第50話 となりを歩く美少女が、僕をつかんで放さない
「うぅ……」
家の外を走って頭を抱える。いつの間にか頭を抱えていた手は自分を殴っていた。理由は恥ずかしいから。
曲がった角だけを覚えつつ、がむしゃらに走る。
完全な告白を受けた……んだよね?
誰に聞こうが、答えは決まっている。
とてもまっすぐな告白を受けた。
月が綺麗とか、毎日味噌汁作ってくれとか……それはプロポーズか。まぁとにかく、そんな比喩表現はない。
ただまっすぐに……好きです……ってぇぇぇ!
確かにいままでココロを読んでて、『好き』って柚の本心が言ってたのには気付いていた。
それが人間的な物か、恋愛的な物なのか、分からなかった。というか、信じられなかった。
もし私の超能力がバグってて柚の感情を取り違えているのだとしたら? もし私の早とちりで『恋愛的な意味』と決めつけているだけだとしたら? もし例えそうでも、柚には許嫁がいて私とは付き合えないとかそんな設定があったりしたら?
そう考えるといつも泣きそうになって、考えないようにしていた。
「でも——」
好きです……っていうのは完全に恋愛的な意味……なはず、だよね? たぶんそう……だよね。
結局、逆接の接続詞を文頭において呟いておきながら、私は柚の告白を信じきれないでいた。
小学生の頃の、好きだった男子のココロの声の、否定副詞を読み落としてきたトラウマが蘇ってしまって、柚の言葉を信じられないでいた。絶対安心領域と思いこんで告白した末、こっぴどく振られ、卒業までいじめられたあの経験が、その記憶を忘れていた心臓に鎖のように縛りつく。
苦しい苦しい苦しい苦しい辛い辛い辛い辛い怖い怖い怖い怖い好き嫌い嫌い嫌い嫌い好き苦しい苦しい苦しい苦しい好き辛い辛い辛い辛い好き怖い怖い怖い怖い好き嫌い嫌い嫌い嫌い好き苦しい苦しい苦しい苦しい辛い辛い辛い辛い怖い怖い怖い怖い好き好き好き好き嫌い嫌い嫌い好き嫌い。
感情がぐるぐる渦巻く。
で、思い出した。そういえば中学になってその男子からラインで告白されてたなと。恥ずかしくてつい酷いことをしてしまったのだという言い訳じみた謝罪文章つきで。
『ラインで告白するとかオワコンだから次からやめたほうがいいよ』とだけ送ってブロックしたのだ。
——結論、小学生のあの告白も実は両思いだったんだなと。
——鎖なんか、心臓の拍動で簡単に砕け散ってしまった。
うん、ってことは、さっきのは恋愛的な告白だ。きっとそうだ。
ムードが一気に壊れたが、考えないことにする。
そのほうが楽しいし、ドキドキするし、と中途半端に思考を殴り捨てて足を止める。目の前に公園があった。
なんとなく、ベンチじゃなくてブランコに座る。かなり冷たかった。
正月に公園のブランコに座ってる。そんな自分が珍妙に思えた。結構まわりの目が気になった。
ブランコを小さく揺らしながら、思案にふける。
柚が私のことを恋愛的に好きだと仮定したら。私は次にどうするべきなんだろ。
私は……柚のことをどう思ってるんだろ。
きぃ~こ、きぃ~こ
ブランコの錆びた鉄が甲高い音を鳴らす。
澄んだ空気の中、もしかしたら柚に届いてるのかもしれないとか、メンヘルなことを考えた。
私は、柚のことが……好きなのか、どうかわからない。
柚の周りだけで超能力が使えるから、利用してるだけなのかもしれない。超能力のことを聞いても怖がらずに普通に接してくれてるから、話し相手にしてるだけなのかもしれない。からかうと反応が面白いから、一緒にいるだけなのかもしれない。
「はぁぁぁ……」
わかってる。本当は、わかってる。
私は柚のことが好きだ。もちろん恋愛的に。だけどそれを認めてしまったら——
「なんでさっき私は! 今は無理とか言っちゃったんだよばかぁぁぁ!」
正月、綺麗な青空に私の叫びは響き渡って、散っていった。
思考停止して、今は反応できないから待って、とそう答えたかっただけなのに、まるで断り文句のような伝え方になってしまった。
あぁ、なんて私はバカなのだろう。
と、そこでスマホがバイブした。柚からだった。たった二行の短いメッセージ。内容は家に荷物が届いたこと。友達でいてほしい、なんならさっきのは忘れてほしい、とのこと。
気付けば走り出していた。
なにが忘れろだ、身勝手な。
私は覚えてる。イヴのときのキスだって! すっごい熱情的なキスだって!(軽く頬にキスをされただけ)
文化祭の衣装作った時のキスだって(頬擦りしただけ)、コンタクト入れるときにほっぺにキスしたのだって!
ついさっきのすっごくかっこいいまっすぐな『好きです』だって!
全部覚えてる!
——とか叫べば、ラブコメの最終回っぽくなるだろうか。正直、怒り心頭で柚に対する愛とか、悔しさとか、全部忘れていたのだが。
ただただ、ブチ切れていただけなのだが。
柚の家の前には赤い車が駐まっていた。お母さんの車だ。
サイドミラー越しにお母さんと目が合う。繋がった視線の糸を振り切って、家の中に飛び込んだ。ちょうど、柚が上がり框にいた。
柚は私を見て、目を丸くする。
私は、上がった息を飲み込んで叫ぶ。
「このっ、バカッ!」
迷わずその頬を打った、いや殴った。力の限り、めいいっぱい強く。
綺麗な音が鳴って、柚の首が叩かれた方へねじ曲がる。骨にヒビの入った感触を得たが、きっと気のせいだ。
柚が叩かれた頬に手を添えるよりも前に、その頬を挟んで顔をこちらに向けさせる。土足で上がり框に踏み込む。
背伸びして、顔を寄せて——
三秒、心臓が限界に達するまでの三秒間、口づけた。思いっきり歯がぶつかった。とても痛かった。前歯がへし折れるかと思った。
顔を離すと、柚は目を丸めたまま動かない。
足元の、私の荷物が入っているであろう段ボールを抱えて玄関を足で蹴り開ける。まだ赤い車はあった。
もしなかったら格好がつかなかったので、少し安堵した。
振り返って、柚に向かってヤケクソに叫ぶ。
「じゃあもう私も今日のことは忘れてあげるから! いくじなしのバカ!」
家を出て車の横に立つと、お母さんが中から扉をあけた。
段ボールを投げ込んで乗り込むと、勝手に扉が閉まった。
お母さんが少しおどけた口調で言う。
「お嬢様、どこに行かれますか?」
「家ッ!」
「かしこまりました」
お母さんは笑みを浮かべながら恭しく頭を下げて、車を出す。
角を曲がるまで首をねじって後ろをみていたけれど、柚が玄関から顔をだすことはなかった。
見送りをしてくれない柚に理不尽ながらイラッとした。
そして、柚のグッズを回収し忘れた自分にも。
まぁだけど、どうでもいい。
初めての、ちゃんとしたキスだ。今日の戦利品はそれでいい。
唇に手をやると、相変わらず痛い前歯と、ドキドキと暖かくて柔らかい熱が蘇ってきた。私は悶えた。——主に前歯の痛みが原因で。
*
「お……はよう……」
「おはよう柚」
正月休み明け、三学期始業式。
彩香さんはぶすっとしながらも応えてくれた。
おどおどしながら席に座ると、彩香さんがぶすっとふてくされたまま口を開く。
「どこかのいくじなしのせいで怒ってるだけ。別に柚のせいじゃないから」
それ絶対に僕じゃん。とは言えない。
返答に迷った挙句『そっか』と返すと彩香さんはぶすっとしたまま言った。
「このいくじなし」
返す言葉もなかった。
*
で、まぁ……あれあから数週間。
何事もなかったかのように接するようになっていた。
少々不満ではあるけどお互い様だし、原因はいくじなしの僕にあるので文句は言わない。
朝、登校。
柱にもたれて彩香さんを待っていると、トントンと肩を叩かれる。振り返ればもちろん彩香さんだった。
「おはよ、柚」
「うん、おはよ」
ただ、すこし変わったことがある。
彩香さんはするりと僕の手袋を抜き取って、僕と手を絡める。
そして猫のように体をすり寄せて、にかっと笑った。
「行こっか」
「う、うん……」
僕は未だに慣れてない。
挨拶のように不意打ちでされる頬へのキスだとか、当然のごとくされるあ~んだったり……
っていうのはないけど、当たり前のように指を絡めて恋人繋ぎをしてくる彩香さんには、あまりからかいの色が見えなくて、手を振り払うことができない。
彩香さんが僕を見て首をかしげた。
「柚? なに考えてるの?」
「あ、いや。なんでもない」
「そっか。あ、柚。こっちの電車に乗ろ?」
彩香さんは急行電車に向かいかけた僕の手を各駅停車の方へ引っ張る。そして少し照れたように言った。
「ほら、こっちの方が空いてるし……一緒にいられるし」
「わ、わかった」
そろそろ周りの視線が気になってきて、無理やり手を離そうとする。そしたら、ギュッと捕まえられた。
すべすべで小さくて柔らかい手が、僕の手を放さない。
「ダメ、逃げたらダメなんだから。柚の居場所は、私の横だけ、でしょ?」
ほら、こんな感じで。
となりを歩く美少女が、僕をつかんで放さない。
——とか言えば、最終回っぽくなるのはお約束であるし、それが正攻法なのである。と、僕は言い訳をココロの中にひとりごちた。
*ラブコメとは人を好きになることである。決して、人が成長することがその本質なのではない*
PS:この作品が気に入った方は『隣の聖女』の方もおすすめです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます