討論会

メンタル弱男

ある夜の話

 夜も更けて、少し肌寒い風がゆっくりとカーテンを揺らしている。部屋の空気が淀んでいるといって、誰かが窓を開けたのだろう。ごく普通のアパートの二階にあるこの部屋の中では、これもまたごく普通の若者、二十代半ばの男女が五人、少し大きめの丸いコタツに集まって座っていた。


『おい、リョーマ!さっきからギターぽろんぽろんとうるさいんだよ!』

『ぽろんぽろんじゃなくてCメジャーセブンスですよ。全くわかってくれてないなぁ。。。というよりも、何事ですか?僕らが集まるのなんて久しぶりですよねえ。大学の時以来じゃないですか。』

『そうねー、卒業前だったよね。最後はなんで集まったんだっけ?』

『、、、、、、』


 突然、みんなが無言になってしまった。リョーマのギターもポカンと口を開けたまま、だんまりしている。コタツの上には何も置かれていないのに、五人の目は自然と真ん中に集まり、何かを見守るような静かさが漂い始めた。


『うん。俺は、ちゃんと覚えてるで。しょーもない、下らん、俺の失恋について意見出してくれてたやん。』

『いやそれは違うよ。ケンジが元カノと別れた時の事は、はっきり覚えてるもん。だってさ、、、』


 アヤは少し考えるような素振りを見せて、当時をしっかりと思い出すように、目線を少し上に向けながら言った。


『、、、なんか、寂しそうだったでしょ。』

『そりゃそうやろ。当たり前やんか、あん時はもう何をするのも気分が暗かった。でもあれが集まった最後じゃなかったっけ?卒業前やったで。』

『アヤさんの言う通り、最後ではなかったと思いますよ。ケンジさんはあの後、ショックが大きいあまり、発言回数が減っていったような記憶がありますからね。』


 リョーマが笑いながら、そして少しバカにしたようにギターをテケテケ鳴らしながら言った。するとまた、カズヤがリョーマのギターの音を注意しながら、


『そう!俺も最後が思い出せなくて、みんなを集めたんだけど、、、。やっぱり気持ち悪いよな、誰も思い出せないなんて。』

『よっぽどつまんない事について、だったんじゃない?』

『本当にそうですかね。何かもっと重要な事を話し合った気がするんですよね。こう、なんか、シリアスな事だったっけなぁ、、、』

『それやったら絶対覚えてんで!アホな俺でも、、、』


 また、いかにも考え中というような、クエスチョンマークがついているような難しい顔をして、みんな黙り込んでしまった。窓の外から、若い数人の笑い声が聞こえる。


『そういえばさぁ、、、』と言いながら、アヤが立ち上がり、ゆっくりと窓を閉めた。


『私たちって、大学のサークルで知り合ってから色んな話し合いをしたよねぇ。まぁサークルがあってないようなものだったし。』

『そうやな。リョーマは俺らの一個下やけど、よう絡んできてなぁ。』

『あの時からギターを抱えてぽろんぽろんしてたよなあ』

『カズヤさん!僕のギターに、恨みでもおありですか?』


 カズヤは笑いながら、『いやいや、そんな事ないよ。俺はそのギターで元気貰ったこともあるしさ。』と明るく答えて、また五人で昔の事を陽気に話し合った。


 何かひっかかるものを、それぞれの心の中に抱えながら。

 彼らはお互いに『大事な何かを忘れてるんじゃないか?』と自分自身にも問いながら、それを一向に思い出す事ができないでいた。最後に集まった時に何について話したのか。記憶がボンヤリと薄れて忘れてしまったというよりは、思い出のその部分だけがポッカリと抜け落ちてしまったような、気味が悪いような違和感をみんなが感じていた。そしてそれは、無意識に消し去ろうとしている何かなのではないかと、自分を疑ってしまうほど不安になっていた。


『俺らはなにを思い出そうとしてるんやろうなぁ』


 ケンジの声はフワフワとみんなの頭を締め付けて、もう答えが出ないのだろうと、そんな考えを漂わせた。思い出そうとすればするほど、何も掴めそうにないような気がした。


『誰かについての話だった気がする』


 突然アヤが、ポカンとした顔をしながら、しかし張りつめた声で言った。

『そうそう!なんか誰かについて何時間も話してたんだって!う〜んん、、、なんか内容まで思い出せないんだけど、、、。あーもう少しで思い出せそうなのに!』

アヤはどんどんヒートアップしていく。

『女の子だった気がするの!その子は誰なんだろう。同じサークル?名前は?みんな全く覚えてないの?』


 カズヤは顎を触りながら、険しい顔をして考えているが、あまりしっくりとはきていないようだ。だが、

『そう言われると、ある女の子についての話をしたような気もしないでもない、、、』

と曖昧な返事をした。


 リョーマは、『僕ももそんな気がします!その子は僕ら共通の知り合いだったはずですよ、きっと!』と少し興奮しながらアヤに顔を向けた。


『そうよ。絶対その子のことについて話してたんだ。でも、なんで最後のテーマがそんな事だったんだろう?』

 不思議だ、とアヤは呟いた。


 それは確かに不思議だと誰もが思った。そしてそれを思い出せないのも、やはり不思議だった。


 結局、今回集まったこの小さな討論会では何も解決する事はなかった。カズヤは考えるのに疲れ果て、アヤはテレビを見始め、リョーマはギターを弾き始めた。ただ、誰も気には留めなかったが、ケンジのぼそっと言った一言は、私にはとても気がかりだった。


『俺たちってこの四人でいつも話し合ってたんだっけ?、、、って当たり前だよな。』







 


 



 

 


 




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