だよ! 涼しげな美少女だよ! 見たいじゃん!」
「――ウルサい。あと柚、最近私のこと可愛いとか美少女かって連呼しすぎ。そのうちデレるよ?」
言われてハッと気がつき、慌てて口をつぐむ。だからといっても口から出た言葉が戻るわけではないのだが。それに、彩香さん曰く前々から彩香さんのことを『可愛い』と言っていたそうだし――
「ココロの中でもね。ココロ読んでて柚はアホなのかなぁって思ってた。毎度のごとく、私が超能力者だってこと忘れるよね」
彩香さんの補足情報に、思わずプライベートの侵害だと彩香さんを睨みつける。だが彩香さんは肩をすくめて『さぁ?』と言うように手のひらを宙に投げた。
このまま言われっぱなしなのも癪なので、即興で思いついた言葉を返す。でも、言いたい言葉はちょっと気恥ずかしくて、どもってしまう。
そして彩香さんは全く照れなかった。
「――だ、だってホントの事じゃん……」
「へぇ、そう? 私可愛い?」
「うっ――そ、そこは照れようよ……。じゃないと僕ばっかり顔赤くなるじゃん」
「最近は甘いこといっぱいあったから。私今満たされてるの。だから半端な事じゃ照れないよ?」
彩香さんはあまり抑揚のない声でクールにそう言って僕にウインクする。その一挙一動にドキリとしつつ、脳内で彩香さんの言葉を反芻する。
甘いこと? 甘いことって一体何だ?
「甘いことはね、甘いこと。ん~――しかたない、教えて欲しい?」
「そりゃ聞いてるんだから、聞きたいに決まってるよ」
僕は彩香さんの話に身を乗り出して、もとの筋道から話をそらしてゆく。おかげで、僕の『可愛い』連呼問題はなかった事となり、からかわれる事はなくなる。
完璧だ、この策略。
そんな思考の間、彩香さんが僕に生暖かい目を向けていたなんて僕は知らない。
彩香さんは口を閉じて喉の奥で『ん~』と唸ってから、クルッと人差し指を立てた。
「昨日の保健室のお昼寝とか。幸せたっぷりで良かった。だからココロに余裕があるの」
「――やめて、その話しないで……」
僕は顔を両手で隠して俯く。と言うのも、昨日は彩香さんのスキンシップの刺激が強かったせいか、夢に出てきたのだ。それもちょっとエロくなって。
――いや、夢の内容を考えてたら彩香さんにバレちゃう。キスとかいっぱいしたなんて――ハッ!
彩香さんを見ると、彼女は僕を呆れた目で見つめていた。
「柚って学習しないね……。短期記憶のストレージが10秒分もない……」
「ノォォォッ! 忘れてっ、僕のことキモいやつって思わないで! 嫌わないで!」
「大丈夫、嫌いになんてならないから。それより夢でキスって……飢えてるの? 私とキスしたいの?」
「あ、あぅ……い、いや――この話はナシにしよう」
どうせこう頼んだところで、彩香さんは聞き入れてくれないのだろうが……。と、ココロの中でいじけていると、彩香さんは意外にも軽やかに頷いた。
「ん、分かった」
「え? いいの……?」
「ん、だって私には余裕があるもん。で、話の原点回帰しよっか。柚はさ、私のどういうところが可愛いと思うの?」
ほっとしたのも束の間、というのがここでピッタリな言葉だと僕は知っている。そして彩香さんに『仏の顔した悪魔』という称号を与えるのべきだろう、と僕は思った。
僕はこの鬼畜な彩香さんを二度見して、目を見開く。だけど彩香さんは言葉を撤回せずに首を揺らして僕を見るだけだ。
沈黙が続くと、彩香さんはもう一度言った。
「私のどこが可愛い? 言ってみて? じゃないと強制的にどんな夢見たのか覗くから」
「っ――お、脅しが過ぎるよッ!」
「さ~ん、に~ぃ、い~ち……」
「い、言うから! えとっ、まず甘えたがり屋なとこ! かまってちゃんなとこ! 天邪鬼なとこ! 時々僕をからかおうとして自爆するとこ!」
「叫ばないで。噛みしめたいからゆっくり言って? もっかい最初からね」
「そ、そんな……」
「さてと、柚はどんな夢を見たのかなぁ~」
彩香さんはチラチラッと僕に視線を投げながらにししと笑う。
こうなれば僕は彩香さんに従うしかない。
僕は思う。彩香さんは日によって性格が変わる。ツンデレだったり甘え屋だったり自爆少女だったり、今日みたいにクールだったり。どうもココロが不安定なのだろう。精神科に行くことをおすすめする。ついでに超能力も精神科で消してもらえ!
せめてもの反撃とばかりにココロの中で彩香さんを煽るも、彩香さんは軽やかに笑うのみ。ため息を一つ、僕は恥ずかしさに耐えるために目を瞑って言う。
「顔はそうだけど、それ以上にまず甘えたがり屋なところ……。ねぇ、言うの照れるんだけど」
「照れる柚もセットで楽しんでるから。で——甘え屋? うんうん、昨日とか特にね。どう? もっと甘えて欲しかった? それともやめて欲しい?
――って言っても、自分で制御できる自信はないけどね」
「……甘えてもらうのは嬉しいけど、身勝手すぎるのは困る」
「そっか、よかった。これからもいっぱい甘えるね。他には?」
え、甘えるんだ。あとそれ宣言しちゃうんだ。
彩香さんが僕をからかう風でもなく淡々と言ったのを見るに、それが本心らしい。クール彩香さんには羞恥心というものが存在しないらしい。
彩香さんは僕のココロの考察に大きく頷いた。そして顎で続きを促す。
「つ、次に天邪鬼なところ。あとクールさを装って自爆するところ」
「へぇ……ねぇ、私って結構属性広い?」
「え? 今更? まぁ、そういう鈍感な所も僕はいいと思うけど」
「――属性、もっと広げてみよっか……こほん。
柚木くんの手が好きです。暖かくて骨張ってて、握るとちょっとビックリしつつも握り返してくれるところが好きです。
柚木くんの声が好きです。柔らかくて包み込むようで、聞くと胸がはねて、でも不思議と安心します。
柚木くんの――ねぇ、これいつまでやらせるの?」
「――ごめん、好き好き言われてちょっと聞き惚れてた」
「そっか。好きだよ」
「っ——」
彩香さんは短く、そっけなくそう言って話を切った。
ドキドキしてしまった胸を服の上から抑え、深呼吸する。
彩香さんはそんな僕を流し目で見ながら満足げに口角をあげていた。
跳ねる心臓を落ち着かせるため、彩香さんから目をそらして別なことを考える。
先ほどから僕は言葉の合間に『好き好きアピール』的な何かを挟んでいるのだが、いつもならめざとく反応する彩香さんは、今日は全く反応してくれない。
しかし僕は諦めないぞ、クールな彩香さんをデレさせてやる。
そしたら僕はどんな彩香さんでもデレさせることが可能になるんだ! もう敵はいない!
そう考えていると、心臓の鼓動は少し落ち着いた。
「……ねぇ柚? さっきからココロの声聞かれてるの知ってる?」
「ハッ――な、なんてね。別に分かってて言ってるし?」
「……別に嘘つかなくたっていいじゃん」
見栄を張って嘘を言うと、彩香さんはフグみたいにぷっくりと頬を膨らませて拗ねた。
その顔が可愛くて思わず無意識に手を伸ばし、彩香さんの頬に指を触れる。すると彩香さんは自分から僕の指に頬を押しつけてぷしゅぅ、と空気を抜く。
そして僕をジト目で睨み上げ、言う。
「柚、女子のほっぺに勝手に触るなんてサイテー」
「
「そのときはすっごいオドオドしてたのに?」
「そ、それはっ、彩香さんが凄いからかってきたからでっ……今回はなんとなく可愛くて触りたいなって」
「そっか……。ねぇ柚、気づいてる?」
「な、何に?」
「ふふっ……ナイショ」
彩香さんは唇の前に人差し指を立てて片目をつむり、黒板の方に身体を戻した。
僕は知らない。知る由もない。
彩香さんが僕の言葉の数々に、逐一ドキドキしてて、それを必死に隠しながらクールを装っていただなんて。
降ろされた長い髪の毛に隠れた耳は真っ赤に染まっていて、前を向いたのもその赤い目元を隠すためだった、だなんて。
まさか、赤い顔で嬉しそうにはにかんでいるなんて。
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