第49話 夢の中でエロすぎる美少女は、僕の言葉に走り出す
※おまけを先出しします。
【おまけ】柚の夢の中(本人は記憶なし)
息をすると、熱っぽい空気が肺を満たす。湿度が高くて、吐いた息の水蒸気がすぐに水になるように感じる。
背中をじっとりとした汗が這い、シーツは汗を吸いきったのかジメジメと濡れているが、不思議と不快ではない。
甘い匂いが鼻を刺激して、脳を溶かす。息が苦しくなって目が覚める。
なにかが、すぐ目の前にあった。
頭をだれかにガッチリと、熱い、だけど小さな手で拘束されている。腕はみっちりと――いや、むっちりとした、汗に濡れた何かに包まれ、押さえられ、動かない。
おなかの上に重い何かを感じる。
そのおなかから首にかけて、色っぽい熱を感じる。同時に、胸にやわらかい脂肪の固まりと、色気を帯びた熱を感じる。
意識がだんだんと覚醒する。
水音が聞こえてきた。舌を何かに弄ばれていた。
「ぷはぁっ……はぁはぁはぁはぁ……」
目の前のナニかが顔を上げて、体を起こす。
息苦しさが消える。気付けば寝たまま、肩で息をしていた。口の周りがよだれでぬれている。
銀色の橋が縦に、彼女の口から僕の口へと掛かる。
そして落ちて、僕の口の中に入ってくる。
それを嚥下する。
肩で息をした彼女……彩香さんは僕を見つめて、言う。
「おはよ、柚」
今まで締め出されていた音が帰ってくる。鳥の鳴き声、遠くの大通りの車のエンジン、正月早々物騒な救急車のサイレン。
「な、なにを――」
言い終える前、彩香さんがが口を塞ぐ。喋りかけた唇を、唇が覆う。
唇が触れ合った瞬間、周囲の音は締め出されて、耳鳴りのような音だけが残った。
今度は、短く、唇が触れ合うだけのキス。
一度離れたあと、再び。今度は深い方のキス。
縛られている柚が抵抗することはない。たとえ自由だったとしても彩香を突き放すことはできなかった。
ただ、されるがままに、受け入れる。
「柚ぅ、柚ぅ……♡ はぁはぁ……」
唇を離す。絡み合った唾液が細く伸び、それが落ちきる前にもう一度。
むさぼるような一方的なキス。ただ蹂躙、染色を目的としただけのキス。
自分色に染まればいい、自分ナシでは生きていけないように。自分だけの物になるように……。
決して、自分から離れることのないように……。
「あ、彩香さん……?」
「なぁに?」
「な、なにをして――」
「何って……ナニだけど?」
彩香さんがやわらかく、微笑んだ。
【本編】
「んぁ……」
目が覚めた。
まず最初に思うこと。今日は元旦だ。ちなみに初夢は見なかった——はずだ。あまり記憶はない。多分ない。
まどろみながらも体を起こそうとする。が、体が重くて持ち上がらない。ぼんやりした思考の中、おなかに違和感を感じて手をそこに向けた。
――デジャブるも、どこでこんな光景を見たのか思い出せない。はて、どこでこんな光景を見たんだろう。夢かな?
布団越しに触れると僕のお腹の上には丸いものがあった。サラサラとした感触の下に、骨のような固さを覚える。それは心なしか息をするように上下していた。
布団を剥ぐ。
寝起きの色彩感覚では紺色に見えるサラサラな髪の毛。赤味がかった白い肌。綺麗なまつげ。おだやかな寝顔。
「あぇ?」
Rの発音が上手くいかない。かといってLの発音が上手いわけでもなく、僕が
違う、なんだか話がぐちゃぐちゃだ。
おもむろに自分の胸元に手を置く。そして下ろして股のところも。ズボンの中に手を入れて、その内にあるべきパンツという名の布の存在も確認する。
よかった、服は着ている。
てかこれ誰だ? 彩香さんじゃん。え、なんで? あぁ、お泊まり——
「よくないよ!」
「んん……」
「なんだよコレ!」
「ん……? あへぇ……? ゆずがいる……」
彩香さんが目を開けて、こちらを見上げて、首をかしげる。そしてにっこりと笑って、猫のように額を押し付けてきた。
彩香さんもRの発音ができていない。『鉄道』とか英語で言わせてみたらどうなるだろう。やってみよう。
「彩香さん、鉄道は英語で?」
「Railroad」
「おぉ、寝起きでもちゃんと綺麗だ」
「...It led me into you deeply///」
なんか言ってるけど意味がわからないのでスルーする。僕の中に深く導かれるってどういう意味だよ。僕が彩香さんの中に入るならまだし——遊んでる場合じゃない、状況を把握しよう。
今日は一月一日、お正月。
僕のおなかの上に、彩香さんが寝そべっている。先ほど自分の服を確かめるときにイロイロナトコロに触れてしまった気がするけど忘れよう。
さて、彩香さんも服を着ている。ひとまずは安心だ。
――いやっ、安心できねぇ!
「彩香さん!?」
「なぁに?」
彩香さんは目をこすった後、僕の胸元に顔を落として頬ずりをする。
その可愛さにドキッとして
そして挨拶をした。
「まぁ、まずは明けましておめでとうございます」
「ことよろぉ……」
「僕、寝てる間に何かやった?」
「なんにも……意気地なしの柚……」
彩香さんが頬を染めて不満げにそういったけど、粗相を犯していないという点についてはひとまずは安心だ。
べったりとくっついてくる彩香さんを引き離して体を起こす。背中にじっとりと寝汗を掻いていた。そりゃそうだよね、一緒の布団で寝れば暑いし——
そんなことをココロの中でつぶやいていると、彩香さんがそれを聞いていたのか、大きな声で反応した。
「一緒の布団ッ!?」
今更気付いたらしい。
「? ?? ??? ――!? ぎゃぁぁぁ!?」
彩香さんがだんだんと目を見開き、数秒間、僕と目を合わせる。ぱちぱちとまばたき。
直後、ベッドから吹っ飛ばされた。ふわりと浮遊する感覚。ゆっくりと流れる走馬灯の中、彩香さんの容赦ない追撃の回し蹴りが飛んできた。——あぁ、連撃の型か。かくとう・みずタイプだったか。と悟るがもう遅い。
昔話をしよう。
それがどうしたと聞かれれば意味はないのだが、つまり僕の反射神経は鈍い。ので、飛んできた蹴りを受けれるわけもなく僕は泡を吹いた。
絶命、と呼ぶに近しい失神をした。
気絶から覚めると、彩香さんはすでにそこにはおらず、リビングに下りると彼女はせっせと敷布団を畳んでいた。
目が合うと、顔を真っ赤にする。
朝の挨拶を平然と――ではないが、装いきれてない平然を装ってした彩香さんの挨拶を見るに、無かったことにするらしい。
だから僕も、しどろもどろに挨拶を返した。
*
「改めまして、明けましておめでとう」
「今年もよろしくね、柚」
さて、定型文の挨拶をした後だ。
思う。
彩香さんは僕のことが好きに違いない。そうでなくても、恋愛において僕のことが嫌いなことは絶対にない。
じゃなかったら普通は一緒の布団で寝たりなんてしない。
そして僕は……彩香さんのことが恋愛的に好きだ。
「こちらこそ、よろしく。いただきます」
「召し上がれ」
朝食は彩香さんが作ってくれたお吸い物。中には餅とか大根が入ってる。この短時間でこれだけのものが作れるって、もう天才じゃないのか?
そんなこを考えてると、彩香さんが先に口を開いた。
「柚は初詣、どうする?」
「僕は……彩香さんに任せるよ」
「そう? じゃあ、午後の空いてる時間に行こっか」
「わかった」
お吸い物は温かくて優しい味がした。
お椀の縁から彩香さんの盗み見る。
僕らの接点は去年の四月の第二週以降。彩香さんが話しかけてきたところから、となっている。だけど、僕はその前から彩香さんのことを知っていた。
入学式の日、広い体育館で彩香さんは僕の前に座っていた。
今よりも少し髪の毛は長くて、艶やかで、ちょっぴり桜の香りがした。本当のことを言えば、あのときから好きになっていたのかもしれない。
所謂一目惚れだ。
それから話しかけられるまでの二週間、見つめ続けていた。
ただ、見つめることしかできなかった。手の届かない存在、そう分かっていたから見つめるだけだった。
そのとき、ずっと思っていた。やっぱ綺麗で可愛いって。
だから、こうやってゆっくりしているときに、思う。
やっぱり綺麗だなって。
だからかもしれない、口からぽろっとこぼれた。
「す、きです」
「ん? 酢はいれてないけど?」
「え、あ、いや。なんでもないっ」
「……? そ?」
不可解そうに首をかしげつつも、彩香さんはそう頷いてお吸い物を啜る。
ヤバっ……!? なんでいきなり好きとか言うんだよ! バカかよ僕は!
ポロっと口からでた言葉は、彩香さんが聞き違えてくれたから問題なかったが――かなり危なかった。
でも、待って? 今のって彩香さんに告白する絶好のタイミングだったのでは……?
いつも、恥ずかしくて、拒否されるのが怖くて、好きだなんて言えない。彩香さんはココロを読めるから、好きだって言いたいって思うのすら我慢しなきゃいけない。
でも、今なら、言えるかも。
そう思ったら、早かった。いや、無意識下に僕の唇は音を出していた。
「すきです」
「っ――!? ……な、なに? なんて?」
「すっ……な、なんでもないっ!」
「っ……?」
言えないっ! やっぱ言えるわけないじゃん!
彩香さんは訝しげに首を傾げ、僕の目を見る。彩香さんがココロを読むときの前動作だ。
慌てて思考を消そうとして――思考を消すことを躊躇う。
恋は天の邪鬼、愛は盲目である。
この気持ちに気付いてほしくて、知ってほしくて、でも中途半端なこの現状が壊れてしまうのが怖くて、言えなくて――でもやっぱり、伝えたい。
多分、ほぼ同時。ココロを読まれると同時に僕は叫んでいた。
「すきでっ――っ……!」
「わっ、う、うるさいっ! 声大きすぎる!」
「ご、ごめん……。えとっ、す、すきです」
ちょうどお吸い物を飲み干した彩香さんが、手を滑らせてプラスチック製のお椀を落した。彩香さんは慌ててそれを拾い上げて、再びガタッと体勢を崩す。
真っ赤な顔になった彩香さんは数秒、膠着してからなにかに気づいたように頷いた。
「さっきから何? ねぇ、からかわないで。お吸い物、飲み干してなかったらびしょびしょになってた」
「かっ……からかってない」
「意地張ってるの? どうせ人としてでしょ?」
「僕は……あ、彩香さんがっ、す、好きでっ」
裏返った声が出た。再び、彩香さんはお椀を落とした。今度はそれを拾わずに、震えた声を出す。
「は、は……?」
「本気。からかってるわけじゃない」
「ッ――」
みるみるうちに彩香さんの顔が赤くなっていく。数十秒間、声にならない声を出し続けた彩香さんはようやくまともな言葉を喋った。
「——い、今はだめ!」
そう叫んだ彩香さんは突然その場で着替えを始めようとする。そして僕の存在を思い出したのか更に頬を染め、服を抱えてリビングを飛び出していった。
1分後、玄関の扉が開いて、閉まる音がする。
思わず、頭を抱えた。
「……バカした……。くそっ! くぁぁぁああッ! なんで言っちゃったんだよ!」
悔やんで叫んだところで、言った言葉は戻ってこない。
もしかしたら、彩香さんも帰ってこないかもしれない。
そう思うと、泣きそうで、でもなんだか心がスッキリしていた。
そう考えることで、胸にぽっかり空いてしまった穴の寂しさを紛らわそうとして——頬を伝った水がお椀の中で水面を揺らして、僕は塩気混じりの粘液が垂れてしまう前にお椀の中身を掻き込んだ。
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