その命の欲するままに

「シルフィラ……?」


 ルーデシアが目を丸くして私を見てる。


 そりゃそうだろう。

 なにしろさっきまで死んでたはずなのに、突然起き上がったんだから。


 私も驚いている。

 どうなってんのこれ?


 ふと、口元の濡れた感触に気づいて手を触れる。

 ルーデシアの涙だ。


 そういや、涙は血液とほとんど同じ成分だって聞いたことがあるな。

 ひょっとしてそれで蘇ることができた?


 わかんない。

 理屈は後で考えよう。

 それより今はやるべきことがある。


「ルーデシア」

「ふぁ、ふぁいっ!?」


 目を白黒させるルーデシアに、私は畳み掛けるように言う。


「私、あなたの血が吸いたい。今だけじゃなくて、これからもずっと。死ぬまで一生、あなたの血を吸い続けたい。だから、あなたを誰にも渡したくない。あなたの身体を流れる赤い血を、全て私のものにしたい」


 とめどなく言葉が溢れてくる。

 ゲームの役割なんて関係なく。

 たとえシナリオを無視してでも。

 たとえ運命に逆らってでも。

 この命が欲しいと思うままに。


 私はルーデシアに告げる。



「私、あなたが欲しい」



 ルーデシアは。

 にっこりと微笑むと、なにも言わずに私の口元に、左手を差し出してきた。

 まるで指輪をはめてもらおうとする花嫁のように。


 私はその手をそっと取ると、口を寄せる。

 その白く細い薬指に、カプリと牙を突き立てる。


 衝動に任せてではなく。

 飢えに追われてではなく。

 ただ、心の底からの願いゆえに。

 ルーデシアの血を私は飲む。


「んっ……」


 小さく声を上げるルーデシア。

 ぴくり、と震える彼女の身体を、背中を支えるようにして抱き寄せる。


「大丈夫、力を抜いて。私に身体を預けて」

「本当に大丈夫? シルフィラ、さっきまで死んでたのに」


 はっはっは、なかなか言うじゃないか。

 でも、こちとら死んでも蘇る吸血鬼様だ。


 これしきの怪我で吸血のリードを取れないなんて恥ずかしい真似はできない。


 私はルーデシアを抱き寄せ、密着する。

 私の冷え切った身体に比べて、ルーデシアは暖炉みたいにあったかい。


 フワフワのブロンドヘアをかき上げて、白い首を指でそっとなぞる。

 うなじから頸動脈を辿って鎖骨へ。

 どこもかしこも可愛らしい。


 ぺろり、と舌を這わせてみる。


「あんっ……!」


 ルーデシアはくすぐったそうに声を上げる。

 その声すら、耳から私に幸せをもたらしてくる。


 つぷ、と牙を突き立てる。

 じわり、と血が滲んでくる。

 私は一滴も逃さないように、舌を這わせ、唇を押し当て、自らの唾液とともに彼女の血を取り込む。


 彼女の身体に、自分の一部を突き立てている感触。

 同時に、彼女の一部が自分の中に入ってくる感触。


 血の一滴一滴。

 その魔力の一粒一粒が、瞬時に私の身体の構成要素となっていく。


 ルーデシアが私になり。

 私がルーデシアになっていく。


「もっと……もっときて、シルフィラ。もっと深く……っ!」


 私の背中に腕を回して抱きつきながら、ルーデシアが言ってくる。

 彼女も、私がもっと奥まで貫くことを求めている。


 牙を限界まで突き立てる。

 ルーデシアの首筋に、深々と吸血の刃を突き立てる。


「んうぅ! ああ!」


 苦しそうに、でも嬉しそうに声を上げるルーデシアを、絶対に離さないと強く抱きしめて、溢れ出る血を飲み干していく。


 彼女の深い傷を、牙から溢れる私の魔力が瞬時に治癒していく。


 それは眷属を生み出す吸血鬼の力だ。

 同族となり共に歩む契約。

 同類となり永遠に生きる盟約。


 その夜、私とルーデシアは、生命を交換したのだ。

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