6

お風呂は唯一鍵が開いていた先程の家のものを拝借することにした。ガスや水道が通ってないことは覚悟したが、水も綺麗だったし、ちゃんと出た。それにあったかかった。もうろくに人は居ない筈なのに。

それを確認すると、お風呂からほっぽり出された。

クラインに、私はニーナちゃん洗うから、いい感じの服探しておいてくれ。と言われてしまった。たしかにこの家デルタくらいのサイズの服がいっぱいある。こういう展開が初めから決まってたかのようにだ。

適当に漁って居ると、これだと思うものを一つ見つけた。白色の袖なしワンピースだ。元々あのタンクトップは似合ってたから、自然と探していた節もあった。そしてこれに合わせるといえば、やっぱり麦わら帽子だろう。夏休みの淡い尊い夢のような眩しい少女にしよう。そして今度こそ彼女の周りに花を咲かせてやろうと、そう思った。

ガチャという音と、若干の湿度の上昇を感じた。多分もうすぐ来る。麦わら帽子は諦めよう。

「いい服ありましたー?」

クラインはドアの中から少し反響した声が聞こえた。

「あったよ」

「じゃあその服をドアの前において、そのまま後ろ向いといて」と言われたので、言われた通りにする。

「やったよ」

「信じられないですねぇ」

「あのさぁ、私が嘘付くように見える?」

「そうですね」

「信じてよ!」

「んー」

ドアを少しずつ開ける音が聴こえる。

「ほんとだ、後ろ向いてました。」

「私は嘘はつかない!」

「ていう嘘ですよね。知ってます。」

言い終わったすぐかそれよりもう少し早いタイミングでドアを閉める音が聞こえたので、もういいか?と一応確認を取り、いいよと言われたので向き直ることにした。

扉が開くと、そこには可愛い女の子がそこには居た。

「センスバッチリです。ディンさん。」とグットマークで言われた。

本当に可愛かった。バッチリ周りに花が咲いていた。

「やっぱりくさいがないとさみしいけど、いまのほうがみんながえがおだからすき!」

眩しい、眩い。なんていい子なんだ。

多少の韻を踏みながら、くるくる踊っているデルタのスカートが少し浮いて、気を付けてと言おうとした時だった。

ある重大な忘れ物に気がついた。クラインも気づいた様で、こっちを見てきた。

「デルタ!スカートがめくれちゃうからストップ!」と諭した後、よく分かってない顔をするデルタを横目に、「おい、元着ていた服のはどうしたんだよ」と小声でクラインに訊いてみたところ、臭かったので何も考えずに捨てたと言われた。あー分かると思いつつ、それならしょうがないと、そう言ってやった。

「さて」

「お願いします」

急いで下着を探した。完全に考えてなかった。

数分探した後、子供用をやっとの事で見つけた。人様の下着を盗むのは実質的な下着泥棒だが許してほしい。緊急事態だから。っていつもこの言い訳してる気がする。

「あったぞ!」

「おーありがとうござ…」

眉を下げ、何か嫌なものでも見るような目をされた。

「テンション上がってるのかは知りませんが、それ振り回して来る必要はないんじゃないんですかね…変態ですか?」

完全に無意識でした。

「あ…あの。こ…れは。急がないといけないのが体に出てしまったというか。なんと言いますか…ええと……すいませんでした、」

「焦りすぎて『。』と『、』逆転してますよ。まあいいんですけれど、そういうの無意識でやってるんじゃ、いつかなんか酷い目に遭いますよ。」

ごもっともです。

「はい、以後気を付けます。」

そして例の如く、クラインが履かせた。

「ありがとう!これでぐるぐるしてだいじょうぶ?」

「うーん、できるだけやめた方がいいと思う。」

デルタが来たことによって、クラインが大人に見えてきたこの瞬間だった。


さて、不法侵入、下着泥棒、服泥棒をしたこの家をそそくさと後にし、また鍵のかかっていない家を探すことにした。今度は今まで進んでいた方向とは何処とも違う道を攻めてみることにした。

住宅街を抜け、若干家の間隔が広がり、雑談をする暇が増えた。

「えーと、りんおねーちゃんと、とれるおねーちゃん?」

「違う違う。私はお兄ちゃんだよ。」

「りんおねーちゃんはなんとかおんなのこってわかるけど、とれるおにーちゃんはおとこのこにはみえないよー!」

ちょっと嬉しかったりする。ん?二回目かな。

「そうかー、じゃあお姉ちゃんでもいいんだよ」

「ダメです。そんなことしてたら自分が何なのかわからなくなりますよ。」

「いや、でもお姉さんでいい。」

ここは攻めていく。なんでそれが嬉しいのかはわからないけれど。

「なんでそんなに意志が強いんですか」

「えーっと、まあ自分がお姉さんと呼ばれることに興味があるから?」

「いや訊かれましても…」

多分そういうことだろう。私は多分、そちら側の人間だ。そういうプログラミングか、それか記憶を失う前はそうだったのか。

「けっきょくわたし、なんてよんだらいい?」

「はぁ、もう任せますよ。本人の意向ならしょうがないですね。」

優しい。なんて優しい世界。

「じゃあおねーちゃんでいいね!」

2秒の沈黙の後、目の前にずっと見えていた景色なのに、いざもう少し進んで見た景色は、全く違うように思えた。私は内臓がふわふわ浮いて、そのまま固定されたみたいな感覚に襲われた。私の知り得る言葉で言うならそう、喪失感のようなものだった。それ以外に何があろうか。中世風の建物の連なり、少し一つ一つの家の間隔が大きくなり、多少の庭も見られるような家の連続、その次に何が来たと思う?


それは”見渡す限りの草原“だった。古風な街並みが突然途絶え、木さえ見当たらない短く生えそろった草、ほどよく乾いた土、青空、地平線、それと西向きに傾いた蜜柑色の太陽だけが私の180度の視界の中にあった。

「ど…」

「引き返そう」

「でも」

少し不服そうなクライン。しかし私はそれを叱るかのように、

「引き返すよ!」

と怒鳴った。

ここまで危機迫った雰囲気で、何かしらの意味を持っているかと思うかもしれないが、実際そんなことはなく、私がこの時持っていたのは、恐怖だけだった。それを解消するだけの冷静でない判断だったと自覚した。

「ほらデルタも。」

ぼーっとしていたデルタも抱きかかえて行った。

私は走った。まただ。恐怖から逃げることしかできない自分が本当に悔しい。悔しいけれど、逆らえない。

「待ってくださいディンさん!」

その声に混乱した頭は反応し、止まった。

「ディンさん。あなた…僕と出会った…時…もそん…な感じじゃな…かったですか?」

息切れして途切れ途切れになっているようだ。

「そんなことじゃ、いつまでたっても前に進めないですよ!」

「…そうだな…こんな弱いまんまじゃいられないな」

逃げ癖をやめる。そういう志を持って動くとしよう。

「そろそろ下ろしてー」

「ああ、ごめんごめん」

持っていたことを忘れてた。

下ろすと、目の前に仁王立ちをして、

「なんかよくわからないけど、ニーナはあっちあっち行きたい!」

と言ってくれた。多分単純な好奇心だろうが。

「しかしですね…」

クラインがすごく申し訳なさそうな、困った顔をして言った。

「多分今からあの草原出ちゃうと、すぐに夜来ちゃうと思うので、念のため今日はどこか宿の跡みたいなのを見つけて休息をとったほうがいいかも知れないです。」

眺めると、もうだいぶ夜だった。日は沈みかけ…というかほぼ沈んでいた。

宿の空き家を探すにも遅すぎる時間かも知れない。


なにせ灯が無いのだから

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