第54話 班を組みたい美少女は、僕の歌をずっと歌う
「ね、柚」
彩香さんは僕を振り向いてニカッと笑った。その笑みにドキってとしてしまうのは男の性。
LHRの時間。よくわからない将来の夢とかのアンケート用紙を埋めた後に、遠足の説明をされている最中だった。
先生の話も半ばに、彩香さんはわくわくを体から振りまきつつ僕の名前を読んだ。
「なに?」
「遠足、班♪」
「……僕と組みたいの?」
「そ――っ、さ、さぁ?」
彩香さんは満面の笑みで頷きかけて、何かに気づいたのか顔を赤らめて首を傾げた。手の平を中に放り投げるように、肩をすくめて見せて、だ。
どうやら素直に認めるのが恥ずかしくていやなようだ。
僕と組みたいんだろうなぁ、と察しつつ、恥ずかしがってる彩香さんを見たいなぁ、と思いつつ――睨まれて心臓を痛める。
だけど僕はそれを無視して頬杖を突いた。
彩香さんは悲しそうな顔をしてため息をひとつ、体を前に戻す。
先生が自由に班決めしてください、と言う。やはり、ぼっちの敵である。
五人班が数組、四人班が一組だ。
「ねぇ彩香さん」
彩香さんを呼ぶと、待ちかねていたかのようにすぐさま振り返る。その顔は安心半分、不安半分。なかなか可愛いものである。
「な、なに……?」
「僕と班、組む?」
「……組んであげてもいい」
「あ、じゃあいいや。僕は彩香さんととても組みたいけど、彩香さんは僕と組みたいと思ってないんでしょ?」
「っ――そ、それでも組んであげるって――」
彩香さんは焦った顔をして言葉をつなげようとする。
邪道な僕が全面に出てきて、その言葉を途中でぶった切った。
「ん~、確かに僕はどーしても彩香さんと組みたいと思ってるよ? でも彩香さんが優しくて断れないのをいいことに無理やり、ってのは嫌いなんだ。
だからさ、僕は彩香さんの口から聞きたいな。僕と組みたい、って。だめかな?」
僕のサディスティックな面が出てしまっていた。ドS柚木、とでも名付けよう。こんな気分になるのは稀だろうけど。
彩香さんは赤い顔で僕を睨む。どこ吹く風で受け流すと、だんだんと顔を青ざめさせて、震えながらも小さな声で言った。
「ゆ、ゆずと……いっしょに、えんそくいきたい。だから――」
「うん、よろしく。彩香さん」
にっこり笑いかけて手を差し出すと、彩香さんは安堵のため息をひとつ、僕の手を握る。めちゃくちゃ強く握る。
まぁそれほど痛くもない、と僕が余裕ぶっていると彩香さんが声を荒げた。
「ばかっ、不安にさせないでばかっ、ばかばかっ! 柚は私と組みたくないのかってすごい不安になった! ほんとバカ!」
言われてココロがきゅぅっと痛くなる。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
彩香さんの不安な姿を見てるほうがプロレスラーと全力で握手するよりよっぽど苦しいんだろうな。
そうココロの中で感想をこぼすと、表情を一転、ぽっと頬を赤くした彩香さんが小さく、バカ、と呟いた。
相変わらず握られた手は悲鳴をあげていて、ミシミシと骨が軋んでた。
*
「で、ほかに誰と班組むのかだけど――……」
「――」
彩香さんに聞きつつ顔を上げると、目の前に紙を突き出される。突き出したのは彩香さん――じゃなくて、僕の隣の隣の女子だった。名前は確か——
「あ、真白さん。班組む?」
「――」
首をかしげた彩香さんがそう言うと、彼女、真白さんはコクリと頷いた。
僕への断りはないの? と若干悲しみつつ突き出された紙――既に2名ほど名前が記入された班員決めの紙を受け取ると、真白さんはすぐに自席に戻った。
「別にぃ、柚のココロ読んで、柚が嫌がってないことは確認したし。それに向こうも不干渉を望んでるからちょうどいい。……気兼ねなくいちゃつける」
「ん? 最後なんて言った?」
「なんでもない」
問い詰めてもいいことはないので口をつぐむ。
紙に目を落とすと『真白・波賀崎』と流れるようにきれいな字で書かれていた。芳賀崎くんは確か僕の隣の男子の名前だ。
彩香さんが僕の手からその紙を奪って、比較対象のせいで余計に汚く見える文字で自分自身と僕の名前を書く。
流し目で睨まれて、チクリと心臓が痛んだ。
「ホントのことでは?」
「……私の字で名前、書かれたくない?」
「いや、そういうわけじゃないけど? そんなこと気にしないよ?」
「そ。ならいい。昨日三つ星フレンチレストランでハンバーグ食べた私が作った消しカスあげる」
そうして飛んできたのは、なんとか綺麗に文字を書こうと苦戦する彩香さんの、その戦争廃棄物である消しカス。白と黒がまだらに混じった、消しカスである。
……ん? 最初の下りなくても嬉し——いや消しカスいらねぇよ!
てか平日のど真ん中でフレンチ食ってんじゃねぇよ! しかもそこでハンバーグて、ハンバーグて!
「ツッコミがうるさいだけ。100点満点で3点ぐらい。
——ん、四人班。これでいい。提出してきて、班長さん?」
いろいろと返す言葉を失ったと同時に、班員の紙を渡される。
僕の名前が班長の所に書かれてるんだけど、との文句は言わせてくれないようだ。渋々、先生に提出することにした。
背中の方で『勝手に俺の名前を書くんじゃねぇよ』とかなんとか、男子のため息交じりのそんな声が聞こえた。
ちらっと、真白さんの嬉しそうな微笑が見えた。
*
「ゆっず~♪ ゆずゆずゆずゆっず~♪」
帰り道、彩香さんがスキップしながら歌う。
なにやら頭の悪くなりそうな――いや、頭がとてもよくなりそうな歌だ。なにせ僕の名前が入っているのだから。
「なに?」
「んん、なんでもない」
彩香さんは足を止め、こちらを振り返ってニカッと笑う。
そしてドキッとした僕をおいて彩香さんは再び歌い始めた。
恥ずかしさで僕がもだえそうな歌だ。
——そうか、僕を恥ずかしがらせるために歌っているのか。
そう考えて彩香さんを見るも、そんな気配はない。
ただ純粋に楽しそうに歌っているようにしか見えない。
「ゆずゆずゆっず~♪」
「……なんかいいことでもあった?」
「んっ、あった」
「なにか聞いていいかな?」
「っ……♡」
その瞬間、彩香さんが口に手を当てて目の下をぽっと赤くする。そして反対の手で、手を強く握る。
そう、握る。僕の手を。
そして顔を伏して言った。
「ゆ、柚と手、つないでるから」
「……なるほど」
めちゃくちゃ可愛い。
下校時に手をつなぐ、そんな習慣は高2になって消えていた。
だけどそれを忘れてしまった僕はうっかり、彩香さんの手を握ってしまっていたのだ。
一度握って振りほどくのは嫌味みたいになってしまいそうだし、彩香さんを悲しませるのも嫌で、結局繋いでいたのだ。
最初は夕日のせいとも分からぬ程度に頬を染めていたが、そのうちスキップして歌い始めた。そこで冒頭に戻ったというわけだ。
僕は彩香さんの手を優しく握り返して、緩くスキップを始める。彩香さんが歩調を速めなくていいよう、歩幅はかなり小さめに。
「あやあやあややや~あっやっか~♪」
「なっ――……なに?」
「んん、何でもないよ?」
「ウソツキ……」
「まぁね、彩香さんと手、繋いでるのがうれしいから」
「っ――♡」
彩香さんが顔を真っ赤に染める。
手をにぎにぎ、と軽くもんでやると、ぎゅっと強く握り返された。彩香さんの手は柔らかくて小さくて華奢で……ずっと守りたくなるような手だった。
うん、表現技法がとてもおかしいけど、そんな感じ。
「じゃあずっと、ずっとだから」
「……? ん? まぁいいよ。ずっとだね」
少々理解しにくく、聞き直すのも無体な気がして、話半分に肯定した。その後で『ずっと』の意味を理解したのは余談だ。
ずっと守る、そう約束してしまったことを理解したのは――余談だ。だって、もとよりそのつもりだったんだから。
「ゆずゆずゆっず……♪」
恥ずかしげで、でも嬉しそうな小さな歌声が耳を撫でた。
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