第46話 強引な母親をもつ美少女は、僕の家に泊りに来る




「はい次の方どうぞ〜」

「これとこれと……っ!? 柚ッ!?」

「ん――あ、彩香さん!?」


 とあるコンビニにて。

 おいお前ら知ってるか、法人休業日なんて接客業に存在しねぇんだよ。でもってお前らに大晦日はねぇ! 働け働け働け! 彼女いねぇくせに正月をだらだら過ごすな! 働け働け働け!


 そんな文句と高い時給のコンビニアルバイト。

 過激な言葉に心を惹かれ、親が家にいないのもあって、申し込んだ。

 家から少し遠いけれど交通費も完全保証という超高待遇。流石大晦日。

 って……何で彩香さんがここに?


「私の家の近くでそれなりにおっきいコンビニはここしかないの。ここのチキンがほしかったから」


 僕のココロを読んだ彩香さんは状況整理を僕より先にし終えたのか、落ち着きを払って言う。

 すると隣のレジから声が掛かった。

 お客様の顔を見れば、彩香さんと顔が似た三人、うち見覚えのある一人は黄色いヘアバンドをしていて、他二人は服をパッツリさせている。ドコが、とは言わないが。

 どうやら遺伝子は彩香さん及び亜希奈には継承されなかったようである。ナニの、とは言わないが。


「あら? 彩香、お知り合い?」

「え、もしかして彼が柚くん?」

「ぁ"? あぁ、お前か。なんでここにいんだよ」


 ココロの第一声。

 今日の亜希奈のヘアバンドは黄色なんだ。何色分持ってるんだろ?


 呑気。七色、と彩香さんは僕の心にツッコみ、答えた。



 *



 コンビニの隣にあるカフェ。何故か僕は、そこで彩香さんのお母さんと向かい合って座っていた。

 僕はソファー側で、隣に僕に近い順で彩香さん、亜希奈がいる。消去法で斜向かいの彼女が茜さんだろう。

 遺伝子の胸の成分は茜さんが強欲に取っていったのか、下二人の姉妹とは別格の大きさだ。

 状況に首を傾げつつ、とりあえず居住まいを正して腰を折る。


「えと~いつも彩香さんにお世話になってます。柚木です」

「そんなにかしこまらなくてもいいのよ?」

「いえいえ、いつもお弁当とかもらってるばっかりで……」

「あら? 彩香? 咲ちゃんにあげてるんじゃ――」


 ん? どういうこと? 咲さんがなんでここに出てくるんだ?


「っ、黙ってッ!」


 首を傾げて顔を上げると、彩香さんが小さいながらも鋭く叫ぶ。お母さんは首をかしげた状態で数秒、ふふふと笑った。

 ちょっと怖かった。


「折角だし家にくる?」


 は?

 開いた口が塞がらない。

 お母さんは再びふふふと笑い、茜さんはコクコクと強く頷く。

 彩香さんと亜希奈は僕と同じく目を見開いていた。

 言葉を理解した僕は、たぶん今年最速で言葉を組み立てた。


「いやっ、お片付けとかあるでしょうし。折角の大晦日に他人が足を踏み入れるのは……」

「あら? 確かにそれもそうね」


 思い直したようにそういったお母さん。

 てか、両親が旅行中だから僕が家にいないと、正月に空き巣とかたまったもんじゃない。

 ほっと息を吐く、と同時。


「そう、ご両親がいないなら確かに不安ね。彩香は柚木くんのおうちに泊めてもらいなさい」

「「はい?」」

「あっ、お母さん冴えてる」


 冴えてるじゃねぇよ茜てめぇ!

 思わずココロの中で呼び捨てした。

 彩香さんが茜さんの愚痴をこぼすのも分かった気がした。正論が通じないのだ。


 ツッコむのも無駄だと悟り、とっさに言い訳を考える。


 そもそもなんで両親がいないことを知っているのか不思議に思ったが、彩香さんから聞いたのだろう。気にしないことにした。


「で、でも家とか汚いので……」

「彩香は気にしないわよ」

「ぼ、僕が気にするんでっ」

「あぁ、そうね。ごめんなさい、気付かなかったわ」


 そう言いつつ、お母さんは口角を上げて、財布から諭吉一万円を取り出す。

 その先の言葉が何故か予想できてしまって、思わず頭を抱えた。そして、予想は当たってしまう。


「じゃあ、ピンクのホテルかしら?」


 そういえば亜希奈から避妊具の代金をもらったな、と財布の中身を思い出して、いや今はそこじゃないだろと脳内の話題を本筋に帰らせる。

 てか、家が無人になるんだって。アンタ分かってただろ!

 この人どんだけ娘を犯されたいん――違うッ!

 この人どんだけ娘を危険にさらしたいんだよ!


 あまり内容は変わらないな、とココロの中でツッコんだ。


 どちらにせよ流石にそれは断固拒否です、とお金を突っ返してカフェオレを啜る。

 すると、妥協案で柚木くんの家でお泊りね、とお母さんが言った。ため息を一つ、思考を整理して言う。


「あのですね、彩香さんの意思が必要ですしそういうのは……」

「あら? 彩香はさっきから何も言ってないけど? イヤならイヤって言うようにしっかり躾けたもの。

 人の娘の躾けを疑うのかしら?」


 そりゃアンタがこんだけゴリ押してくる人間ならそういう躾けが必要だろうな! あとヘンなところで意地張るな!


 そうツッコんで彩香さんに目を向ける。

 おい、拒否れ! 拒否しやがれ! とココロに念じる。だけど、彩香さんはふいっと目を逸らして耳を赤く染めた。

 それだけで、彩香さんのココロが読めてしまって、僕まで顔が赤くなる。それを指摘するところは、やはり彩香さんの母親である。


「あら、顔が赤いけれど? どうしたのかしら?」


 僕は思う。

 いつか彩香さんを恥ずかしがらせて、完全に彩香さんをコントロールできるようになったら、なったとしても上には上がいる。


 流石母、流石元凶。と声に出して呟くと、お母さんはニッコリと笑ってお金を突き出してきた。

 今度は樋口さんだった。その樋口さんが、お前の家に彩香を泊めさせろ、これは飯代だ。と言ってるようにしか見えなかった。



 *



「あ~……彩香さん、なんで拒否しなかったの?」

「……ホントにイヤなら柚が拒否すればいいし」


 彩香さんはむすっと答えて、マフラーに顔を埋めた。

 事実その通りなので、強く言い返せない。


「強引なお母さんだね」

「ん……冗談がキツいし、冗談が冗談で済まなくなる。たぶん全部冗談のつもりだったんだと思う」

「え!? じゃあなんでこんな状況に!?」

「冗談の反応見て、柚との間合い計ってた。で、柚が面白い反応するし、意外と拒否しなかったから、こうなったんだと思う。あの歳で悪ノリ好きだから」

「結構拒否してたつもりだったんだけどなぁ……」


 僕のシフトが終わった後。

 そのまま近くのスーパーで鍋の具材を買って、家に向かう。

 腹いせも込めて、五千円分きっちり使い果たしてやった。

 沈黙が生まれて、はたと自分のぼやきが不適切だったと悟った。訂正しようと口を開くと、その前に彩香さんが言う。


「その……迷惑だったら言って。ホントに迷惑なら……帰るから」


 不安げに震えた声で彩香さんがぽつりと呟いた。

 僕にはゆっくりになっていた彩香さんの歩調に、小さくなった歩幅に、合わせる余裕がなかった。

 彩香さんを置いてけぼりにしたことに気付いて立ち止まって、彩香さんを待ち、口を開く。

 今年最初で最後のぶっきらぼうで怒りの滲んだ声が出た。


「あのさぁ! こんだけ食べ物とか買っといてさっ、腹いせだけどもらったお金使い果たしてさっ、こんなに暗くなっててさっ、ここまで来てさっ、帰せると思う!?

 彩香さんがお泊りしたいって言ってくれてるのに——」

「言ってないっ……」

「ほぼ言ってるようなものでしょ! とにかくっ……僕ってそんなに薄情な人間に見える? ねぇ?」

「っ――ごめん」

「まったく……。ココロ読めば分かるでしょ?」

「分かるけど……」


 言われると嬉しいから?

 いつか言われた言葉でそう口に出して聞くと、彩香さんは首を振った。予想とは違って、横に。

 そして、ちょっと潤んだ声で言う。潤んだ瞳がこちらを見上げていた。


「実は、ココロ読むのって、外国語聞いてるみたいだから……複雑な感情なんて全然読めないし……不安。否定語を聞き逃してるのかも、って思ったら怖くて……」


 いろいろと腹が立ってきた。

 彩香さんのそういった不安に気づけなかった僕に、勝手に苛立ってる僕に、素直になれない僕自身に。

 で、不器用なことをしてしまう。


 僕が持ってる重い袋を彩香さんに持たせて、いままで彩香さんが持ってた軽い方の荷物を奪う。

 少し、彩香さんがよろめいた。けど気にしないで僕は歩き始める。顔も合わせないで、冷たい言葉で言ってしまう僕はツンデレなのかもしれない。


「うちの冷蔵庫。いま何も入ってないから。それ、彩香さんが持ってる袋がないと今日の夕飯無くなるから」


 だから、彩香さんがうちにこないと僕は何も食べれない。

 だから、家に来て。


 その言葉が、恥ずかしくて口から出ない。絞りだそうと喉に力を込めると、その前に彩香さんが口を開いた。


「柚、重い。お客さんに重い荷物持たせる気?」


 いつも通りの声を出した彩香さんが、不満げに僕の軽い荷物を奪った。

 そしてずっしりと重い荷物が、指に掛かった。

 その重みが、心地よかった。








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