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「で結局」

「ここが一番だね。」

今3人で見上げているのは、例の館だ。もう例のだけで伝わるんじゃないか?とにかく本日3度目のここだ。

「明かりつきましたね。」

しかし…何でガス電気水道全部通ってるんだ?

「今ここの動力源って一体何なんだろう。」

3人でとりあえずリビングのソファーに腰掛ける。

「外は果てしなく何もない草原、おおよそ発電所なんて存在しない場所のはずなのに。」

「これの真相が解ければ、何か正解に近付くような気はしますね。」

そうなのだ。外の草原の謎、人がいない謎や、その他細かい疑問点がこれがわかるだけで大量に解決する可能性は大いにある。

「しかし、手がかりを探そうにも、今日は夜ですしね。」

「うん。とりあえず今日は寝て、明日に持ち越そう。」

ベットもあるし、恵まれている…キングベット一個だけだが。

かなり抵抗感があったが、左から私、ニーナ、リンの順番で落ち着いた。

何故か本当に落ち着いた。

まるで家族の様な。家族の様なということすら、今は爆然としていて、はっきりとはわからないのだけれど、けれど家族という存在がいたなら、きっとこんな感覚だったんだろうなと、そう思えた。

暖かくて、息がかかるのも全く気にならないくらいの、優しい空間だった。


翌日、起こされたのはニーナによるものだった。

「おねえちゃんトイレー」

「ねえおねえちゃん!」

「うん…わかった…今行くよ…」

眠い目を擦りながら自分でもよく理解していないトイレの場所まで案内する。

「ありがとー!」

と言いながらトイレに入るニーナを待ち、まだ眠り足りない重い体を壁に擦り付け、崩れる様に座り込む。

外はもう陽の光が微かに射していた。少しだけ照らしていた。


ついでに自分も行って、その後ニーナにリンを起すのを頼み、その間、私は食事をどうするか迷った。

あの草原を出ていくにも、今朝のご飯にも、とりあえず食料が必要だった。

家の表には魚が転がってはいるが、食べていいかかなり不安だ。

だがそれしかないので、とりあえず魚を家に入れた。

内臓を取り除き、朝はとりあえず火を通して食べることにした。

「かなり美味しいですね。かなり塩気が効いていますけど…」

「調味料は放置されてるのが多かったから使ったんだよ。どう?腐ってる感じはない?」

「わかんなーい」

ニーナが勢い良く叫ぶ。

「僕もわかんなーい」

魚を頬張りながら同じイントネーションでゆるくリンも反応した。まだ眠そうだ。

食べ終わってそのまま会議スタート

「さて、ここで皆さんに相談があります。」

少しかしこまった風に切り出す。

「なんでしょー」

「なんでしょー」

何故か二人とも右手を拳にして振り上げる。

「あの草原を行く上で、食料をどうしますか!」

「はい!」

リンが早速手をあげた。

「はいリンさん」

コントの様な緩んだ空気が流れる。

「外の魚を干物にして保存食品にしましょう!」

あーそれは私も思ったけど…

「却下です。」

「えーなんでー」

今までのリンで一番年相応な反応だったが、コントな雰囲気が流れ続けていることもあってか、妙にセリフっぽかった。

「塩が足りません。」

「はい!反論です!」

またまたリンだ。ニーナは少し眠そうにしている。

「はいリンさん。」

「もうこの世界には私たち以外居ないことはほぼ確定だから、他の家から取ってきたらいいと思います!」

「あ…」

年下に負けてなんとなく悔しい。

「じゃあそういうことで——」

話を切り上げようとした時、ニーナがふと

「れいぞーこ」

と指を指して言った。その指の先には、確かに冷蔵庫があった。

この議題は、最年少と、その次に年下の二人の意見でまとまった。

そうだ。この世界は何故か電気とガスと水道は止まってないのだ。


私とリンはシャワーを交代で浴び、家の中にあった、違う服にそれぞれ着替えた。

暖かいことへの不信感はあるが、それ以上に純粋に気持ちよかった。

そのあと、私たちは、会議で決定したことを実行するため、家にあった釘打ちを持って、表に集合した。

「保冷剤と、クーラーボックス、常温で保存できるものは最優先、肉とライター、ガスコンロとか、その他キャンプ用品たくさん集めて、拠点に集めるぞー!」

拠点とは例の館にとりあえずつけた仮名だ。さっきの会議で決まった。

「はーい」

二人は声を合わせて返事をする。

「私は一人で、リンとニーナは二人で行動してください!」

「じゃあ僕は拠点の向かいの家から漁りますね。」

「じゃあ私は拠点側から。」

「良き報酬を期待しているぞ!」

「ああ、死ぬなよ…」

「しぬなよー!」

気分は探検隊だ。

ニーナというムードメーカーが居ることによって、この状況も楽しめる様になってきた。

私は拠点の右側の家から、ちょっともったいない気はするが、ガラス窓を割って侵入した。罪悪感が無性に湧いてくる。

そこは、一般的な家庭だった。サイズの合う服や、保冷剤、パスタ用の乾麺、生肉、その他調味料や食料など、いろいろ漁った。

そのあとも無音の街に響くガラスを破る音が物騒なくらいで、何事もなく進行された。

そうやって過ぎた1日はとても平和で、楽しかった。


「こうやって、ここに住み続けるのもいいかもしれませんね。」

拠点で今日一日集めたものを整理していたときに、リンは呟く様に言った。

ニーナはリビングのソファーで熟睡している。

「でも新しい食料が来ない以上、こうなった原因を突き止めることをしないと、もう命は長くないよ。」

「なんだか、それでもいい気がするんです。」

私は動揺して、作業する手を止めた。リンはそんな私に対応する様に手を止めてこちらを向いた。

「こうやって、人類最後の生き残りは、穏やかに死んでいった。そういうエンドも。」

リンは物憂げな様でいて、明るさも帯びた様な声で続ける。

「ここで無理に旅をして、何が起こるかわからない草原に飛び出して、いつ死んでも文句は言えない。そんなことをしてまでこうなった原因を暴くより、ここで平和に暮らして、最後だけちょっぴり大変かもしれませんけど、ゆっくり死んで行く方が、私は良いです。今日確信しました。」

確信しましたという時の目は、妙に記憶に残る、突き刺さる様な目だった。

「この状況にした誰かのことが憎いとは思わない?」

絞り出した反論だった。

「確かに親がもう居ないことは悲しかったです。少し憎いとも思いました。ですが、この二日間の新しい出会いは、それをマシにさせてくれました。たった二日ですけど、こう僕の結論が到るくらいまでの、安心感が二人にはあるんです。」

少し恥ずかしい。リンも恥ずかしかったのか、しばらく沈黙が続いた。

「ごめんなさい。目的の腰を折ることを言ってしまって…」

先から続いていた強い眼力は解かれた。

「いや、いい。」

私はそれの答えに困った。

私自身、記憶を取り戻したいという強い目的と、こうした誰かが憎い心もある。けれど彼女の言うことへの明確な否定や反論があるかと言えば無いし、むしろ共感さえできる自分がいた。

「…とにかく、それがリンの希望なんだね。」

二つの意味を込めた。望むという意味の「希望」と、未来への期待という意味の「希望」とだ。「…はい。この話の中でそれが一番確かです。」

そう答えるリンの顔は、俯きながらも、さっきまでの強い眼力も取り戻していた。

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ファフロツキーズの悪魔 飯田三一(いいだみい) @kori-omisosiru

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