ジャスティン王子

 うー……。

 辛い……。


 あれから一週間、私はまったく血を吸えなかった。


 マリーに頼んで血液スープを多めに用意してもらっているけど、これでずっと保たせるのは不可能だと思う。


 十七歳の誕生日まではまだまだだけど、早いとこ人から直接血を吸わないと、まともに活動できなくなる。


 それに、学園内での私の評判も気になるところだ。


 ここ数日、私はこれまでそこそこ仲良くしていた男子生徒を呼び出しては「血を吸いたい」とお願いし、許可をもらう前に飛びかかって、挙げ句の果てには血を吸わずにその場で吐く、という行為を繰り返していた。


 なにそれ。

 完全にヤバい奴じゃん。


 そんな目に遭った男子生徒が黙っているわけもない。

 表立って私を責めてくる人はいないけど、なんかみんな遠巻きに私を見て、微妙な表情で見てくる。


 このままでは悪い評判が広まって、誰も私の呼び出しに応じてくれなくなる。


 なんとかしなきゃ!


「……うー」


 とか言いながら、今日も血が吸えず体調最悪のシルフィラなのでした。


 公爵令嬢にあるまじき姿勢の悪さで、私はなんとか一日の授業を終えて寮に向かう。


 みんな、私のことをチラチラ見ながら、さっさと通り過ぎていく。


 吸血鬼のことをよく知らないから、みんな昼の私はこれが普通だとか思ってるっぽい。


「同じ時間に学園生活を過ごすのは無理があるんじゃない?」とか、

「あの方だけ夜に授業を行えばいいのに」とか、


 そんな言葉が聞こえる。


 心配、というよりは不安なんだろうな。

 得体の知れない存在が自分たちと同じ空間にいることが。


 べつに夜の方が過ごしやすいとか、ないんだけどね。


 でもほんと、校舎と寮の間のちょっとの距離を移動するのもしんどい……。


 あ、ヤバ。

 脚がもつれた。

 倒れる――。


「危ないっ」


 と、地面に激突しそうになった私の身体を、たくましい腕が支えてくれた。


「……っ!」


 その相手を見て、私は目を丸くする。

 それは、隣国の王子、ジャスティン陛下だった。


 わ、だ、ダメだ。


 彼は『ロマファン』世界の王子役。

 ヒロインであるルーデシアと結ばれなければならない。

 私が彼とお近づきになるということは、死亡エンドに急接近と同義なのだ。


「あ、あの、ありがとうございます。でも、大丈夫ですので……」


「なにを言っているんだ、そんな顔色で。ほら、こちらに来たまえ」


 有無を言わさず、文字通り王子様抱っこで軽々と私を抱え上げると、ジャスティン王子は寮の玄関へと向かう。


 うわー、ひゃー、きゃー!


 なにこのナチュラルな王子様ムーブ!

 いや、王子なんだから当たり前だけど。


 ヤバい。

 外見とか全然好みじゃないのに、普通に惚れてしまいそう。


 だめだめ! だめですよシルフィラ・ブラドフィリア!


 この人に惚れてはいけません!


 って、あれ、王子?

 寮の玄関通り過ぎたけど、どこ向かってるんです?


「……きゃ!」


 寮の裏手、誰もいないところまで来ると、ジャスティン王子は突然私を放り出した。


 痛ったー……。


 え、なになに、なんなの?


「ブラドフィリア嬢。最近この学園の男子生徒を手当たり次第に襲っているそうだな」


「あ、いや、それは、その……」


 さっきまでとはまるで違う、恐ろしく冷めた口調で言ってくるジャスティン王子に、私は即答できない。


 具合が悪いせいでもあるけど。


「襲ったっていうか、ちょっと血をもらいたかったんです」


 けっきょくもらえてないしね。


 しかし、ジャスティン王子は私の言葉など無視して続ける。


「やはり吸血鬼などという下劣な亜人種は、我々人間とは相容れぬ。この学園には相応しくないな」


 ……はい?


「取り返しのつかないことが起こる前に、悪の芽は積んでおかねばならないな」


 はいいいいいい!?


 ちょっとちょっと王子様。

 あなたなんで魔法の詠唱してるんですか。


 そんなの撃たれたら死ぬでしょ。


 ――バン!


 ぎゃー!

 普通に撃ってきた!


 私はギリギリで横に転がって魔法をかわしたけど、制服の裾に穴が空いてしまった。


 なんだこの王子!

 完全に危険人物じゃん!


 に、逃げなきゃ……!

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