第37話 登校待ちの美少女は、僕の性事情を管理したがる
「おはよ彩香さん」
「……おはよ……」
ふくれっ面で彩香さんがそう言いながら机のフックにバッグを掛ける。
九月の中旬、朝礼前。
最近彩香さんの登校時間が不規則だ。
「……むぅ……」
さて、どうして彩香さんはこんなに膨れているんだろうか……。
*
まだかな~?
流れてくる人波に柚を探す。幅が20mぐらいある通路の壁際に立って柚の影を探す。
電車の間隔によるであろう人波が去ると、私はよく目立つ。
通勤時間帯なのに改札の前で立ち止まっているだなんて……目的は一つだってバレてしまう。そう、人待ちだ。
私は柚を待っている。柚と登校したいから、で理由は十分なはずだ。なんで一緒に登校したいかとかそういう私自身も答えの分からない質問はするな。
「ん~……」
ここ最近毎日だ。柚を探して待っている。
柚と一緒に登校したいけど、そうするためにはまず一緒に登校しなければいけない。その理由を説明しよう。
柚と一緒に登校している最中に、柚が『私と登校したい』と思うように話題を操作して、ココロを読んで柚のコトをからかいつつ約束させる。一緒に登校しよう、って。
でも……。
私から『一緒に登校しよう』って脈絡もなく誘うのは恥ずかしい。私から登校の会話を出せばわざとらしく思われてしまうかもしれない。
あくまでも私は柚の願いを叶えてあげる立場を守らなければ……私がまるで柚のことが好きってことになってしまう。
「うぅぅぅ……」
自分の顔が赤くなるのが分かる。
柚のコトを考えると最近いつも顔が赤くなる。
昨日どさくさに紛れて盗んだ柚のジャンパーを顔に押し当てて息をする。
ココロが落ち着くと同時に、脈拍が上がった。耳の奥で心臓の音がよく聞こえる。
息を吸う。空気が柚のジャンパーをフィルターを通って肺を満たす。ジャンパーを抱きしめると、柚の温かみを感じた。
そして、柚のような人影を見た気がして、おいかけて改札をくぐって電車に乗り込んだのだった……。
で、人違いだったようで、柚が来るまで私は教室で一人、柚のジャンパーをもふもふしていたのである。
……って、途中から話が逸れている。本題は柚のジャンパーではなく柚と登校することだ。
私は目の前の柚を眺めつつ思考を巡らせる。
まずは『昨日忘れてたよ』と言いながらジャンパーを返す。
柚は『あぁ、彩香さんが預かっててくれたのか』とかなんとか呟いて受け取る。実際のところは私が盗んだのだけれど……。
来週は体育館での体育があるから、どうにかして汗まみれの柚の体育着をゲットしよう。
時間割表に目をやって依り代回収の予定を立てていると、柚が先に口を開いた。
「彩香さんむすっとしてるけどなんかあったの?」
言われて、頬に手をやって、自分の頬が張れてることに気付く。頬袋を手で押すと空気が口から抜けた。
どうやら無意識のうちに不満が顔にでていたらしい。
そりゃそうだ、一週間連続で柚との登校大作戦が失敗しているのだから。
「いや、なんでも……」
「嘘吐かないでよ、なんかあるんでしょ? 言ってよ」
柚が本格的に私に体を向けて聞く。本人は自覚していないけれど柚は頑固者だ。超能力関係の話題以外では逃がしてくれない。
逆に超能力関係の話だと身を引いてくれる濃やかさはとてつもない。
私の沈黙を勘違いしたのか、柚がニッコリ笑いながら言った。
「不満があるなら吐いて欲しいな? ため込んで勝手にオーバーヒートされたらイヤだし? 愚痴なら聞いてあげるからさ」
優しく柚が笑う。
今胸キュンした気がしたけど、それは気のせいだ。心臓に手を添えて深呼吸を一つ、言うしかないとココロに決める。
「そういえば柚の居場所は私の前だけだから。私は柚と一緒に登校してあげなきゃだめだな~って思って」
「はい?」
「それでいっつも……渋谷のあの広い通路で待ってるのにっ、柚が来ないのが悪いの! それですっごい不満なのっ!」
「はっ……はい?」
途中から怒りが湧き出て声が大きくなってしまう。
柚がぽかんと口を開けた後、目をしばたたく。そして、数秒の沈黙のあと、柚が頬を赤く染めた。
「じゃ、じゃあ……一緒に、登校しよう……」
「そ、そう……。それでいい……」
心中全てさらけ出してしまったことで恥ずかしくなって私まで顔が赤くなる。
顔を手で隠して、指の隙間から柚を窺う。
柚は耳まで真っ赤にして目を伏せていた。
*
「あ、ライトノベル買ってきたよ」
「……柚、それ何ヶ月前の話?」
昼休み、食後。
彩香さんが呆れた目をして言った。確か四ヶ月前ぐらいにライトノベルの話はしたはず……。お弁当を毎日作ってくれるようになった時だっけ?
ココロの中で答えると、彩香さんは大きく息を吐いた後、手をこちらに突き出した。
「柚は読み終わったの?」
「うん」
「じゃあ貸して」
彩香さんがクールに本を受け取って表紙をめくる。そして固まった。
本から覗く両耳が赤くなる。
彩香さんの肩がわなわなと震えだした。
「こ、これはなにっ!?」
「え……挿絵だけど」
彩香さんが僕に本を向けて叫んだ。表紙を開いたところにカラーの挿絵がついている。
その挿絵はお風呂上がりの裸のヒロインの萌絵だ。もちろん要所要所で湯気が立っていて大事なところがギリギリ隠されている。
しかし、エロい。
買ったとき僕はまず最初に挿絵を下から眺めた。
別にどの角度から見ても見えないモノは見えないのだけれど、どうしても下から見てしまう。
エロ本に出会った男たちの行動は昭和も今も変わらない。
昔ながらの変わらない風習、良きかな良きかな。
僕のココロに対してもだろう、彩香さんが叫んだ。
「変態ッ!」
「いやぁ、これがライトノベルだからねぇ~」
肩をすくめながら、真っ赤な顔の彩香さんから目を逸らす。
ライトノベルは萌絵がついているもの、というのが僕の認識だ。
そう、僕の認識だ。ライトノベルの定義は様々で人それぞれ。仕方がないよね〜とココロの中で彩香さんに言う。
ところが彩香さんは本の角で僕の頭を殴り、叫んだ。
「SFファンタジーがラノベであって萌絵とかそう言うのじゃないからッ!」
「痛い! 殴らないでよ!」
殴られた部分をさすりながら叫ぶと、彩香さんが本に目を下ろして、しおらしくごめんと小さく言った。
瞬後、態度を急変させて、今度は本の面で僕を殴って叫ぶ。
別に攻撃力の問題じゃない! 攻撃する時点でオカシイの!
僕の抗議は聞き入れてもらえず、もういちど叩かれる。
「こう言うのでヘンな妄想して自家発電とかしてるんでしょっ!」
「っ――! 人の性事情にとやかく口出しするなッ!」
彩香さんの自家発電発言に恥ずかしくなって叫び返すと一転、彩香さんは口をもごもごさせたあと、目の下を染めながら言う。
声は途切れ途切れで、よく聞き取れない。
「そう……シて欲し……ない……わ……がいで、シな……」
彩香さんが、途切れ途切れに言った。
脳内で言葉をつなぎ合わせるとまるで、
『そういうのでシて欲しくない。私以外でシないで』
って言ってるように聞こえてしまって、頭の痛みは消え去った。
じゃあ手始めに彩香さんのパンツを頂こうか、と思ってしまった脳みそは殺しておく。
彩香さんが椅子の上で三角座りをして顔を伏せて隠す。それでも耳は赤かった。ぷしゅぅ〜……と、湯気が立っているのが見える。
チラリ、とこちらを見上げた彩香さんは、僕と目が合うと声にならない声を上げて、教室から逃げ去っていった。
その後、彩香さんは5限が始まるまで帰ってこなかった。
【おまけ】萌絵で恥ずかしがる彩香。
柚の破廉恥ッ! これぐらい私がっ……私がっ……。
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