自己嫌悪
奈良みそ煮
自己嫌悪
俺は、幽霊が大嫌いだ。
アメリカンなクリーチャーなら対して恐怖を感じない。実体があるわけだし、大抵そいつらは現代兵器でどうにか対抗できるものだ。映画で勉強したから間違いはないだろう。
対して幽霊なんてものは本当に『在る』のか分からないし、何をしてくるかも分からない。そんな得体の知れない恐怖があるから対処の仕様がない分タチが悪い。
夜道を歩いていてビニール袋が風で舞い踊っているのを見ただけで幽霊と勘違いして盛大にちびる自信がある俺だからこそ、お盆とか言う文化のある日本に生まれてきたことに果てしない憤りを感じている。
どうしてこの世を去った者たちがわざわざ帰ってくるのか、その一つ一つに問い詰めたい。一体何をしに現世に帰ってくるのか、を。
どうにかしてお盆の霊ターンラッシュを禁止できないかと考えてると、
「またこんなとこにいた。私、法事をすっぽかすのは関心できることじゃないと思うわ」
俺とて好きで田んぼ以外何もない親の実家に来たいわけではない。だからこうやって縁側で一人、黄昏ているわけで。
「ふふっ、変なの」
ただ座っているだけで汗が噴き出る程暑いというのに、腰まで伸びた長い髪をさらさらと涼しげに風に舞わせる女性は俺の隣に座ると、
「一年なんてあっという間ね。この前会ったばかりと思ったのに……少しだけ背、伸びたんじゃないの?」
更に俺の方にすり寄ってきて、何故かおでこをくっつけてきた。それは成長度合いじゃなくて体温を測る時の仕草だろ。
「いいのよこれで。……久しぶり、ね」
やめろ、照れるだろ。俺は彼女から距離を取って、それでも横に寄ってきた彼女を手で制止する。
「ちょっと、何照れてるのよ。ずっと仲良し兄妹だったじゃないの」
だからそれが恥ずかしいんだって。俺もいい歳なんだから勘弁してくれよ。
「ふふふっ、やーだ♪」
ばっと立ち上がって縁側を降りて、眩い日差しの下でくるくると楽しそうに舞う我が妹。天真爛漫なのはいい事だが、いい加減年相応の振る舞いを覚えてほしいものだ。
やれやれ、と俺も立ち上がって声を掛けようとした時、後ろから母親の呼び声がかかる。
「ほら、アキ。何やってるの。せめて手くらい合わせなさい」
はーい、とその呼び声に応えて、ぱたぱたと部屋に入っていく妹。何やってたのよ、と襖を閉める母。
その二人に続くと、最早顔も思い出せない親族たちが神妙な面持ちで、俺のよく知っている人物の写真に向かって手を合わせていた。
まぁ、よく知っているというより、俺そのものなのだが。
◆
生前の俺の写真の前で、父は泣いていた。母はうなだれていた。口やかましかろうと、鬱陶しかろうと、なんだかんだ両親には感謝していた。
だからこそ、何かを成すどころか親孝行もできずに歳若くして逝った俺にとって、この光景は見るに堪えない。この光景から何度逃げ出そうとしたことか。
だけどその度に、そして今回も、妹が俺の手を引いて留まらせる。
「辛くても、向き合って。私も付き合うから」
もう結婚もして子どももいる妹は、旦那さんと我が子と共に俺に向かって手を合わせてから、必ず最後に言う言葉。
「また、来るからね」
俺の享年をすっかり越えてしまった妹は、俺の最後に記憶していたあの頃の面影を残したまま、少し悲しそうに微笑んでくれた。
どうして妹だけが俺を認識できるかは分からない。仲のいい兄妹だったからなのか、それともお盆だからなのか。
どんなに忙しくても来てくれる妹に、俺は感謝を伝えるすべを持っていない。
どんなに願っても、両親に対して謝罪の言葉を述べることができない。
何もかもできない俺は、それでも毎年この場所に帰ってきて、何も出来ずに戻っていく。
仏様もせめて贖罪の手段でも用意してくれればいいのに、ただ俺は悲しむ親族を見つめることしかできない。
確かにそこに『在る』のに何もかも出来ない。
だから俺は、幽霊が大嫌いだ。
~おしまい~
自己嫌悪 奈良みそ煮 @naramisoni
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