ああ運命様! 醜いこの私をもっと不幸に貶めてください!

ちびまるフォイ

お腹をすかせてから食べる幸福の味

不幸の箱を手に入れた。

説明書には「蓋が開いている限り不幸になります」とある。


「不幸になる……ね」


箱の蓋を開けると紫色の煙がむわっと出てきた。

煙はすぐに消えてしまった。


「なんだったのかしら……いたっ!!」


床に落ちていた画鋲を思い切り踏んづけてしまった。


「おーーい大丈夫かぁ」


1階からは夫の気のない声が聞こえる。

本当は心配していないくせに。

私がここで死んでいたとしても気づくのは朝食が用意されてないことに気づいたときだろう。


足の裏の画鋲を抜くと、今度は急に外が大雨になった。


「ちょっ……なんで急に! 今日は晴れだったのに!」


慌てて洗濯物を取り込む。

急いだ拍子に物干し竿が落ちて、引っ掛けていた洗濯物が泥水へダイブ。


「もう!! なんなの! 本当についてない!!!」


ハッとした。

立て続けに起きている不運の原因。


「これが不幸……?」


不幸の箱を閉じるまでは急に電球が切れたり、

夫がテレビ番組を録画していなかったと逆ギレしてきたりと不幸続き。


箱の蓋を閉じた瞬間に不幸はぴたりと収まった。


「……これでいいのよね」


蓋を閉じると、1通のメールが届いた。

それは1週間前に応募していた劇団公演のチケットの抽選結果。


「うそ! 当選!? やったーー!!」


当選倍率が異常に高い人気劇団の舞台公演。

これが当選するなんて不幸の箱の力は偉大だった。


「ああ、やっぱり不幸を先取りしてよかった!

 不幸を我慢したぶん、幸福が待っているのね!!」


不幸の箱を頬ずりして幸運に感謝した。


この世の不幸と幸福のバランスはいつも一定に保たれている。

不幸の箱は「不幸」の比重を大きくすることで、後でのリバウンド幸福を促す。


名前こそ不幸の箱だが私はこれを「幸福を呼ぶ箱」と言いたい。


「効果は実証できたわ。これからが本番ね!」


「おい、どこへ行くんだ? 俺の靴下は? 出かけるならポテチ買ってきてよ。

 あと俺のスマホ充電しておいて。昼食はカレーがいいな。暇なら掃除しとけ」


「……」


家を出ると宝くじ売り場に直行した。

宝くじを買って家に戻ると、不幸の箱の蓋を開けた。

紫色の煙が出てくる。


「お願いしますお願いします……どんな不幸でも我慢できます。

 ですから、私に最高の幸福を与えてください……!」


それからは私の身の回りに不幸な出来事が起きまくった。


「なんでこんな寒い今日に限ってお風呂が壊れるのよ!」

「冷蔵庫が壊れて、食べ物が全部台無し……そんなぁ……」

「最悪! うちの庭に粗大ごみ捨てて逃げるなんて!」


「おいおい、そんなカッカするなよ」


「するわよ!! なんでそんなこと言うの!?」


「女はすぐにヒステリーになるんだから。

 いいか、こういうときは一旦冷静になってだな、うんちくうんちく」


「ああ、もうホント最悪!!!!」


ストレスで脳が溶けてしまいそうになった。

コレ以上の不幸はもう耐えきれなくなった瞬間に箱を閉じた。


「はぁ……はぁ……こ、これだけ不幸になれば十分でしょ……」


あとは明日に控えている宝くじの当選を待つだけだ。


翌日、上機嫌な夫がめずらしく声をかけた。

普段は「おう」と「ああ」しか言わないのに。


「聞いてくれよ。さっき商店街行ったらさ」


「ちょっと黙っててくれる。今、宝くじの当選番号を確認してるところだから」


「商店街の抽選で当たったんだよ。お買い物券が!」


「はぁ!? ちょっと! なに幸福を使ってるのよ!?」


私の買った宝くじはハズレていた。


「このお買い物券、お前がよく行く店でも使えるやつだぞ。よかったな。

 近所の人にも家事を手伝う良い旦那さんですね、なんて言われちまったよ。いい気分だ」


「ちょっ……それ私の幸福よ!! 私がせっかく我慢したのに!!

 なんでそんな商店街の抽選なんてしょうもないことに幸福を使ってるのよ!」


「しょうもないことだって? ありがとう、と言うこともできないのか。

 はぁ……女は結婚すると変わるっていうが本当だな」


「お願いだからもう私の足を引っ張らないで!!」


私は部屋に閉じこもって不幸の箱を開けた。


お買い物券が当たったことは私にとっても嬉しいことだった。

でも、幸福を小出しにしてしまったことでメインの宝くじがハズレてしまった。


宝くじさえ当たっていれば、お買い物券なんか目じゃないほどの幸福が手に入るのに。


「もっと……もっと不幸にならなくっちゃ……」


せっかく我慢したのに宝くじをハズしてしまえば、ただの努力損。

もう一度、この地獄を味わうことのないように徹底する必要がある。


邪魔が入らないように部屋に閉じこもること数日。


私に降りかかる災難は日に日に強くなっていったが、

きたる宝くじ当選の幸福を夢見てぐっと耐えた。


「大丈夫……私はまだ頑張れる……この不幸の先に幸せが待っているから……!」


そのとき、スマホが点灯した。


「もしもし?」


『もしもし! 奥様ですか! 実は旦那さんが事故で……すぐに病院へ来てください!』


「事故!?」


『今、生死が決まるギリギリなんです! これが話せる最後のチャンスかもしれないんです!』


「うそ……」


部屋に閉じこもっていたので、夫の状況など知る由もなかった。

おそらくこれも私に降りかかる不幸イベントのひとつなのだろう。


「どうしよう……」


自分に降りかかる不幸を最小限に留めるために部屋に閉じこもっていた。

このまま病院に行けば、不幸にも不慮の事故に遭う可能性もありえる。


かといって、箱の蓋を閉じればそこから幸福の反動がはじまる。


きっと夫は回復するだろう。

宝くじに使うぶんだった幸福もそこで消耗されてしまう。


夫の命を救うために蓋を閉じるか。

このまま不幸を耐えて、宝くじまで我慢するか。




私は箱の蓋を閉じて病院へと急いだ。




私が蓋を閉じた瞬間から夫の容態は急速に回復したらしく、

病院へつくころには夫は会話できるまでになっていた。


「お前……来てくれたのか……」


「……当たり前じゃない。私が来ないと思ってたの?」


「だって最近ケンカばかりしていただろう。

 でも心の奥底では俺のことをちゃんと愛してくれていたんだな」


「私にはあなたが必要ってことに気づいたの」


「そんなに俺を必要としてくれていたんだな……!

 今、生きていてよかったと心から思うよ……」


「あなたが生きていて本当によかった」


私は夫の手を握った。




「あなたが生きていることが、私にとって最大の不幸なのよ!」



不幸を我慢したかいあって、宝くじは当選した。

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